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 疋田さんは今日のデートに並々ならぬ熱意を燃やしているらしい。


 どちらかの部屋に集まっていけばいいところを、最寄り駅前にある家電量販店の入口前での待ち合わせに指定してきた。まずは家電量販店で用事を済ませてからデートに移行する予定。


 こんな日に限って予報は当たってしまい外は雪。疋田さんを待たせるのは悪いので5分早めに出ることにした。外は寒いけれどもカシミヤのマフラーは色々と良くない思い出があるので付けずに外に出る。


 エレベータに乗り込んでも白い息が止まらない。上を向いて機関車の真似をしていると、すぐにエレベーターが止まった。


 驚いてパネルを見ると5階で停止している。扉が開くと疋田さんが入ってきた。


 お互いに考えていることが同じだったらしく、妙に照れくさい空気が流れる。


「同じ――」


 ビシッと疋田さんの腕が伸びてきて俺の顔の前で止まる。


「まだここでは他人です。待ち合わせ場所からやりましょう」


 疋田さん、滅茶苦茶形にこだわるタイプだった。


 仕方ないので少しだけ離れて家電量販店まで歩くことにした。


 ◆


 家電量販店の入り口に着くと疋田さんはその近くで壁を背にして下手くそなアヒル口をし始めた。そのまま俺の方をチラチラと見て「早く来い」とアピールしてくる。通行人が何事かと見てくるし、正直他人のフリをしてやり過ごしたいがそうもいかない。


「お……お待たせ」


「いえ、今来たところですから」


 いや、知ってるけど。


「そ……そうなんだ」


「はい。あ……これ、どうぞ。エレベータの時から気になってたんです。後、気にせずあれは使ってください。物は物です。物に嫉妬はしません。あんな高級品、なんなら私が使いたいくらいなんですから」


 疋田さんは自分のマフラーを取り外し、俺に巻いてくれる。クリスマスの事を思い出して顔が赤くなるのが分かる。


「あ……ありがと」


「店の中は暖房がガンガンに効いているはずですから不要なんです。私、暑がりなので」


 疋田さんが言うと気遣いに思えず本当にただただ暑いだけに思えてしまうのは本人の普段の行いの問題なのだろう。


 初売りののぼりを横目に疋田さんと二人で家電量販店に入店。


 二人してメガネが曇り、顔を見合わせて笑う。


「おぉ……正月って感じがしますねぇ」


 俺に巻いているマフラーの端を掴んでメガネを拭きながら疋田さんはキョロキョロと店内を見渡す。


 家電量販店で正月っぽさを実感する疋田さんはやっぱり今年もズレている。


「そ……そうだね」


「生活家電は……5階ですか。佐竹さんは何か見たいものはありますか? リンゴのパソコン、新型出たようですよ。スタバでドヤ顔で開いたりしないんですか?」


「しないよ、そんなこと……」


「なら今度貸してください。私、あれをやってみたいんです」


 全身黒コーデの疋田さんがスタバの窓際でマックを開いていたらさぞかし似合うだろう。


「どうせBLsite見てるだけでしょ」


 疋田さんは顔を赤くしてペシンと背中を叩いてくる。クリスマスの話はやっぱりダメらしい。


 ◆


 生活家電コーナーの洗濯機ゾーンへ向かっていると疋田さんの首がずっと同じ方向を向いているのに気づく。


 その先にあるのはマッサージ機。先端が丸い形のハンディタイプを見ると、何故か色々な用途があるように思ってしまうのは疋田さんも同様らしい。


 クルッと振り返って俺の方を見てくると、視線の先が同じところだったと気づいたようでニヤリと笑う。笑うだけで何も言わないのが不気味だ。


「なにか言ってよ……」


 それでも疋田さんは何も言わず俺の方を見てニヤニヤしている。


 早足で洗濯機のコーナーへ入ると一転して商売人の目つきになった。


 ドラム式が欲しいようで順番に見て回る。やがて、俺達が本気で買おうとしていると察したのか店員が近寄ってきた。


「こちらのサイズだとお二人分の洗濯物は少し厳しいですよ。あちらの容量大きめの方がおすすめです」


「あ……そ、その……私達は別に……その……ひ、一人暮らしなので……ね、お、お兄ちゃん!」


 疋田さんは高めの萌え声を作り、急に俺を兄に見立てて演技を始める。年齢差的にはありそうな感じだけど。


 そもそもここは同棲しているカップルだと勘違いされて照れる、みたいなとこじゃないのか。なんでそこに妹属性を絡めてくるのか、いつものことながら疋田さんの思考が読めない。


