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旅行から数週間が経過。雫花がチラシによる高齢者視聴者の獲得結果のデータを取りまとめて社長室で報告をしてくれている。
疋田さんもリモートで参加。なのでボイチェンをかけているが、相変わらず雫花は「おま環」でゴリ推して納得させていた。
「――というわけで、周辺地域との有意差はあった。チラシによる獲得効果は『ある』っていうのが結論かな。継続視聴率も高い。見込み獲得数は1施設あたり――」
安東さんは腕組をして穏やかな顔で雫花の報告を聞いていた。報告が終わると、満足気に頷く。
「いいじゃなーい。南の方向性、見えてきたわね」
「じゃあ次は本命の自治体で広告かな?」
雫花が次の打ち手を提案する。
「そうね。それと、もう一つ朗報があるの」
「朗報?」
「そう! 県庁にも顔を出してみたのね。そしたら教えてもらえたんだけど、県の公認VTuberの公募をするんだってさ。あ、これはまだオフレコで」
「そこに最北南が応募するってこと?」
安東さんはご機嫌に「そういうことぉ」と頷く。
「それってターゲット層は合ってるんですか? あえてVTuberを使うんだからオタク層に刺さるような人を求めてたりしないですかね」
気になった点を素直にぶつけてみる。
「いい視点ね。でもそこもクリアしてたわ。今ってゆるきゃらはかなり廃れちゃったじゃない? その次の神輿がVTuberらしいの。かといって自治体でイチから作って運営するにはコストはかかるわ、ノウハウはないわ、知名度はないわで外部に頼みたいらしいのよ」
「あぁ……なら特定の層というよりは一般人に受ける方がいいんですね」
「そういうこと! でも有照君の視点は良いわね。南が県の公認を取れたとして、その実績をもとに他の自治体を攻めていってもどうしても顧客層の壁にはぶつかるもの。棲み分けが必要なのかもね。もっと一般向けのタレントを増やさないといけないのかも。ま、そこは追々かしら。そもそも皆がこういう案件をやりたがるわけでもないしね。まずは南って弾丸で成功させないと」
「じゃネクストアクションは公募に向けた準備……って何すればいいの?」
「ひとまずは地道なビラ配りで足元を固めていきましょうか。それと地域のイベントを主催している人達とも話をつけてるから、そこの出演に向けた準備。ま、その辺は配信技術班と営業の人にやってもらうから大丈夫よ。二人はこれまで通りデータ分析に集中してくれればいいわ。南、話について来れてる?」
「は……はいっす! なんだか大事になってきましたねぇ……」
「そりゃそうよ。期待してるからね」
「はいっす!」
疋田さんの返事は前向きそのもの。
「じゃ、これにて解散。皆、お疲れ様」
安東さんの号令でミーティングは終わり。
ふと携帯を見ると、見知らない名前の人からメッセージが入っていた。
『佐竹君、お久しぶりです。FMCの小田です。少し話したいことがあるんだけど、近々時間取れそうな日ってありますか?』
FMC……FMC……フューチャーメイキングカンパニーか、と合点がいく。前のインターン先でアプリチームのリーダーをしていた小田さんだ。
オフィスはEdgeの本社があるここからそう離れていない。
『いつでもいいですよ。何なら今近くに居るので』
小田さんからはすぐに返事が来た。
『なるはやがいいので、今日だととっても助かります!』
「佐竹ぇ」
メッセージを見ていたら隣から雫花が話しかけてきた。
「な……何?」
「いや……忙しそうだしまた今度でいいや」
「あ……うん。ごめんね」
雫花よりも小田さんの方が物凄く急いでいそうなので、すぐにアポを取って待ち合わせ場所の喫茶店へ向かった。
◆
喫茶店に入るなり小田さんは手を振って自分の居所を教えてくれた。
「お久し振りです」
「わざわざごめんね。こんなとこまで」
「いえ、今近くでインターンしてるんですよ」
「おぉ、どこなの?」
「Edgeってとこで……」
「えぇ!? あそこで!?」
小田さんは結構な声量で驚く。
「声でかいですよ……」
「あぁ……いや、ごめんね。最近良く見てるんだ」
そう言って見せてきたのはスマホの裏側。そこには最北南のステッカーが貼られていた。ガチ恋勢、見つかる。まぁステッカーを貼ってるからガチ恋勢とは限らないけど。
「あ……な、なるほど」
小田さんはステッカーを貼った側を隠すように携帯を置くと「本題なんだけど」と切り出した。
「実はね。佐竹君が暇だったら……その……戻ってきてくれないかなぁって……思ったり……」
「FMCにですか?」
「うん。正直ね、ヤバいんだ。人も佐竹君が居たときから3割くらい減ってて、今月も退職面談が連チャンで入ってる。それなのに新しい人は増えないし、もう全員が全員、崖から片足落っこちてるくらいの状況なんだよね……」
「その状況を聞いたら『はい、戻ります』とは言いづらいですよね……」
俺が辞めて以降、サービス障害も頻発しているし、中の人の苦労は察せるところではあった。
確かに小田さんを始めとするアプリチームの人にはお世話になった。それでも、あんな追い出され方をした社長の下で働くなんてありえない。というかインターンだし、元アルバイトレベルの人をかき集めないといけないくらいにやばいということなのだろうか。
クビになってお金を貰えないから引き継ぎは適当になったとはいえ、それも一因だろうから若干の引け目はあるが、無理なものは無理。Edgeの仕事もあるのだし。
というか、南部さんへの怒りが湧いてくる。いくら社長とはいえ、自分のせいでこうなっているのを自覚していないのだろうか。結局苦労するのは小田さんのような現場の人。安東さんだったらここまで丸投げはしないだろう。
「これはおべっかとかじゃなく、聞いてほしいんだけど……一番最初に声をかけてる。それはチョロそうとかじゃなくて、一番頼りになるからだよ」
「いやまぁ……それは嬉しいですけど……」
捻くれた自分が「どうせ全員に言ってるんだろ!」と心の中で毒づく。
「これ、ガチだからね」
「あぁ……ありがとうございます。でも今は別のとこでインターンしてるので……というか小田さんも辞めたらいいんじゃないですか? そこまでしてあの会社に残らなくても……」
「まぁ……そのうち転職はするかな。今僕が逃げたら多分、本当に崩壊しちゃうから。新卒の子もいるし可哀想じゃん?」
少しでも小田さんに「全員に言っているんだろう」と疑っていた自分が嫌になりそうだ。この人は最後まで残って討ち死にする覚悟らしい。
それでも脳裏には疋田さんの顔がちらつく。別に疋田さんのためにEdgeで働いているわけじゃないのに。
「でも……ごめんなさい。手伝えないです」
「ま、そうだよねぇ。他の人にもあたってみるよ。立て直せるレベルの人、あまり多くないんだけどね。佐竹君、本当……やっぱいいや。ごめんね」
小田さんは二人分のお金を置いて立ち去る。
いっそ必死に泣きつかれた方が断りやすかった。
それに、小田さんに罪はない。社長の南部さんが全部勝手に決めたことなのだから。
だから、目の前で必死に踏ん張っている小田さんを見捨てるような決断をしたことにどうしても負い目を感じてしまい、しばらくオフィスに戻れなくなってしまったのだった。
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