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 奇跡的にビジネスホテルで空いている部屋を発見。ラブホテルでないならなんでも良いということで部屋を予約して吹雪の中を向かい、コンビニで酒と夜食を調達してチェックイン。


 部屋の中はなんてことないビジネスホテルだった。壁沿いの机にケトルやらテレビやらアメニティやらが並べられていて、ダブルサイズのベッドとテーブルと椅子のセットだけ。


「おや?」


 疋田さんは部屋をぐるりと見渡して首を傾げる。


「どうしたの?」


「いえ……この間取り、私のお気に入りの素人モノAVに出ていた部屋に似ているような……」


 疋田さんは眉間に手を当てて真剣に考えているのだけど、そんな大したことじゃないと思う。


 俺が呆れた顔をしているのが分かったのか、疋田さんは荷物を置くと窓際に手をついて腰を少しだけ突き出す。


「佐竹さん、写真を撮ってください。恐らくベッドの端あたりに膝立ちになって撮る感じです」


「まぁ……いいけど」


 指示された通りに写真を撮ると疋田さんが窓から外を見ている構図の写真が撮れる。


「これ……何なの?」


「あぁ……その動画だとここで立ちバックしてたんですよ」


「その聖地巡礼の仕方は斬新すぎない!?」


「聖地巡礼……ブフッ……佐竹さん……ふひっ……」


 どうやらツボに入ったらしい。笑いを堪えながら椅子に座り手を顔で覆っている。


 元々セミダブルサイズのベッドで二人で寝ていたこともあるのだし、今更ダブルサイズのベッドの部屋に通されても「ツインじゃないのかい!?」なんて驚くような俺達じゃない。


「あ、お風呂先にどうぞ。残り汁を飲んだりはしないので」


「残り湯を残り汁って言ってるのがもうキモいよ……順番を決める要因がそれだとしたら逆順でも俺は飲まないから大丈夫だよ」


「ふむ、そうですか」


 疋田さんはそう言ってコンビニで買ってきたウィスキーを開ける。先に入った方が良さそうなのでそのままコートを脱いでシャワー室に向かうのだった。


 ◆


 自分のシャワーを済ませると疋田さんは待ってましたとばかりに入れ替わりで入っていった。


 シャワーを済ませて出てきた疋田さんは備え付けのバスローブを身に纏っていた。


 真っ白な服装は何気に初めて見たかもしれない。黒以外なんてグレーパーカーを除けば数えるほどしか見たことがないのだから、新鮮な気持ちだ。


 普段は朝起きてから風呂のために自分の部屋に戻るルーチンだったので髪を乾かさずにタオルで拭いている姿も真新しい。


 まだまだ疋田さんの見たことない姿はたくさんあるようだ。


「どうしました?」


「あ……いや……白が珍しいなって……」


 疋田さんはポカンとして俺を見ると、バスローブの肩の部分をはだけてみせてくる。肩のあたりに少しだけ食い込んだ黒色の紐が見える。


「黒ですよ?」


「下着が黒なのは知ってるから……バスローブね」


「あぁ……フロントに聞きましょうか? 黒いバスローブがないか」


「いいよいいよ。白も似合うんだなって思っただけだから」


「あ……あざっす」


 疋田さんは顔を赤くして椅子にちょこんと座る。


「では佐竹さん、飲みましょうか」


 二次会の開始。プシュッと缶ビールを開けて軽くぶつけてから飲み始める。


「あぁ……うまいっすねぇ……」


「そうだねぇ……」


 窓から伝わってくる冷気をヒシヒシと感じながらビールを流し込む。窓際に座っているので暖房の効いた暖かい空気と窓から伝わる冷たい空気の狭間はなんともいえない感覚で気持ち良い。


