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「おや……空きは一つですか……」


 コインランドリーは大盛況。空いている洗濯機が一つしかないのだ。しかも、人間くらいなら軽く入りそうな大型のものが空いていた。


「先どうぞ。俺は後でまた来ればいいし」


「いえ、一緒に回しましょう。これだけ大きければ一緒に洗えますから」


「俺はいいけど……いいの?」


 さすがに俺の下着なんかもあるので、それと一緒に洗うのは躊躇われるんじゃないだろうか。


 疋田さんは俺の意図を汲み取ったようにニヤリと笑う。


「高校生の時『むしろ父親の下着と一緒に洗え、ネットも一緒にしてくれ』とせがんで父親のドン引きした顔を見て遊んでいた時期がありました。まぁ今となっては黒歴史ですが……」


 歩く黒歴史製造機こと疋田。「お父さんと一緒に洗わないで!」と言われそうな歳の時に、むしろ一緒に洗えだなんてオーダーをしてくる娘がいたら恐怖だろう。この人の人生は逆張りで出来ているのかもしれない。


「そんなわけで私は男性の下着と一緒に洗濯機にかけることに抵抗はありません。ただし、洗剤は私に選択権を頂きたいです! 洗濯だけに」


 疋田さんは面白くもない親父ジョークを飛ばすとポケットから袋詰された洗剤を取り出す。


「あぁ……うん。どうぞ」


「ありがとうございます」


 疋田さんと二人でキビキビと服を詰めて洗濯を開始。


 俺はすぐに部屋の真ん中にあるベンチへ戻ったのだが、疋田さんは洗濯機の前にしゃがみこんでクルクルと回っている洗濯槽を眺めている。


「なっ……何してるの?」


 疋田さんは真顔で振り返ってくる。


「こう……無になって回転しているものを見ていると心が落ち着きませんか? ハンドスピナー的な感じです」


「なんか……病んでない?」


「まぁ……このところ忙しかったところに洗濯機が壊れるっていうアクシデントも重なってさすがの疋田さんもお疲れかもしれないです」


「え!? 壊れたの!?」


「えぇ。あ、言ってませんでしたね」


「それ……大丈夫?」


「明日の初売りに行くつもりです。佐竹さんもどうですか?」


「あー……どうしようかな。朝から行くの?」


「いえ、日没後ですよ。行列に並ぶなんてとんでもない愚行です」


「それもう目玉商品は狩り尽くされてそうだけど……」


「いいんですよ。洗濯機が欲しいだけなんですから」


 まぁそれもそうか。初売りで洗濯機が売り切れる世界線はどう頑張ってもたどり着けないだろう。


「じゃあ明日行こっか」


「はいっす! ありがとうございます!」


 疋田さんはニッコリと笑い立ち上がる。相変わらず不思議な所作はあるけれど、それが無い時は可愛らしい人だと思える。


 クリスマスに戻れるなら、映画なんて見ずにすっぽん鍋を食べた勢いでそのままいけ! とアドバイスしたくなるくらいだ。


「あ……佐竹さん、ご飯って食べました? 洗濯機を見ていたら酔ってきたのでご飯を食べましょう。隣の街中華がやってるようでしたので」


「それ後でリバースしないでよ……」


「しませんよ。あ、もしそうなったら洗濯機を貸してください」


「絶対嫌だからね!?」


 疋田さんはニヤリと笑い、俺をコインランドリーから連れ出すのだった。


 ◆


 三が日くらい休めばいいのに、と思いながらもやっている事に感謝しつつ餃子とビールを注文。


 中華らしい緑色の瓶と小さい目のグラスが運ばれてくると、疋田さんは餃子とセットでやや遅めの到着となったビールの栓を開けて速やかに注いでくれた。


「佐竹さん、どうぞ」


「あ……ありがと」


 そして疋田さんは事前に用意していたタレをつけて焼き立ての餃子をまるごと口に放り込む。


「は……はふっ! はっ……はっ……はっ……」


 目を見開いて熱々の肉汁に耐えている疋田さんの姿はなんとも滑稽で、冷水の入ったコップを渡しながらも携帯のカメラで動画を撮影。


「んぐっ……はぁ……ヤバかったです。まるで熱々の餃子を口に放り込んで豚肉の甘みのある脂が口中にジュワッと広がった時のような衝撃でした。シイタケの香りがたまりませんね」


