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 オダ9という名前といい書いている内容といい、明らかにこれは小田さんのアカウントだ。


 確かに知らない人が見たら誰が誰かわからないだろうけれど、S君こと佐竹なら特定は容易。


 いや、小田さんじゃないならそれでいい。だけど小田さんだとしたらこんなに悲しいことはない。ダースベイダーの正体が父親だったと明かされたルークの気持ちになる。かつての師は暗黒面に堕ちてしまった。


 ブラック企業、ストレス社会がこのセクハラDMモンスターを生み出してしまったのだと思うとやりきれない気持ちだ。人は見た目によらない。普通に社会生活を営んでいる人なのに、SNSでは豹変してセクハラDMを送っているのだから。


 ただ、セクハラDMは開示請求が通るか微妙なところなのでオダ9をリストに追加することは思い留まる。


 だが、このまま放置するのは忍びないのでオダ9はブロック。疋田さんは面倒くさがってDMはほとんど開封していないようなので実害はないのだが、小田さんには他のストレス発散方法を探してもらおう。


 アナキンVSオビワン。立場は逆だが、暗黒面に堕ちたかつての師には俺の手でささやかながら引導を渡した。


 そんな冗談はさておき、この人はこのままだと本当に過労死しかねない。


「あ……安東さん。ちょっといいですか?」


「はいはーい!」


 安東さんを会議室の外へ連れ出して、別の空き会議室へ。


「その……ちょっとだけ関係してるんですけど……この人、FMCの中の人で面倒を見てもらってた人かもしれなくて……労働時間がヤバそうで、労基へのタレコミって第三者からでも出来るのかとか、弁護士の人に相談できますかね」


「ふぅん……優秀ならすぐにうちに引き抜きたいけど……このDMはちょっとねぇ……」


 安東さんは俺が切り落とした選択肢をもう一度接合しようとしたが、それも同じ理由でまたバッサリと切り落とした。


 訴訟の対象にならなかったとしても、さすがに所属タレントにセクハラDMを送ってくるような人は雇えないだろう。


「あぁ……そうなんです」


「ま、労基の方は匿名で通報してもあんまりね。どうせやるならきちんと本人が証拠を揃えて直談判する方が確実……っていう話を佐竹君の紹介っていう形でこの小田さんって人にしてみる?」


「は……はい!」


 小田さんをEdgeに引き込むことはできない。だけど、少しでも助けになるならやれることはやりたい。


「それじゃ午後も頑張りましょうね」


 安東さんはフッと笑い、また会議室へ戻っていく。長時間の脱線は好ましくない。


 俺もすぐに会議室に戻り、掲示板のチェック作業を再開するのだった。


 ◆


 夕方5時。定時前にキッチリ全員分のチェックを完了。


「あのー……社長。途中で明らかに工作アカウントみたいなものがあったんです。うちのタレントなら無差別で中傷コメントをしている人みたいな……それがいくつもありまして……」


 メンバーの一人が意外な発見を口にする。つまり、組織的な誹謗中傷が行われていたということだ。それが今年の件数の多さに繋がっていたのかもしれない。


「うーん……心当たりはありすぎるからひとまず開示の結果を待ちましょうか」


 安東さんはあくまで粛々と続けるつもりのよう。敵が多いのか、組織的な嫌がらせにも驚かず淡々としていた。


 他に質問も出なかったのでクリスマスの仕事はこれで終わり。


 席に戻るなり、小田さんへ連絡。


『このアカウント、小田さんですか?』


 オダ9のURLと一緒に送ると、すぐに返事が来た。


『そうだよ』


『もし良かったら、労基に強い弁護士を紹介してもらったので……どうぞ』


 安東さんから教えてもらった弁護士宛ての電話番号を送ると、「ありがとう」というコメントの最北南のスタンプが返ってくる。


 さすがに一言言っておいたほうがいいだろう。知り合いにバレているとわかれば抑止力になるかもしれないし。


『あの……あんまり変なDM、送らないほうがいいかもです。社内でも問題になってるので……』


 既読がついて数分後、小田さんから電話がかかってきた。


「さっ、佐竹君! あの……訴えられたりとか……ないよね?」


「金輪際で止めてもらえたら大丈夫だと思いますよ」


「いやほんと……魔が差しただけで……」


 小田さんのことは尊敬していたし、人間なんてまともな一面だけじゃないのはわかるけど、どうしてもショックが隠せない。


「今後はやめてくださいね」


 それだけ伝えて電話を切る。言葉にしきれない感情は色々と湧いてくるけれど、どれも多分言葉にしきれないから飲み込んだ。


「有照ぃ! ……ん? なんか泣いてない?」


 赤いコートにチェックのマフラーを巻いた雫花がトコトコと近寄ってきた。寒がりなのかかなり着込んでいてその歩き方はペンギンにそっくり。


「あ……いや! ちょっとね」


「有照は優しいんだね。いっぱい色んな人宛の悪口を見たから病んじゃった? よーしよし! 頑張ったねぇ、えらいえらい」


 雫花はそう言いながら俺の頭を撫でてくれる。有象無象からの悪口は気にならない。そもそも俺に当てられたものでも無いのだし。


 それでも雫花に頭を撫でられると少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


 雫花に「ちょっと待って、準備するよ」と言おうとしたところで帰り支度を済ませた安東さんが話しかけてくる。


「あら。有照君、雫花。打ち上げいかないの?」


 他のメンバーは集団でゾロゾロとオフィスから出ていこうとしているところだった。今日の打ち上げをするのだろう。


 あれ? 俺誘われてないんだけど!?


「私達は用事があるから……」


 それとなく断ろうとする雫花を見た安東さんは姉のような優しい目で頷く。


「あ、いっけなーい。皆が待ってるんだ。それじゃ! 二人共、今日はありがとう!」


 安東さんは俺達に打ち上げの場所も告げずに去っていく。色々と察してくれたのだろう。そういう関係ではないので話がややこしくならないといいけど。


「成海さんに有照を誘っとけって言われたんだけど、二人で過ごしたかったから黙ってたんだ」


 雫花は舌をちろっと出してネタばらししてくる。Edgeの人が、俺だけ誘わないみたいな陰湿なことをするとは思わなかったけれど一安心。


「まぁ……約束してたしね」


「そうだよねぇそうだよねぇ! いこいこ! イルミネーション無くなっちゃうよ!」


 雫花は皆がオフィスから出ていくのを見届けると、やっと自分の時間が来たとばかりに嬉しそうにオフィスの出口に走っていき、俺を手招きしてきたのだった。

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