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 大雪から無事に帰宅して数日後、新年の仕事始め。とはいえ、年末の続きを粛々と続けるだけで新しいという感じではない。疋田さんは仕事が忙しいようで部屋にも遊びに来ない。


 いつものように安東さん、雫花、俺が社長室に集まり、リモート参加の疋田さんを含めた四人での定例ミーティングが今年最初の仕事。お互いにカメラはいつものようにオフ、ボイチェンもありだ。


「県公認VTuberの応募始まったから、営業の人に書類を準備するように指示しておいたわ。南、問い合わせが来たらよろしくね」


「はいっす!」


 年明けの1月から3月が応募受付期間、4月から選考が始まり、6月に結果が分かる。運が良ければデビュー一周年に合わせて事務所初の自治体公認VTuberとなるかもしれない。


「ま、うちは業界じゃ最大手。後は地元企業がこのために用意したような超ローカルタレントしか出てこないから勝ちは見えてるけどね」


「出来レースってこと?」


「ま、優秀な社長のロビー活動のおかげってことかな? もちろん一番の成功要因はそういう方針を見出してくれた三人の力だけどね」


 雫花が尋ねると、安東さんはニヤリと笑って冗談めかして褒めてくる。


 金の匂いがすると安東さんの動きは早かった。既に営業部隊の人はめぼしい自治体の観光大使や宣伝の案件がないか嗅ぎ回っているらしい。最北南の県公認実績を武器に更に広げていくつもりなのだろう。


「まだ成功してないですから……」


「予祝よ、予祝」


「はぁ……」


 誰も触れないので安東さんの小ボケはスルー。


「じゃ次のアジェンダ。高齢者向けね。雫花、どんな感じ?」


「先月から特に大きな変化はないかな。順調に増えてる。ま、しばらくは同じように地道な宣伝で増やしていく感じかな」


「了解。県公認が取れるまではそれで行きましょうか。そこから猛プッシュかな」


「了解っす!」


「うーん……そうなると暫く暇っていうか、新しいこと無さそうなんだけど何かしてみたいことってある?」


「あ……いいですか?」


 俺が手を挙げると、雫花も同時に手を挙げたところだった。


「有照、先にどうぞ」


 雫花が譲ってくれたので先に話を始める。


「年始に帰省したんですけど、両親も最北南を見てたんです。そこで出てたのがシティポップって単語で、今ってもっと上の世代を狙ってると思うんですけど、次のターゲットとしてそういう5,60代とか、むしろ今の流行りのど真ん中を狙うのどうかなって思ったんですよ。海外受けもするみたいですから」


「ふぅん……なるほどね。雫花は?」


「私のアイディアは子供向け。南の切り抜きで滅茶苦茶バズってる動画があるんだ。歌枠なんだけど、コメントを見るとどうも赤ちゃんが泣き止むって噂があるらしくて……」


「ポイズン?」


 赤ちゃんが泣き止むと都市伝説的に有名な曲もあるにはある。そういう類かもしれない。


「ううん、南の声ならなんでもいけるっぽい」


「へぇ……」


 安東さんの反応は芳しくない。


「これ有名所の子供向けチャンネルの再生数ね。ループ再生するし、毎日のように流すから簡単に万単位で再生されるの」


 安東さんは他チャンネルの実績を見ると目の色を変えた。


「これ、良いわねぇ!」


「さっきと反応全然違うじゃん!」


「そりゃそうよ。金になるかどうかが大事なの」


 社長目線ならそうなるだろう。動画だってボランティアで作っているわけじゃない。広告収入にしろ、他の手段にしろマネタイズ方法は必須要件だ。


「ま、子供向けは横展開しづらいかな。南は……ほら、キャラデザがエッチじゃないでしょ? 他の子は結構脚出すわ胸出すわでオタク向けにしてあるからどうしても親からしたら見せづらいと思うのよねぇ……その点、南は健全。彼女の方向性の案としてはいいと思うわ」


 中の人は家電量販店でハンディマッサージャーを見てニヤけるくらいには不健全ですけどね、とは言わない。あくまで見た目の話。キャラも本人も見た目は清楚だ、うん。


「じゃあ……南、他にアイディアある?」


「あー……そうっすねぇ……レアドロップ耐久配信くらいしか思いつかなかったので……」


「それ、トーク力が試されるやつよ。画面がほぼ変わらないんだもの」


「おっ……じゃあ歌なら何でもやりますよ! 最近は先生にも褒められることが増えてきたので自信があるんです!」


 あまりにボイトレ兼演歌の先生が厳しいので、安東さんからこっそり褒めて伸ばす方向にしてくれと申し入れをしたのは疋田さんには秘密だ。本人がそれで前向きになったのなら良いこと。


