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 雫花達のトラブルを解決して自分のロッジに戻ると、はやりの単語から画像を生成するAIを使って『エッチな言葉を使わずにエッチな画像を生成する選手権』が開催されていた。


 予選にエントリーしたものの、シロクマとペンギンが交尾している絵を生成してしまい生粋のケモナー後輩にもドン引きされて予選敗退。


 決勝組が必死にエッチな画像を生成している間、予選敗退組はやることがないので予選中に見れていなかった配信のアーカイブを見ることになった。


 深夜になり、既に隣のロッジでのコラボ配信は終わっているので皆で楽しく打ち上げでもしているのだろう。


「ほんと最北南って9期生の足引っ張ってるよなぁ。一人だけ会話のテンポおかしいし、チャンネル登録も伸びてないし」


 一緒に動画を見ていたうちの一人がポロリと漏らす。


 今日は彼女も頑張っていた。『日常に潜むエロワードコンテスト』では「手抜き」でぶっちぎりの優勝をするセンスを見せつけていたし、そもそも引きこもりがちな疋田さんがこんな山奥まで来ている。それだけでえらいじゃないか。


「本当だよなぁ。配信のネタもなんか古臭いし、面白くないよなぁ」


 それはそう。若者オタク層に刺さらないことを多めにやっているのだから。


「だよな。ほんと要らないよな。今日だって何回会話の流れを止めてたんだよって感じ」


「クビとかなんないのかな? えくすぷろぉらぁ」


「ならないんじゃね? なんか本当入ることだけが目的で、入ったらもう知りませんみたいな態度嫌だよなぁ」


 普段はあまり最北南に関するSNS投稿の生データを見ず、単語の分析まで抽象化してから確認している。生データを見るのは雫花の役目だ。


 それは、こんな風に心無い声があちこちに溢れているから。多分、本人達も悪気があって言っているわけじゃない。最北南に届かないところで言っているだけまだマシだ。


 それでも、そこまで言わなくてもいいだろうとカチンとくる。最北南のガチ恋勢ではないけれど、単に友人が貶されているだけだとしても気分が悪い。


 疋田さんだって頑張っている。本当にクビになりかけたし、本人もそこから懸命に努力して本来の層へのアプローチも続けながら、オタク以外も取り込めるような新しいVTuber在り方を模索しているのだ。