「ちゃんと味わえてたんだね……」


 この人は本当に見ていて飽きない。食レポまで撮影したところで携帯を置く。


 疋田さんは追加で何かを頼みたくなったようでメニューを開いた。


「お……ピータンって萌えキャラぽくないですか? ぴぃたんですよ、ぴぃたん」


「あぁ……牛タンもそうだよね」


「私はヒキタンです」


「じゃあ俺は……」


 サタタン。ほぼ悪魔じゃん。


 同じ4文字が疋田さんの脳内にも出現したようで、ブフッとビールを吹き出している。


「フフッ……ふひっ……名字だとサタタンで名前だとサトタンって……ほぼ一緒っすよ……」


「そこ!?」


 モモタンは見ていて飽きない。


「いやぁ……それにしても、年が明けちゃいましたよ」


 ピータンのくだりはそこまで広げる気がなかったようで、疋田さんはザーサイを摘みながらしみじみと言う。


「そうだねぇ……」


 後は壊れるのを待つだけであろうブラウン管テレビで流れているのは正月特有のバラエティ特番。和装のお笑い芸人を見ると年が明けたという実感が湧いてくる。


「去年は色んなことがありましたね。私はバイトを始めて、佐竹さんに出会い、バイトをクビの危機になり、なんやかんやでバイト継続となりました」


「そっ……それは良かったね」


 新年も謎のバイト設定は継続らしいので、適当に相槌を打つ。


「佐竹さんはどんな一年でしたか?」


 疋田さんは餃子にタレをつけながらなんてことない様子で聞いてくる。


 もしかして……試されてる?


 クリスマスの事に触れるかどうかを試されているんじゃないかと深読みしてしまう。


 だけど疋田さんは「クリスマスは爆発して中止になりました。よって何もありませんでした」と言いたげな態度だし、それに合わせるのが正解な気もしてくる。してくるのだけど、やっぱりきちんとしておきたい気持ちもある。


「あ……そうだねぇ……俺も疋田さんに出会って、インターン先をクビになって、新しいインターン先が見つかって……くっ……くらいかな?」


 あぁ! クリスマス! クリスマスって言葉を出すだけでいいのに! 俺のアホ!


 疋田さんはフッと笑うとテーブルに備え付けのニンニクを取り出し、自分の餃子にたっぷりと載せた。


「私に会えたことが一番最初に来るあたり、佐竹さんの生活における重要イベントの無さが際立ちますね。上半期は何もなかったんですか?」


 カチン。


「疋田さんも俺が二番目だったし、それ以外はバイトのことばっかだし、似たようなもんでしょ」


 疋田さんはぽかんとして俺を見てくる。


「そっすよ。私の今の生活はバイトと佐竹さんで出来てるんです」


 そう言ってニッコリと笑う疋田さんの前歯にはニラの破片がこびりついている。


 これがなければ誰からも可愛いと言われるだろうに本当に残念な人、だなんて思いながらも、生活の一部と言われて嬉しくないわけがない。ちょっとしたジャブを仕掛けたら強力なクロスカウンターを食らった気分だ。


 実際この人とどうなりたいのか答えはないけれど、疋田さんに歩み寄りたくなった。そもそもクリスマスのすっぽん鍋のお礼もしていない。


「疋田さん、明日って……時間ある?」


「はい、暇ですよ。洗濯機を見に行くしかやることがないです。なんと久々の一日休みなんですよ!」


「その……じゃ……ええと……どこか行かない? 洗濯機の前か後で」


「いいですけど……大寒波らしいです」


 疋田さんが指差すのはテレビ。特番の合間でニュースをやっていて、明日は大寒波襲来だそうだ。雪の予報も出ている。なんと間が悪い。


「あ……じゃあ日を改め――」


「いえ、行きましょう! 佐竹さんからの誘いなんて珍しすぎて雪が降りそうですよ!」


「降るんだよ、明日」


「私は感激しています。佐竹さん、明日は楽しみましょう!」


 疋田さんは笑顔で身を乗り出して、俺の手を握ってきたのだった。


 ◆


 中華を食べ終えて洗濯物を取りに行く。洗濯機を開けるとあることに同時に気づいた。


「あ……これ、よく考えたら全部一緒になっちゃってますね」


「あー……ネットで分けてなかったもんね……」


「まぁ仕方ありません。家に戻ったら選り分けましょう」


「黒いのは大体疋田さんのものだろうけどね」


「えぇ、そうですよ。基本的に黒です。なので私に『下着何色?』という言葉責めは通用しません。覚えておいてください」


 そう言いながら自分の黒い下着をヒラヒラさせて見せてくるので、世界で一番無駄な知識なのにしっかりと脳に保存用の領域を確保してしまうのだった。

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