「なら子供向けと海外向け、どっちやる?」


「両方やります!」


 疋田さんは即答。


「りょ……両方?」


「はい。歌はカラオケに通いまくって練習します。子供向けは配信じゃなくて、ゾーニングのために子供向けチャンネルを分けて動画を出す感じですよね? 良かったら子供向けに強い制作会社を探してもらえると助かります」


 疋田さんはさっきから相槌しか打っていなかったけれど話はきちんと聞いていたし自分なりの考えもきちんと持っていたようだ。


「やり方は賛成。だけど一個ずつでもいいのよ? キャパオーバーにならない? そろそろ南の3Dモデルも納品されるから動作確認とかお披露目の企画を詰めたりもしないとだけど……」


「大丈夫っすよ。やれることは一秒でも早くやりたいんです。金の盾、遠のいちゃいますから」


 疋田さんの言っているのは配信サイトのチャンネル登録が百万人を超えると貰える金色のトロフィーの事。


 全部で5人いる9期生は八角ヤスミに続いて新たに一人が百万人を突破。残り二人も少し躓いた部分はあったが今年度中には達成するペースだ。初期に課されていたノルマは無事に達成か、達成予定。ただし最北南を除く。


 ターゲット層の変更に伴い、最北南の百万人登録ノルマはなくなったが、本人はそれでも数字を見てしまうのだろう。


 外から見える数字で分かりやすく、比較しやすいものだから仕方ない部分もあるだろうけど。


「別にチャンネル登録だけが全てじゃないわ。公認が取れれば観光地PRみたいな高単価な案件が増えるし、グッズも出せるから利益率は高まる。それに配信だって他のタレントとは違う層が見てくれてるからカニバらないし、現状でもチャンネル登録者あたりのアクティブ率は高い。私としては売りが立って利益が出てればいいのよ」


 百万人は売上を生み出すための分かりやすい指標というだけ。あくまで手段の一つ。安東さんはそう言うのだけれど、疋田さんはまだ納得しきれていないようで「うーん……」と煮えきらない態度。


 安東さんは俺に目で合図をしてくる。「後は任せた」ということだろう。アデリー、動きます。


「み、南さん。後で相談しようか。とりあえず時間が来たから今日はここまでかな」


「あ! 了解です! ありがとうございました!」


 最北南が通話から退出。


「ふぅ……有照君、よろしくね。南、結構焦ってるのかも。でも私が話すと結局数字の話になっちゃうからさぁ……」


「あ……はい」


 安東さんは数字とロジックを使って上向かせる事はできるのだろうけど、共感案件は苦手分野らしい。まぁ俺も得意じゃなくて中の人が疋田さんだから話しやすいだけなのだけど。


 すぐに最北南から社内チャットで「時間あればお願いします!」と来ていたので、社長室を出て小さな会議室を専有。


「準備できたよ」とメッセージを返すとすぐに通話がかかってきた。


「ちいーっす……はぁ……アデリーさんは年末何してたんすか?」


「あー……帰省したりとか」


「例の年下彼女さんとはどうなんすか? クリスマスに会ったりしなかったんですか?」


「あー……うん。普通にデートしてた」


「それは良かったすねぇ……」


「年始から落ちこんでるねぇ……」


「まぁ……焦っちゃいますよね、やっぱり。周りの人がどんどん伸びてるのに私はどん詰まりですもん」


「どん詰まりってほど絶望的じゃないと思うけどなぁ……」


「まぁ……そうなんですかねぇ……またクビとか言われたらどうしましょう……」


 疋田さん、結構自分の先行きを不安視しているようだ。


「大丈夫だって! 公認が取れたら事務所初だよ? あのイッカクさんだって成し遂げてないことなんだからさ」


「そう……っすよね! えぇ、そうですね。アデリーさんに言われると不思議とスッと入ってきますよ。あ、アデリーさん。つかぬことをお聞きするんですけど、佐竹さんって知ってます?」


 最北南はなんてことない雑談の流れで俺の名前を口にする。


 ん? 何でバレた?

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