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 12月17日。今日は安東さんに呼び出されているのでEdgeのオフィスに出社。


 ミーティングまで時間があるので自席で作業をしていると、不意に背後から両肩を揉んでくる不届き者が現れた。


「雫花、どうしたの?」


 画面の反射で背後に立っているのは雫花だと分かる。


「すぐ分かったんだね。つまんないけど嬉しいなぁ」


「はいはい……それで何?」


 面倒くさそうな絡みをいなすと、雫花は近くの席から空いている椅子をカラカラと引きずってくる。


「来週って暇? クリスマスイブ」


「あー……もう予定ある……かな?」


 その日は疋田さんで予約済み。最北南の配信スケジュールも空白なので一日かけて何かをするのだろうと、嫌な予感だけはしている。


「そっ……そうなんだ……じゃあ次の日! 25日は!?」


「うん、暇だよ」


「っし! そこ予約! 大宝寺雫花で一名ね」


「りょ……了解」


 雫花の圧に負けてしまいオーケーを出してしまったが、どこで何をするのかも聞いていない。こっちはこっちで大変そうな匂いがする。


「ちなみにどこ行くの? これから決める?」


「ん? デートだよ。クリスマスデート。イルミネーション見たりー、散歩したりー、とかかな」


「あぁ……はいはい」


 夕方くらいに集合してイルミネーションでも見て過ごすのだろう、と解釈。


 詳細を詰める前に、オフィスをウロウロしていた安東さんがミーティングに呼んでいるであろう人たちをピックアップし始めたので俺も会議室に向かう。


 雫花も隣を歩いてきたのでどうやら安東さんに呼ばれているようだった。


 ◆


 会議室に集められた人は20人ほど。顔をみたことがない人もいるので部署はばらついていそうだ。


 安東さんは会議室の中を見えないようにするためにブラインドを下げると、前に立って話し始めた。


「皆、集まってくれてありがとう。来週なんだけどクリスマスがあるわね?」


 社長が社員を集めてする話の導入にしてはやけにポップだ。まさか社内でパーティでもするのかと思い、戦々恐々とする陰キャがここに1名。


「去年、クリスマス配信がないだけでSNSが荒れたタレントがいたわ。この子はガチ恋営業に力を入れているから仕方ない面もあるけれど、中には度を過ぎた誹謗中傷もあった。それにタレントへの誹謗中傷は年がら年中あるの。今年は特に酷かった」


 安東さんは去年の事例やこれまでタレントに届いた脅迫じみたSNSのDMのスクリーンショットを何枚も見せながら説明してくれる。ひとまず真面目な話で安心だ。


「今年もクリスマスまであと一週間。当日の配信の有無は本人達に任せているわ。そして、どうせ今年も配信があろうとなかろうとプチ炎上するはず。そこで炎上対策チームの結成をここで宣言するわ! ま、突貫だし年内で解散だけどね」


 全員の頭の中に「炎上対策?」とハテナマークが浮かんでいそうだ。雫花が代表して手を挙げる。


「あのー……具体的に何をするの?」


「来週のクリスマスイブ翌日からネットは荒れる。そこでこれまでに誹謗中傷をしてきた人も含めてまとめて魚拓を取って開示請求に回すの。勿論その先には訴訟もセットよ。過激なアンチを一網打尽にする。そこで、皆には魚拓を取る作業をお願いしたいの」


「ふぅん、そのための同意書か」


 雫花は納得したように頷くと、安東さんも「そう」と言って机の上にある紙の束を指差す。


「これがタレント全員分の同意書。全員、過激なアンチを訴えることに同意してくれたわ」


 人気商売な面もあるからある程度は我慢しないと行けない部分もあるのだろうけど、社長直々でこれだけ動くのだから度が過ぎていることも多々あるのだろう。


 実際には見せしめ目的で訴えるのは数件なのかもしれないけど、会社としてタレントへの誹謗中傷の対応を強力にバックアップするという意志を見せる目的もありそうだ。


「あのー……なんで今なんですか?」


 社員の一人が安東さんに投げかける。


「さっき触れた事とも絡むけど、クリスマス配信の有無はかなり話題になる。それこそ誰々が配信してなくてファンが激怒! 炎上! みたいな盛りに盛った記事をまとめサイトが書くわけよ。そこで年末に会社からもプレスを出す。適当な平日に出すよりも効果的なアナウンスになるはずよ」


