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12月24日。遂にこの日がやってきた。
昼にうちのベッドで起床した疋田さんは荷物を受け取るために一度自分の部屋に戻っていった。
今日は最北南の配信は無し。少なからず配信を待ち望んでいるガチ恋勢はいる気がするのだけど、疋田さんは何よりも俺との予定を優先してくれているらしい。
どうせ疋田さんのことだから真っ黒なサンタの服を着て「あれ? サンタって黒じゃないんすか?」とか言うのだろう。むしろそれくらい爽やかに終わって欲しいと願いながら部屋で待機する。
夕方、日が落ちる前に疋田さんはダンボールを抱えて戻ってきた。服装はいつもの黒い部屋着ジャージにグレーのパーカー。サンタコスではなかった。
「ふぅふぅ……佐竹さん、お待たせしました」
疋田さんがダンボールを置くと、結構な重量があるようでドスン、と音が響く。下の人に……と思ったけどその下の人が目の前にいるのだった。
「それ……何なの?」
「IHヒーターと鍋と食材です」
「まさか……闇鍋でもするつもり?」
「二人で闇鍋なんかして盛り上がりますか? 半分は具材が分かるじゃないですか。しょうもないことを言った罰としてベッドの上で腹筋でもしててください」
まさかの正論カウンター。そして俺は腹筋を命じられてベッドの上に退避させられる。
「あ、ちなみにこの部屋で鍋をして問題ないですか? 結構な匂いがしますけど」
「あぁ……うん。良いよ。服はクローゼットだし」
駄目と言ったら下の汚部屋でやることになるのだろう。最近はあまり部屋に入ってないので汚部屋なのかは知らないけど。
「ありがとうございます。ほらほら! 早く腹筋しててくださいよ。テストステロンをガンガン出してください!」
ん? テストステロン?
ググると男性ホルモンの一種と出てくる。性欲を湧かせるのに必要なんだとか。
ん? 性欲?
違和感を覚えながらも腹筋をしながら準備を進める疋田さんを見る。
疋田さんはダンボールから黒いホーロー鍋を取り出すとIHヒーターにセットして具材を入れ始めた。
「何それ……亀?」
「スッポンです」
スッポン?
疋田さんはそこにニンニクやニラ、牡蠣をぶち込み始めた。
「アールギニン! アールギニン! アンアン亜鉛にアリシンアリシン」
気色悪い自作の歌を歌いながら鍋を作り始める魔女、疋田。
悪魔を召喚するんじゃないかと思わせる鍋の中身は明らかにクリスマスに食す物ではない。ケーキもなければ七面鳥でもないし、おしゃれな洋食でもない。亀だ。
亀の甲羅を片手に疋田さんは頭を傾げる。それは入れるな、入れないでくれ。さすがに亀の甲羅からダシは出ないから。
疋田さんは一瞬の思案の後、小さく頷いてそのまま甲羅を鍋にドボンと入れた。
一気に玄武みのあるビジュアルへ変貌を遂げる鍋。
そもそもこの人、料理のセンスが無いのになぜクリスマスに限って張り切ってすっぽん鍋なんて作り始めたのだろう。まずもってすっぽん鍋の正解が分からないのに。
すっぽん鍋の正解を見るために検索すると、甲羅も入れられているものがあった。
なのでぶつ切りにされた亀の手足や甲羅がプカプカしているこのビジュアルはほぼ正解なのかもしれない。
問題はすっぽん鍋とセットで検索されるサジェストだ。並ぶ単語は、精力、男性、女性、効能。
明らかに夜の営みを意識した単語がズラリ。解説サイトもヒット。
それに加えて、牡蠣もニラもニンニクも、全てがすべてそっち系の効能を持っている。
あれ? 疋田さん、もしかして滅茶苦茶性の6時間を意識してない? ちゃんと事前に同意取ってくれるよね? 襲われたりしないよね?
◆
12月24日午後5時55分。遂に悪魔召喚の準備が整った。
「佐竹さん、出来ましたよ」
「え……あ……うん。これ……」
「すっぽん鍋です」
「うん……それはなんとなく見れば……分かるけど……」
要領を得ない俺の態度に業を煮やしたのか、疋田さんは自分の携帯で俺に『性の6時間』のコピペを検索して見せてくる。
「厳密には時間が違いますが……ド深夜におセッセをするのは周辺の人に迷惑になるかと。ですので午後6時から0時までを性の6時間とします」
疋田、性の6時間の定義を変える。
「え……いや……あの……や、やるの? 付き合ってない……よね?」
「別にヤりたい訳ではありません。いやまぁ興味がないかと言われれば嘘にはなりますが。日本で一番おセッセをする確率が高まるこの時間に、更に確率を倍プッシュで上乗せするための料理です。ただ、この部屋で何が起こるのかは私も知りませんし、私は積極的に誘いません」
「いや……だから……」
「ちなみに今日はアルコールは無しです。過度なアルコールの接種はEDの原因にもなりうるそうなので、確率を下げます」
疋田さんはそう言って俺にジンジャーエールを差し出してくる。ここまで来ると生姜も血行促進とか効能がありそうな気がしてきた。
何から何まで準備してもらっておいてあれなのだけど、人生で一番に貞操の危機を感じてしまう。
とはいえ今日の趣旨を確認しないことには始まらない。
「ええと……つまり、確率を高める状況づくりだけしてみたってことかな? それでどうなるかを観察したい、と」
「そうなりますね。これは実験ですよ、佐竹さん」
実験。その言葉に胸が躍る。
「実験かぁ……そうなると実験デザインがなってないよね。性欲を高める食事をすると性交渉をする確率が上がるって仮説でしょ? 対照実験で確認しないとだから一組じゃダメだし、コントロールもおかないといけないし、条件を合わせて……クリスマスディナーとすっぽん鍋と……普通の食事ってなんだろ。白米と生姜焼きとかかな……そもそもこれって因果関係が逆じゃない? すっぽん鍋を食べたからヤりたくなる訳じゃなくて、ヤりたいから精力をつけるためにすっぽん鍋を食べるんだよね?」
「佐竹さん! ガチで詰めるのはやめてください。ジョークですよ、ジョーク」
「疋田さんは今、ジョークで押し倒されようとしてるんですがそれは……」
「そっ……そうなったらなったで……受け入れます」
疋田さんは声を裏返しながら顔を赤くしてそう言う。
「えっ……え!?」
いきなりモジモジし始めるので戸惑いを隠せなくなる。疋田さん、順番は明らかに違えど本当に俺のことを……
いやいや、無いだろう。本気の人がクリスマスにすっぽん鍋セットを持ってくるなんてムードの欠片もないことを自発的にするはずがない。いつもの疋田ジョークだ。からかわれているだけ。迫ったらゲラゲラ笑いながら逃げられるに決まっている。
「あ、時間ですね。では始めましょう。性の6時間、開始です」
疋田さんは何度も舌なめずりをすると、携帯のタイマーを6時間にセット。懐からぬるくなった凄十を差し出してきたのだった。
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