 というか前に服屋に行ったときは俺の影に隠れて皇帝みたいな話し方をしていたのに、今日は普通に店員と話せていることに気づく。


 疋田さんの成長に感動する。仕事でオフコラボや外出を何度も重ねるうちに成長したのだろう。


「あ……失礼しました! 一人暮らしであればこちらの2種類がオススメですよ」


 スペックはほぼ同じ。値段も同じ。メーカーが違うだけなのであとは趣味の世界だろう。


「ふむ……どう思いますか? お兄ちゃん」


 俺が疋田さんの成長に感動しすぎて何も言わないので疋田さんもムキになってきたようだ。いつものローテンションな声で妹キャラを続行する。


「いや……どっちでもいいんじゃないの? 基本スペックが同じなら……あとは色とか?」


「確かにそうですね。こちらは黒色のモデルはありますか?」


「両方ありますよ」


 疋田さんの問いに店員は即座に回答する。白しかなかったならそれがノックアウトファクターになったのだろうけど、これではまだ決め切れなさそうだ。


「うーん……同じすぎて違いが分かんないですよねぇ……」


 疋田さんの性格的にもこういうのはきちんと理解して選びたいのだろう。それを面倒臭い人だなんて言うのはとんでもない。


「右側の方はヒーターが強力なんですよ。乾燥が若干早いですね」


「ふむ……お兄ちゃんはどっち推しですか?」


「うーん……そもそもサイズって測ってるの? どっちでもいける?」


 疋田さんは口をあんぐりとあけて固まる。


 え? もしかして測ってない?


「あ……あぁ……盲点でした……」


「一番最初に確認するとこでしょ!?」


 疋田さんはガックシと肩を落とし、洗濯機コーナーを去ろうとする。


 こんなこともあろうかと、俺は自分の部屋で測っていたのだ。間取りは全く同じだから、俺の部屋のサイズで入るなら問題ないはずだ。携帯を取り出し、メモを読み上げる。


「疋田さん、横が80センチ、奥行きが70センチだよ」


「なんすか、その妙に楕円状のドラム缶みたいな体型の……え? 測ってたんすか!?」


「まぁ……一応ね」


「ラブ! お兄ちゃんラブです! そうすると……あぁ、こっちはダメですね。一択です。こちらを買います」


 疋田さんはブラコン妹と思われることもいとわずに俺に投げキッスをすると、そそくさと店員に購買カードを渡して手続きに入るのだった。


 ◆


 洗濯機の配送手続きまで完了したので、暇つぶしにパソコンコーナーへやってきた。


「いやぁ……本当、一家に一台は佐竹さんが欲しいですよ」


「そんな大したことしてないけど……むしろ疋田さんがこれまで……ゔぉっ!?」


 ブラブラと通路を歩いていると、いきなり氷山イッカクの大きなパネルが見えたので変な声が出てしまった。


「お……おぉ!? VTuberとVRゴーグルのコラボ……ですか?」


 コーナーの一角に置かれた机には大量のアクリルスタンドが並べられている。中心にいるのは氷山イッカク。後方の端という目立たない場所に最北南もいた。


 えくすぷろぉらぁとVRゴーグルメーカーのコラボらしい。『メタバースで会いましょう』と書かれたのぼりも用意されていて、MAPこと「メタバースで会いましょうプロジェクト」も本格的に始動し始めたようだ。


 100人分とはいかないまでも、20人くらいのアバターをモチーフにしたデザインのゴーグルがそれぞれ販売されているようで、これはこれで中々にえげつない商売だ。


「VTuber? こんなにいるの? 違い分かんねぇー」


「どうせ同じような萌え声で叫んでるだけだろ」


 お年玉を握りしめてゲームを買いに来たらしい中学生男子の二人組がイキりコメントを残して立ち去る。


 疋田さんの顔を見ると、これまで見たことがないくらいに頬を膨らませていた。


「佐竹さん、誤解のないようにお伝えしておきますがこの人達は非常に個性豊かです。私は愚かでした。洗濯機だって同じようにその筋の人からすれば全く違うはずなのに……私は……なんと愚かな発言をしてしまったのでしょうか……」


 洗濯機とVTuberを同列に語るのはどうかと思うけれど、疋田さんの物事に対する解像度が上がったということなのでそれはそれで良いこと。


「そ……そうだね……」


「ちなみにこの端っこにいる子が疋田さんの推しだっけ? どんな子なの?」


 最北南のアクスタを指さしながら尋ねると、疋田さんは唇をかみしめて下を向く。


「その子は……頑張ってますよ。毎日毎日。不人気って言われても耐えて耐えて……本当に頑張ってるんです」


 そうだよなぁ、と思う一方、アンチスレなんて覗かない方がいいよとアドバイスもしたくなる。


「凄いんだね……」


「えぇ、そうなんすよ。是非今度配信も見てあげてください」


「たまに見てるよ」


「ゔぇっ!?」


 疋田さんは素っ頓狂な声を出す。俺が配信を見ていると思っていなかったらしい。


「ほぉー……そ、そうなんすね……それは……この子もさぞかし頑張れるのではないでしょうか……」


 疋田さんは頬をポリポリとかきながら口をすぼめて照れている。


 お漏らしもしなくなってきたようで、新年の疋田さんは色々な面で一味違うと思わされたのだった。

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