 やはり安東さんはメディアを使った広報的な部分に狙いの主軸をおいているようだ。それこそ版権に厳しいと言われるディズニーのように、誹謗中傷に厳しく対応するえくすぷろぉらぁというイメージをつけることが大事なのだろう。


 それはタレントを守ることや、会社からタレントへの還元、つまりVTuberから見たときの離脱防止や移籍促進なんかに繋がりそうだ。


「訴えて勝てるんですか? 負けたら逆に会社の名前に傷が付きそうですけど」


「判例もあるから開示請求は通るわ。アバターへの中傷は中の人への中傷よ。その後は内容次第かな。投稿の中には明らかに中身の人間を意識してて行き過ぎたものもある。そりゃあ建前はバーチャルがー、とか言ってるけど中身はAIじゃないんだから、人間を守るためにとことんやるつもりよ」


 そこからも安東さんは淀みなく質問に答え続ける。


 25日にオフィスに集合。皆で手分けして所属タレント100人分に関するSNSへの投稿、5chの掲示板を監視して証跡を確保。それをすぐに顧問弁護士へ引き渡して訴訟を検討している旨をプレスで出すようだ。


 どうやらクリスマス関係なく今年は誹謗中傷が多かったらしく、安東さんは年内に汚れを取りきりたかったという思惑もあったらしい。今年の汚れは今年のうちに。クリスマスに湧いて出てくるであろうアンチの大掃除が始まる。


「有照君、何か質問ある?」


 他の人が気になることは聞いてくれたからなにもないのだけど、振られたので何か言ったほうが良さそうだ。


「そうですね……あ……なんでこのメンバーなんですか?」


 安東さんはニヤリと笑う。


「クリスマス、暇そうだったから」


 どうやら全員が全員図星だったようで、全員のドス黒いオーラのベクトルが安東さんを向く。


「今の発言、誰か録音してましたか? 一緒に顧問弁護士に送りつけましょう」


「ちょ……冗談だって。これは来週に急ぎでやらないといけない話なの。投稿を消される前に魚拓も確保しないといけないからね。手が早い人、仕事ができる人、優秀な人を集めたの。つまり社内の精鋭揃い。普段は皆各々の分野で活躍しているけれど、一日だけ力を貸してほしいの」


 そんなことを言われたら断りづらい。安東さんは息継ぎをして更に続ける。


「前の会議でも言ったけど、うちの利益の源泉はタレントよ。皆が毎日必死に数字と戦ってるの。チャンネル登録、リピート率、投げ銭収入、再生回数、同接人数。とにかく数字とにらめっこしながら精神をすり減らしてる。だけどそこの追求は緩めさせない。だってそれが仕事なんだもの。でも、せめて彼ら彼女らを心無い言葉から守ってあげるのがスタッフである私達の役目だと思う。そうじゃない?」


 Edgeで働いている人は多かれ少なかれVTuberに興味があって、この世界が好きでやっている人達のはず。


 だから安東さんの言葉は全員の心に深く突き刺さり「やりましょう!」と熱い雄たけびを上げる人が出てきたが、それも納得できた。


 この人は本当に人たらしというか、人を動かすのがうまい。


 隣りに座っている雫花を見ると、仕方なさそうにウィンクをしてきたのだった。


 ◆


 会議が終わって席に戻っている途中、横に雫花がやってきた。


「あーあ。予定、埋まっちゃったね」


 雫花は棒読みでそう言ってくる。


「夕方には終わるんじゃないの?」


「んふー、そうだよねぇそうだよねぇ? じゃあ夜はデートかなぁ?」


 雫花は自分の狙い通りに話が進んでいるとばかりに嬉しそうに笑う。俺が乗っかっただけなのだが。


「はいはい。空けとくって」


「さんきゅ! それじゃまた!」


 雫花は心底嬉しそうに笑うと、制服をヒラヒラとはためかせながら自分の席に駆け足で戻っていくのだった。

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