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 疋田さんはあれから部屋に来ることはなく、気づけば大晦日。


 クリスマスの件にケリはつかないまま翌日早々に俺は実家に帰省してしまった。


 実家のテレビでは両親が最近ハマっているというVTuberの動画が流れている。最北南の歌枠のアーカイブだ。


 最北南も徐々に人気を拡大し、チャンネル登録は40万人を突破。同期に比べると緩やかな伸び方ではあるが、順調にファンを増やしている。遂に我が実家までその一派になったらしい。


「聡史はこういうの見ないのか?」


 父さんが俺に話を振ってくる。


「うーん……たまに」


「この子、オススメだぞ。昔の曲ばっか歌ってくれるんだよ。母さんと会った頃を思い出すなぁ……」


「この人はもっと老人向けでしょ。父さんとか生まれてないんじゃないの?」


「なんだ、詳しいじゃないか」


 あ、やられた。


「まぁ、流行は巡るのよ。今だってまた流行ってるんでしょ? シティポップ。松内まりやとか竹原みきとか。南ちゃんが言ってたよ」


 流行なんて一切気にしていなかった母さんがそんなことを言うので驚く。


 定年退職も近づいてきた両親の二人暮らしの潤いは最北南らしい。


 最北南のターゲット層は70、80代だと思っていたけれど、意外ともう少し若い世代にも浸透しつつあるようだ。


 今度の打ち合わせでアドバイスしてみてもいいかもしれない。シティポップなら海外受けもしそうだし。


「そういえば二人ってどうやって付き合ったの?」


 疋田さんとの事の参考にはならないだろうけど、雑談がてら聞いてみる。


「なんだなんだ? いきなりそんなこと……」


 父さんは照れているのか急に押し黙る。


「この人は本当にヘタレだったの。何回デートしても暗くなる前にハイサヨナラだったからね。ま……そういうことよ」


 どうやら俺の性格は父親譲りらしい。他人のせいにしても何も解決はしないけれど、妙に納得してしまうのだった。


 ◆


 正月も早々、2日の夜にマンションへ戻ってきた。移動で混み合うのは好きではないのと、疋田さんからヘルプが来たからだ。


 用件は分からないけれど、部屋にいないことが分かると連絡が途絶えてしまった。


 実家に居てもやることがないので早めの帰宅。既に辺りは暗くなっているけれど、人通りはまだある。


 最北南は配信していないので部屋に直接行っても大丈夫だろう。


 マンションのエントランスをくぐり、エレベータを呼ぶ。どうやらちょうど上から誰かが降りてくるところだった。


 ポーン、と音がして中の人が降りてくる。


「失礼しまーす……すみませー……ん? 佐竹さんでしたか。おかえりなさい。あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします」


「あ……うん。よろしく」


 降りてきたのは疋田さん。


 いつものように真っ黒なジャージにグレーのパーカー。手には大きなビニール袋を持っていた。


 数日ぶりだけれど、年末にかけてあった事についてすべて放置したまま昨年を終えてしまったので妙に気まずい。


 疋田さんは特にそういうわだかまりがあるわけでもなさそうで、いつものように無表情で俺を見てくる。


「それ何?」


「あぁ……これっすか?」


 疋田さんはニヤリとサイコな笑みを浮かべてエレベータから降りてくると、手を口に添えて内緒話のように囁く。


「人を殺しちゃったんです」


「マジ? やばいじゃん」


 もちろんそんな訳はないけれど、一応ノッておく。半透明のビニールに入っているのは真っ黒な何か。


「ガチッす。こっちには右半身、こっちには左半身が入っています」


 そう言って両手を順番に上げて中身を見せてくれる。半透明の袋から透けて見えているのは黒色のレース状の布。明らかに下着だ。多分洗濯物だろう。


 疋田さんにかかれば、たくさんの洗濯物の中から下着が俺の真正面に来ることくらい予定調和まである。


「普通バラすなら上下でしょ……」


「人の解体に普通も何もないですよ」


「まぁ……たしかに」


 急に真人間に戻らないでほしい。梯子を外されて俺だけが狂人として取り残されてしまった。


「実はこれ、エグゾディアなんすよ」


「だから左右なんだね」


「そういうことです」


「で……コインランドリーでも行くの?」


「はい。決闘場と書いてコインランドリーと呼ぶ場所です」


「そんな怖いところ聞いたことないよ……」


「そんなわけで、佐竹さんも一緒にデュエルしますか?」


 洗濯をするか? という質問と解釈。帰省前はバタバタしていて洗濯機はパンパン。それに追加で手元のキャリーバッグに着替えが入っているので、洗濯機を2回は回さないと追いつかないだろう。それから大量の洗濯物を浴室乾燥のためにハンガーにかけて浴室乾燥をオン。


 そんな作業をすることを考えると、今日はとてもじゃないがやる気にならない。


「うん。ちょっと待っててくれる?」


「デュエル、スタンバイ! ですか?」


「いや、もういいから……」


「待ってますよ! 相棒!」


 もうひとりの僕こと疋田さんはそう言い残してマンションのエントランスの隣、唯一の共用室にあるソファに腰掛けに行った。


 俺も洗濯物をまとめるためにエレベータに乗り込む。


 疋田さんの様子はいつも通り。クリスマスイブのことも、その翌日の事も何もかも無かったかのような態度だ。


 俺から触れに行くのもちょっと怖いので、疋田さんがなぁなぁで無かったことにしたいのならそうするしかないのだろう。


 好きだったかもしれない、ってことは今は好きじゃないのだろうし。


 いつもの疋田さんのペースに飲まれ、俺もこのまま仲良くできるならそれでいいのかな、なんて思い始めるのだった。

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