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疋田さん、小野寺さんと三人でウッドデッキにてちびちびと飲み始める。疋田さんは俺の真横をがっちりガードしている。
「それ、ワインですか?」
小野寺さんに尋ねると、首を横に振った。
「ううん、ぶどうジュース。何かあったら私が車運転しないとだから。本当は飲みたいんだけどねぇ」
「すごいですね……目の前にこんな人がいるのに」
「ほれ、わたひのことれすかぁ?」
ご当地クラフトビールを中から持ってきてガブガブと飲んでいた疋田さんは既にベロベロ。
長椅子の俺の隣に座っているが、既に頭は俺の肩に乗っかって体重の殆どは俺が支えているようなものだ。
もう寝ればいいのに。
「あはは……自覚があるならいいよ」
「こーよーはわたひと見に行くんれすからね! おやしゅみなさい!」
疋田さんはそのままバタンと俺の太ももに頭を置いて、長椅子から足を垂らして横になる。
一瞬で疋田さんは寝落ちして、クゥクゥと寝息を立て始めた。
「お……おーい! 寝ちゃいましたね……」
何度頬をつついても形がひしゃげるだけで疋田さんはびくともしない。完全に熟睡モードに入ったようだ。小野寺さんと顔を見合わせて笑う。
「上、連れて行こうか?」
「大丈夫ですよ。寝かせておきましょう」
「優しいのねぇ」
「まぁ……このくらいは慣れてますから」
「本当に仲がいいのね。幼馴染とかなの?」
指を折って数えてみると、まだ疋田さんと出会ってから数ヶ月しか経っていないことに気づく。そろそろ半年くらいだろうか。
「半年前に公園で話したのがはじめましてですね」
「すごいわね……」
「そうなんですか?」
「いやまぁ……会ってその日に合体する人もいるわけだし……でも二人共低そうじゃない?」
「何がですか?」
「恋愛偏差値」
否定は出来ないので黙り込む。
「というか桃子は……ねぇ? デビュー前に顔合わせがあったのよ。同期の5人で。その時は酷かったわよ。ずっと下を向いて一人でジュース飲んでたんだから」
真っ黒な服を着て、席の端に座り会話を振られないように存在を消している疋田さんが容易に想像できる。
ん? 同期? 誰が?
「小野寺さんの部署って聞いてませんでしたよね……同期って……」
小野寺さんは咳払いをして喉をチューニングする。
「フフッ、当ててみてください。折角二人で話すお時間を作っていただいたんですから」
この話し方、声。どう考えても八角ヤスミだ。
「え……あっ……お、お久し振りです」
「そうね。前にバーチャルの世界で会ったけど、リアルでは今日のコンビニが実質始めましてだし……ややこしいよねぇ?」
「結構声違うんですね」
「配信のときは長時間話しても負担がかからない話し方にしてるのよ」
「なるほど……」
長時間配信モンスターたる秘訣は声の出し方のようだ。
「というかなんで隠してたんですか……」
「佐竹君って隠したがりなのかなって」
「なんですかそれ……」
「あ……ごめんなさい。ここで話さないほうが良かったよね?」
小野寺さんは疋田さんを指差して可愛く舌を出す。
「まぁ……大丈夫です。寝てますし、聞かれたら聞かれたで良いですよ。よく考えたら、後はいつバレるかだけかなって」
「あら、そうなのね」
アデリーはアデリーで疋田さんから相談は受けるけれど、社長賞を貰ったことで若干引け目を感じているようだし、既にその仮面の必要性は微妙なところ。
一方で疋田さんが最北南ということも、俺がEdgeの関係者となった今、バレたところで不都合があるわけではなくなってしまった。
つまり改めて考えると、どっちも隠さなくていい状況にはなっているのだが、かといってわざわざ改めてネタバラシをするのも違う気がする。
要は楽しんでいるのかもしれない。いつバレるのか分からないというスリルを。
「早く告白しちゃえばいいのに」
小野寺さんがボソッとそんなことを言うのでビールでむせる。
俺の口から溢れたビールが疋田さんの顔にかかったのだが、寝たまま笑顔で指ですくって舐めている。
その笑顔はとても可愛いのだけど、寝ながら顔にかかったビールを舐めて笑うような人なのだ、この人は。
「別に……そういうのじゃないですから」
「本当、二人して不器用なのねぇ」
「だから――」
「桃子、すごかったわよ。さっき皆で中で飲んでたんだけどね、ずーっと佐竹佐竹佐竹。佐竹さんはすごいんだ、優しいんだって。もうそればっか」
「そ……そうなんですか?」
「そうよ。それで雫花がキレたの。そんなに佐竹佐竹言うなら会いに行って来いって。そしたら本当に出て行っちゃってね」
「あぁ……」
それで雫花から電話が来て、俺が回収したという流れだったらしい。
この人、どんどん酒癖が悪くなっていっている気がする。
「本人も自覚してるのかどうかわかんないけど、多分素直に認められないだけなのかもね。温泉でもそうだったでしょ? 私が冗談で紅葉狩りに誘ったじゃない? 可愛く嫉妬すればいいのにマッサージ機を強くするだの悪口を言うだの」
「あ……あはは……まぁそこが疋田さんの良いところですから」
え? 疋田さん、本当に俺のこと好きだったの? いや、ないない。だったら目の前で吐かないでしょ、普通。なんて反論がボロボロと出てくる。
「えっ……くしっ! ぐしゅ!」
疋田さんは寝たままくしゃみをする。俺の顎に疋田さんの飛沫が大量にかかった。好きな人に飛沫をぶっかけるなんてします?
「と……とりあえず中に入れましょうか」
「そうね。持てる?」
「あ……はい。大丈夫です」
疋田さんの頭の下から足を抜いて立ち上がり、疋田さんの膝裏と背中に手を回す。
深い眠りについているのか、力が抜けていてめちゃくちゃ重たい。
「これも覚えてないのねぇ……せっかく佐竹君にお姫様抱っこされてるのに……」
「だからそんなんじゃないですって」
小野寺さんの冗談をかわしながら疋田さんを抱えてロッジのリビングへ入る。
間取りは同じ。設備も同じはずなのに、俺達の方はなぜか臭かった気がしてしまうくらいには別の匂いがする。
ソファに寝かせて毛布をかけると、疋田さんの寝息はイビキにランクアップ。
「佐竹君、ありがと。おやすみなさい」
「あ……はい。おやすみなさい」
小野寺さんに見送られ、またウッドデッキの方へ向かう。
「おやすみっす〜」
いきなり疋田さんの声がしたので驚いて振り返る。
腕を上げていたが、またすぐにイビキをかき始めたので寝言なのだろう。さすがにさっきの会話中に起きていたなんて恐ろしいことは考えたくない。
そのままロッジに戻り、研究室の後輩に最北南ガチ恋勢といじられながら深夜のネット麻雀を始めるのだった。
◆
翌日、高速道路をぶっ飛ばして家に帰る。
家の近くのコンビニで降ろしてもらったところで尿意が襲ってきたのでトイレに駆け込む。
折しも女性専用は空いているのに、男女兼用の方は埋まっていた。
中からは「オロロロ」と聞きたくない音が聞こえる。まだ昼だというのに、こんな時間から吐いているなんて健康面が心配になる。
少しすると、カラカラと紙を巻き取る音、トイレを流す音がして中から人が出てきた。
「ふぅ……大量たいりょ……佐竹さん!? またですか!?」
出てきたのは二日酔いらしくゲッソリした疋田さん。
こんな人のガチ恋勢だなんて言われていたのが妙に癪に障ってしまうのだった。




