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 家電量販店を出て向かったのは横浜。とりあえずデートの定番を調べたところ、色々ありそうだったので無難なチョイスではある。


 ただし、無難なチョイスだったのは場所だけ。寒波襲来の日に来る場所ではなかった。


 海沿いで風が強いくせに遮るものが無いので電車からホームに降りた瞬間から全身を冷たい風が包み込んだ。


「ひょお! こっ……これは中々っすね……」


 隣の疋田さんも冷えから身を縮こまらせる。咄嗟にマフラーを外して疋田さんの首に返したけれど、それを後悔するくらいの寒さだ。


「ひっ、引き返す?」


「そんな事が出来ますか!? ここまで来たんです。折角なら心行くまで楽しみましょう!」


 疋田さんは鼻の頭を真っ赤にしているがとても前向き。本当、変な日に誘ってしまったと後悔して申し訳なくなってしまった。


 ◆


 屋外散策はさすがに無理なので駅から程近いビルに移動。中をフラフラと歩いているとアクセサリーショップの前で疋田さんは立ち止まった。


 じっと見ているのは黒い石のピアス。やはり黒がお好きらしい。


「黒、好きなんだね」


「えぇ。そうなんです」


「何か理由ってあるの?」


 疋田さんはじっと俺を見てくる。


「佐竹さんのご両親はどんな人ですか?」


 質問に質問で返してくるし繋がりが読めない。


「どんな……普通のサラリーマンかな」


「ふむ……性格はどちら似なんですか?」


「父さんかな」


 主にヘタレ要素だけど。


「なるほど。私は周りの人から母親似と言われます。母は曜日ごとに自分の着る服の色を決めている人でした。朝の通学の見守りで立っていると曜日が分かると同級生にからかわれたりしました」


 癖の強さは母親からの遺伝らしい。


「小さい頃は母が私の服を選んでいたので、同じように曜日で服が決まっていたんです。月曜は赤色のワンピース、火曜日は緑色のニットにジーンズ、みたいな感じです」


「火曜日が赤色ってイメージだけどね」


「ふむ……言われてみればそうですね。まぁとにかく、ある日私はそれが嫌になったんです。ささやかな抵抗としてどの曜日にも出てこない黒い服を着始めました。するとそれが癖になってしまって気づけば黒ばかり着るようになっていたんです」


 気づけば結構な重たい話になっていた。疋田さん、意外とあちこちに地雷が埋まっている。


 無表情でピアスを見ながら話すので尚コメントに困る。


「ユッ……ユニークだね……そういえば耳に穴って開けてるの?」


「いえ。ただこれを機に開けるのもいいかなと」


 そう言って首元で揃っていた髪の毛をかき上げて耳にかける。


 耳たぶを見せようとしたのだろうけど、俺は横顔全体を見てしまっていた。


 疋田さん、ちゃんと見るとちゃんと可愛い。可愛いのは前から分かっていたけれど、脳みそがきちんと可愛いと認識してしまっている。


「ん? どうしました?」


「い、いやいや! 何でもない!」


「そうですか」


 疋田さんはまたピアスをじっと見る。ちらっと値札を見たが友人へのプレゼントには妥当な価格だ。


「そっ……それ、プレゼントしようか? スッポン鍋の――」


 疋田さんの右手がピースの形で俺の目の前で止まる。危うく目つぶしされるところだった。


「どうも記憶が定かではないのですが、過去に私が佐竹さんに尽くしたことがあり、その返礼品としてこのピアスを買っていただけるという事であれば受け取らせていただきます」


「返礼品ってふるさとのうぜ――」


「目つぶし!」


 さすがに本当に目に指をさしては来ないが、威嚇としては十分。多分、クリスマスイブの事は疋田さんの中で黒歴史認定されているのだろう。


 結局、耳に穴すら開いていないのにピアスを購入。


 疋田さんはそれを受け取ると、嬉しそうに鞄に忍ばせたのだった。


 ◆


 相変わらず外の天気は悪化していく一方。


 仕方ないので映画館で映画を見て、居酒屋で飲み始めた。どこでも出来そうなことしかしていないけれど、疋田さんはニコニコしているのでこれで良いみたいだ。


 付けられもしないピアスを5分に一度は鞄から取り出して眺めているので、どうやらよっぽど気に入ったデザインだったようだ。


「良かったね。気に入るものがあって」


「えぇ、ですが思い出補正というものもありますよ」


 ほのかに酔っている疋田さんはいつも以上に朗らかに笑う。


「そんな俺が買ったくらいで……」


「この大寒波の中、わざわざ横浜まで出張ってきた挙句あまりの寒さにそれっぽい観光地やデートスポットは一切いけなかったので仕方なしに回っていたアクセサリー屋で運命的な出会いを果たしたという思い出です」


「滅茶苦茶嫌味だね!?」


「嫌味なもんですか。これも、大事な思い出ですよ」


 今日の流れを振り返るのであれば妥当な説明だろう。愛おしそうに目を瞑ってピアスを握りしめる疋田さんを見ていると本気で嫌味を言っているなんて到底思えない。


「おいおい! 電車止まったらしいぞ!」


「まじかよ! 帰れねぇじゃん!」


 隣のテーブルがやけに騒がしい。疋田さんと同時に携帯を持ち、状況把握を開始。


 どうやら最寄り駅に帰るための路線が止まってしまったようだ。理由は大雪。既に終電間際の時間で、終電をあてにして飲んでいたのでこれはマズい。


「ひっ、疋田さん……」


 疋田さんは携帯に視線を釘付けにしたまま呟く。


「これは……帰宅不可。お泊まり確定……ですか……」


 意思決定は早い方が良さそうだ。同じような帰宅難民によってネカフェもホテルも埋まってしまうかもしれない。


「ど、どうする? タクシーとか……」


「タクシーは無理っすよ。雪ですし激混みで動かないくらいなら、車内の固いシートよりよりふかふかのベッドを所望します」


「つまり……泊まり?」


「えぇ。そうなりますね。まさか耳たぶより先に下が貫通するとは思いませんでしたよ」


 大丈夫。この人が卑猥なジェスチャーをしながらこういう事を言っているうちはそういう関係には成り得ない。


 また勇んで黒歴史を作ろうとしている疋田さんに手を引かれながら、ビジネスホテルの空きを探して夜の街に繰り出すのだった。

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