 それをすべて無いものように扱う彼らの言動には賛同できない。


「南だって……彼女も頑張ってるんだよ!」


 お酒の勢いも相まって、結構な声量が出てしまった。


「え……さ、佐竹先輩?」


「あっ……いや……」


 想像の5倍はキレてしまった。


「すっ……すみません! まさか佐竹さんが最北南のガチ恋勢だったなんて!」


「ち……ちがっ……」


 後輩はまさか身近にそんな人がいたなんて、みたいな感じで謝ってくる。違う、そうじゃない。


 だけど弁解する気も起きず、俺は「ガチ恋万歳!」と叫びながらまたロッジから抜け出した。


 ◆


 気分転換にロッジの前の道路のど真ん中を歩く。そもそも客がいないので車なんてまず走らないだろう。


 ロッジを出てすぐに雫花から電話があった。また機材トラブルだろうか。


「もしもし、どうしたの?」


『桃子知らない!? ベロベロに酔っ払って『しゃたけしゃんに会いに行く』ってどっか行っちゃったの!』


 しゃたけしゃん? と聞く前に、折しも隣のロッジからは千鳥足の疋田さんが一人でフラフラと出てきているところだった。


「あー……見つけたかも。回収しておくね」


『さすが佐竹! 一家に一台欲しいよ』


「あはは……」


 電話を切って真っ黒なウニョウニョしている物体に近づく。


「疋田さん」


「しゃっ……しゃたけしゃん! んへへー!」


 疋田さんは気持ち悪い笑い方をしながら俺に抱きついて服に頬ずりしてくる。


 どうやらえくすぷろぉらぁの方々はとんでもないモンスターを解き放ってくれたようだ。


「ひっ……疋田さん、戻ろうか」


「嫌っしゅ!」


 疋田さんは髪が追いつけないくらいのスピードで首をブンブンと横に振る。


「な……何かあったの?」


「んふー……何もないっすよ。単にしゃたけしゃんに会うために出てきただけです」


「じゃあ目的は達成したかな?」


「……言われてみれば……そもそもなぜここに? まだロッジに到着していないですよね」


 自分がどこにいるのかも分かっていなかったらしい。


「う……気持ち悪い……」


「あんなに頭振るからだよ……」


 疋田さんは口を抑えて側溝へ駆け寄る。


 鈴虫が鳴いている爽やかな夜に響き渡る、そこそこ人気なVTuberの嘔吐音。そんな風景に侘び寂びを感じながら、近くにあった自販機で水を買い、ひとしきり胃の中身を出し切った疋田さんに差し出す。


 疋田さんは片腕を目一杯伸ばして俺から距離を取りながら水を受け取った。


「ありがとうございます……ですがこれ以上は近寄らないでください。私はとても臭いです」


 機械翻訳のようなセリフを発してうがいを始める。吐いたら気分が戻ったのか、デレデレ舌っ足らず疋田さんは引っ込んでしまった。また今度家で泥酔させてみよう。


「別に気にしないけど……」


「私が気にするんです。あぁ……これで将来のパートナー候補一位がいなくなりました……」


「なにそれ?」


「さっき皆で将来について話してたんすよ。そこで、私には佐竹さんしかいない、という結論に至りました」


「え……えっ!?」


 ゲロ吐いた直後に告白!?


「あ……勘違いしないでください。今のはあくまで『現時点で有望なパートナー候補』の話です。言葉足らずのせいでまるで私が佐竹さんにゾッコンでラブずっきゅんのズッコンバッコンだと思われたらすみません。そういう意図ではありませんでした」


「あ……そ、そうなんだ……」


 別に悲しくないけど! 悲しくないけどなんか悔しい。


「ですが、さすがに嘔吐する場面を見たらさすがの排尿音フェチの佐竹さんもドン引きですよね……」


「いつまでそのネタ引っ張るの……」


「死ぬまで擦ります」


 後80年くらいは擦られるらしい。100歳まで生きればの話だが。


「いやしかし……今後の展開を考えるといずれは夜の営みもありますね……全裸で股を開いた姿を見せるような場面も想定される。つまり、嘔吐する姿は大した問題ではなかったりしますか?」


 夜の営みにおける「恥ずかしい姿」と嘔吐している姿を天秤にかけている今が一番恥ずかしい気がするのだけど、それは俺の価値観。疋田さんはそうじゃないので笑って受け流す。


「ど……どうかな?」


「ちなみに佐竹さんはバナナを食べる時に下まで皮を剥くタイプですか? それとも食べる分だけ剥くタイプですか?」


「後者かな」


「おぉ! つまり……夜の営みも着衣派と」


「何その下手くそな心理テスト……」


「さっきやってたんすよ、あっちで。あ、佐竹さん。お時間ありますか? 少し飲み直しましょう」


 疋田さんはそう言いながらえくすぷろぉらぁ側のウッドデッキを指差す。


 まぁ少しくらいならいいだろう。自分達のロッジには戻りづらいし。


「いいよ。行こっか」


「はいっす!」


 疋田さんはスキップしながらウッドデッキに向かっていく。俺もそれに合わせてスキップ。


 酔っ払い二人の珍行動を見ている人なんて誰もいないはずだ。


 だが、ウッドデッキに近づくと、誰かが羽織物をしてワイングラスで優雅にキメている人を見つけた。もう少し近づくとそれは小野寺さんだったことがわかる。


「あらぁ……二人してスキップなんて仲良しねぇ……」


 俺はあまり見られたくない姿を見られてしまって苦笑い。成人してからの全力スキップは、夜の営みよりも嘔吐よりも見られたくなかった。


 疋田さんは温泉のときのように否定してくるかと思いきや、俺の腕にガシッと抱きついてくる。


 そして、小野寺さんをガルルと犬のように威嚇し始めた。


「衣杜さんに佐竹さんは渡しません! 紅葉は私と見に行きますから!」


 しょうもないマウント合戦が始まりそうな予感がしてしまうのだった。

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