「明日には帰れるといいんですけどねぇ……」


「そうだねぇ。明日って何かあるの?」


「はいし……はい、仕事です」


 配信ね。


「そういえば普段って何してるの? 休みの日」


「佐竹さんの部屋で酒を飲んでますね。あぁ、そういえば部屋の合鍵、返してくださいよ」


 疋田さんはグラスを持っていない方の手を伸ばしてくる。


 そういえば疋田さんの部屋の合鍵は貰いっぱなしだった。このタイミングで返すのかとなんともモヤモヤするが、断る理由もないので鞄から取り出して渡す。


「どうぞ」


「はい。ありが……違います違います! 佐竹さんの部屋の方ですって! 返してくださいよ」


 疋田さんは自分の部屋の合鍵を突き返してくる。これは持っていていいらしい。


「それを返すとは言わないような……」


「あれは私のものです。他の人が所有しているなんて言語道断です。例え佐竹さんであっても許せません」


「俺の部屋の鍵なんだけど……」


 嬉しいことを言ってくれているはずなのだが、主語が違うので素直に喜べない。


「まぁ……了解。家にあるから帰ったら渡すよ」


 疋田さんは「あざっす!」と言うとニィと笑ってビールをグイッと流し込む。


「やはりこうやって酒を酌み交わす事で仲は深まるんすねぇ」


「深まってたかな……」


「合鍵も元通りじゃないですか。これで全部元通りですよ」


 疋田さんの言う「元」の時間はいつなのだろうか。クリスマスの前なのか、クリスマスイブの日付を跨ぐ直前なのか、もっと前か、もっと後か。


 疋田さんはずっとニコニコしているし嫌われてはいないのだと思うけれどどうにも不安が募ってしまう。


「あぁ……うん」


「なんすかなんすか! 佐竹さん、今日冷たくないですか!?」


「そ、そうかな?」


「はい! 非常によそよそしいですね。というか今日に限らず、年明けから妙に距離を感じます」


 大きな目が眼鏡越しにジッと俺を見つめる。


 吸い込まれそうな錯覚に陥り、プイッと目を逸らすと疋田さんは椅子から飛び降りて俺の真横に「カサカサ」と効果音をつけながらやってきた。その場にしゃがんで俺を見上げてくる。


「ゴキブリ?」


「正解です。正確にはチャバネゴキブリのつもりでした」


 チャバネゴキブリこと疋田さんは顔を近づけてじっと俺の目を見てくる。


「なっ……何かな?」


「いえ……瞳孔が開いていますね。病気か、ここが暗いか、私に興味があるか……どれですか?」


 また流れが変わる。疋田さんはいきなり真面目モードになるからびっくりさせられる。


「くっ……暗いのかな?」


「あー! またそうやって顔を逸らす!」


 疋田さんは俺の周りをグルグルと回りながら顔を見ようとしてくる。


「そっ……そうやって無邪気に絡んでくるけどさぁ……実際俺がその気になったらどうするの?」


「その気、ですか?」


「いや……その……例えば……同意の上で押し倒すとかさ」


 疋田さんはこの部屋が素人モノの撮影に使われていたんじゃないかと考えているときと同じくらいに真剣な顔をする。結論が出たのか真っ直ぐに俺の方を見てきた。


「佐竹さんなら……構いませんよ」


 そう言って疋田さんはベッドに仰向けに寝転ぶ。


「さぁ! 佐竹さん! どうぞ!」


 違う、そうじゃない。


 疋田さんは「早く来い」と言わんばかりにベッドに横たわったまま顔を起こしてこっちを見てくるのだけど、そういうことじゃない。


 そういうことじゃないのだけど、疋田さんはいつもこうやって冗談めかして誘ってくる。


 実際にこれに乗っかったらどんな反応をするのだろうかとふと気になった。


 ベッドに上がると、二人分の重みでずっしりと沈む。


「へっ……おっ!?」


 疋田さんの素っ頓狂な声を無視して、髪を押さえないように手をついて疋田さんの上に四つん這いになる。


「きっ……来てみたけど……」


「1,2,3,5,7,11……」


 疋田さんは必死に素数を数え始める。


「一は素数に入らないから」


「はっ……入らない!? ア……アレアレ……あの……ちん……アレがですか!?」


 顔を真っ赤にして疋田さんの黒目がチャバネゴキブリ並みに高速で右往左往する。テンパるのは予想できたけれど、ここまでとは思わなかった。


 でもここからどうしたらいいのか全くもって不明。未知の世界に足を踏み入れてしまった。


 それは疋田さんも同じなのだろうけど、冷静さを欠いているので相談もできない。疋田さんの素数カウントは既に97を突破。3桁の大台に乗っている。


 あれ? 俺、ここからどうしたらいいの?

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