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 疋田さんはイルミネーションに別れを告げて俺の隣へ戻ってきた。イルミネーションに関する過去のトラウマを教えてくれるらしい。


「実家の近くにやたらとイルミネーションを張り切る家があったんすよ。小さい時から毎年爺ちゃんと見に行ってて、穴場みたいなもので近所の人がちまちま見に来る程度でした。でも中学のある時にSNSでバズってから状況が変わりました」


「人が増えたの?」


「はいっす。同級生が大挙して押し寄せてきました。これまで見向きもしなかったくせにバズった途端ですよ。それからは若い男女で見に行くことが良いこととされ、私は爺ちゃんと見に行くと肩身の狭い思いをするようになったんです」


「まぁ……そういうもんだよね。思春期だし」


 我が道を行く疋田さんも当時は人の目を気にするだけの社会性を有していたらしい。


「えぇ。そうなんです。まぁそんな訳でカップルだらけになりまして、アメリカ映画に出てくるプロムさながらの光景と化しました」


 プロム……スクールカースト上位陣による上位陣のためのお祭りというイメージだ。陰キャサイドからすると、陽キャが集まる様子を想像するだけで身の毛がよだつ。


「それは……一人じゃ行きづらいね」


「念の為に佐竹さんにお伝えしておくと、相手はいました」


「え!? そうなの!?」


「なんすかその反応……」


「あ……いやいや。そういうのとは無縁なキャラだからさ」


 まさかの中学で彼氏がいるなんてスクールカースト上位の生活をしていたとは思わなかったので驚く。


 というか聞き手側としてはこれ以上ないくらいの良い反応なんじゃないか、とは思うけどそれは言わない。


「誘ってきた人は全員断りましたけどね。計18人です。うち3人は女子。実に中学の全校男子生徒の3割です」


 15人で3割。つまり男は50人。全部で百人くらいか。


「全校生徒で100人程度って確かに結構な田舎だね……」


「別に算数の問題を出したかった訳ではないんすけど……すぐ計算しちゃうのは職業病ですか」


「ま……まぁまぁ! 続きをどうぞ!」


「とにかく私は同級生とは行く気になりませんでした。でもイルミネーションは見たい。一年に数回しか見られない、キラキラした電飾を見たかったんです」


 当時はまだ「電気の無駄遣い」「電球の無駄遣い」「社会リソースの無駄遣い」と過激な主張はしていなかったようだ。


「そこで私は最愛の人と見に行くことにしました。テニス部の部長です」


 ん? 流れが変わったぞ。


「まさか……跡部様?」


 疋田さんは過去一の黒歴史を吐き出したとばかりに深くうなだれる。


「うちわを持っていきました。しかもボイス付きです。当時の私は結構な尖り具合だったのでそれを連打しながらカップルの周りをウロウロしていました」


 あぁぁ! 想像したくないのに想像できてしまう! 真っ黒な服に見を包んで跡部のうちわを持って「アーン?」と言いながらカップルの雰囲気を壊している疋田さんが確かにそこに存在していたと信じられる。


「そっ……それは……中々だね……」


「はい。翌日の学校では私の写真が出回っていました。当然、私を誘ってくれた18人はそれから一言も私と会話してくれなくなりましたよ」


 全部自業自得とはいえ、さすがに涙を禁じえない。


 疋田さんはすべてを話し終えたのか、俺にもう一枚ティッシュを差し出してきた。


 いや、泣くところ無かったし。


 だがコメントに困る。本人はこれがガチのトラウマになっているらしいので、無闇に否定はできないし笑いもできない。


「いっ……やぁ……疋田さん……モテたんだねぇ……」


「そこっすか!?」


 苦し紛れの論点ずらしもすぐにバレてしまう。


 疋田さんはぐいっと酒を煽って口元を拭う。


「というわけで佐竹さん。今から見に行きましょう」


「岡山に帰るの?」


「違いますよ……あれ? 実家が岡山って言ってましたっけ?」


 しまった。これはアデリーで聞いたんだった。ただの冗談のつもりだったのに。


 最近は俺の方がガバガバになってきている気がする。何が何でも隠さないと、という気持ちが無いのは良くないようだ。


「聞いたよ! 聞いた聞いた! 前に話したからさ!」


「うーん……そう……ですよね」


 疋田さんは完全に俺とアデリーを別人と思っているからか、佐竹との会話記録で検索をかけてもそれっぽい記憶がないようでまだ悩んでいるようだが、ゴリ押しすれば大抵のことは受け入れてくれるみたいだ。


「とっ、とにかく! イルミネーションを見に行くの? 暇な日ある?」


「おっ……おぉ!? 佐竹さん、急にグイグイ来ますね……」


 会話を逸らそうとイルミネーションの話に舵を切ったのだが、いつものペースではなかったようで疋田さんは引き気味に苦笑いする。


「まぁでも、是非行きたいです。あの黒歴史は忘れて、楽しい思い出で塗り替えたいんですよ」


「それは責任重大だねぇ……」


「大丈夫ですよ。佐竹さんですから」


 疋田さんはニッと笑うと「よっこらせっくす」と言いながら立ち上がる。


 そこさえなければイルミネーションを見に行く人なんて無限に湧いてきそうなのに、と他人事ながら悲しい気持ちにすらなってくる。


「それじゃ、ちょっくら着替えてきますね」


「今から!?」


「はいっす」


「まぁ……いいけど。すぐそこだし。あ、うちわは要らないよ」


「分かってますよ。ブランコに5分後に集合で」


 疋田さんは下を指さしながら、自分の部屋に戻っていった。


 ◆


 冷たい風が吹く中、ブランコに座って待っていると、いつものように全身真っ黒な疋田さんがやってきた。


 黒ニットに黒い太めのズボン、黒いノーカラーコートにニット帽と、黒コーデを極めたお洒落な人にも見える。本人はそんなつもりはないのだろうけど。


「お待たせしました」


 黒マフラーで覆われた口元をモゴモゴさせながら疋田さんが挨拶する。


「あぁ……うん。俺も今出たとこ」


「そうですか。さあ、行きますよ」


 疋田さんはそう言うと俺を立たせて腕に抱きついてくる。


「こっ……これで歩くの?」


「いいじゃないですか。こんな時間にイルミネーションを見に来る変人はいませんよ。どうせガラガラです」


「すっごいブーメランだからね、それ……」


 こんな時間にイルミネーションを見に行く変人二人が商店街へ向かう。


 マンションを回り込んで少し歩いたところにある通り。そこがイルミネーションの会場となっていた。


 公園やマンションの付近は深夜で人気は無かったのにイルミネーションのある通りに出ると、それなりに人出があったので驚く。


 皆部屋着の上にコートを着込んでいるようなので、同じように夜中に気づいて見に来た人達のようだ。


 そんな人たちを認識した疋田さんは、俺の腕をつかむ力を強める。


「大丈夫だよ」


「そこで『大丈夫?』と聞かずに言い切ってくれるのはポイント高いですよ。すっかり跡部様の事は忘れられました」


「そりゃよかったよ……」


 その言葉を最後に、二人で黙って立ち止まり、真っ直ぐに商店街の通りを彩る電球を眺める。白い息だけがモクモクと出ていて、黙々と眺めていると妙な居心地の悪さを感じ始めた。


「色って三原色って言うじゃん? 青色の発光――」


「佐竹さん、もしかしてLEDの解説始めようとしました?」


 俺が話し始めると疋田さんが食い気味に俺の話を遮る。


「え……う、うん」


「花火の時に炎色反応でするやつっすよ、それ」


「まぁ……花火、見てないしね」


「なら来年に取っといてください。それまでに金属の名前も覚えておくので」


「あ……うん」


 妙ないたたまれなさを感じていると、疋田さんは俺の手を握ってくる。


 二人して手の防御がおろそかになっていたけれど、俺の手は結構な暖かさを感じている。


「冷たいっすね」


「俺は暖かいよ」


「それは良かったです」


 疋田さんは更にぎゅっと手を握ってくる。


「そういえば佐竹さん、24日はお暇ですか?」


「もし暇じゃないなら今もここにいないよ」


「カーッ! そういう回りくどい言い方するからモテないんっすよ。素直に『暇だお! 疋田ちゃんに相手してほちいな!』って言えばいいじゃないですか」


 自分だって素直に誘わずに暇かどうか確認してきたくせに。


「ひ……暇だよ! 暇暇! どうせ暇だよ!」


「じゃあ私と過ごしましょう。性の夜を」


「せ……聖の夜だよね?」


「えぇ。セイの夜です」


 疋田さんはそう言ってにやりと笑い、手の指を絡めて恋人つなぎをしようとしてきたので、手を振り払う。


 疋田さんの頭と俺の頭にある漢字は多分食い違っているのだろうと思いながらも、12月24日の予定を埋める事にセイコウしたのだった。

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