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温泉からロッジに戻り、ウッドデッキで研究室のメンバーでバーベキューを開始。
隣のロッジでもベランダに数人の人が出てきているのでバーベキューの準備を進めていそうだ。雑なコラ画像のように真っ黒な塊が見えるけれど、多分それは疋田さんの後ろ姿だろう。
火熾しも一段落して、全員で乾杯。周りのロッジに客はほとんどおらず、下手すると隣のえくすぷろぉらぁの人達しかいないんじゃなかろうかという静けさの中で理系男子の飲み会がスタート。
「あのぉ……すみませぇん……」
酒も回って盛り上がってきたところで、俺達のウッドデッキに寄ってきて話しかけてきたのは小野寺さん。
全員が全員、小野寺さんとは目を合わせずに「ウッス……」とか「アッス……」とかコミュ障っぷりを発揮し始めた。色気MAXの美人な巨乳お姉さんと真正面から向かい合って話す訓練は誰もしていないので当然の結果ではある。
「火がうまく熾せなくて……良かったらどなたか手伝ってくださいませんか?」
相互に目を合わせて「お前が行ってこい」という雰囲気を醸し出し始めるコミュ障集団。
とにかく俺も目立たないように端っこにいると、小野寺さんの視線を感じる。
向こうのロッジには疋田さんがいる。それ以外にもスタッフの人もいるのだろうし、俺の身バレの危険もあるから近寄りたくない。
指名されないように首を横に振っていると、小野寺さんはニヤリと笑ってバーベキューコンロの真横にいる後輩をロックオンしてくれた。
「どなたでも大丈夫なんですけど……」
「あ……じゃ、じゃあ行きます」
「ありがとうございますぅ!」
指名されたのはえくすぷろぉらぁが大好きな後輩。向こうには氷山イッカクも最北南もいるらしいですよ、なんて今は言えないけれど五年後くらいにポロリと言えるだろうか、なんて考えながら勇者を見送る。
すると、ドラクエよろしく勇者の後に着いて旅の仲間がゾロゾロと「俺も」と言いながらついて行き始めた。
気づけば俺達のウッドデッキに残っているのは俺と教授陣だけになっていた。
「佐竹君は行かなくていいのかい?」
「あ……あはは……大丈夫です」
地雷原に自ら突っ込むような気は起きない。というかあんなにゾロゾロと行ったらさすがに一人くらい声で気づきそうなものだが大丈夫なのだろうか。
老婆心から彼らに付いていく。
ウッドデッキに上がれたのは数名で、残りの人達は下でモジモジしていた。
えくすぷろぉらぁ側の人は小野寺さんに疋田さん。それとオフィスで見かけた事のあるスタッフらしき人達。顔を見られないように背中を向けながら研究室の人達に声をかける。
「教授が早くしないと霜降りステーキ焼くぞってさ。全員いなくても良いから戻ってきたら?」
俺の言葉を幸いとして、ノリでついてきたは良いがチキってしまってウッドデッキに上がれなかった人がまたゾロゾロと自分達のベースに戻って行く。
俺もその集団に紛れて戻っている途中、男子連中から距離を置くためにバケットハットを目深にかぶりウッドデッキの柵にもたれかかっていた疋田さんと僅かに目が合う。
だがその直後、何故かプイッと顔を逸らされてしまった。
そのまましばらく疋田さんに視線を送り続けたが一切無視。
俺、最近疋田さんに嫌われてる?
◆
バーベキューもひと段落して全員がリビングで酒を飲みながら談笑タイムとなった。
テレビでは当然のようにえくすぷろぉらぁ9期生と氷山イッカクのお泊りオフコラボが流れている。
教授陣も「これは何なの?」と言いつつも学生から色々と聞いて学んでいる様子。
そんな最中、いきなり配信がストップした。
画面もフリーズしているが、コメントは流れているので配信元の環境の問題だろうか。
「あぁ……王様ゲームいいとこだったのに……」
後輩達が項垂れる。氷山イッカクが王様を引き当てた瞬間だったので、これからどうなるかワクワクしていただけに俺も残念。
それから少しして、雫花からメッセージが来た。
『ヘルプ! 配信止まった!』
『こっちでも見てたから知ってるよ。パソコンの不調?』
『わかんないけど……パソコンは大丈夫そう。こっち来られる?』
『スタッフの人とか結構いるよね……』
『大丈夫。私の部屋には桃子は入らせないから。そっちから来て一番手前の窓から入ってきて』
『了解』
窓から入るなんて人生で初めてのこと。緊急事態だし仕方ないので自分のパソコンを持ち外に出て隣のロッジへ向かう。
雫花に言われた通り、一番手前の窓をコンコンとノックする。
すぐにガラッと窓が開き、中から雫花が顔を出した。
「お! 来た来た! 早く上がってよ!」
パソコンを雫花に預け、サッシに手をかけて窓から部屋に入る。
部屋の中には、雫花、小野寺さんの他に数人の女性がいた。皆オフィスで見たことある顔なのでマネージャーかスタッフだろう。
窓からいきなり男が入ってきたので、若干距離を置かれながらも「有照です……」と言うと全員の警戒が解かれた感じがした。社長賞の宣伝効果は伊達じゃない。
「あの……今日俺がここにいることがバレるとマズイんです。どのくらいマズイかというと、安東さん……社長に3時間は詰められます。なのでお互いこのことは秘密でいきましょう」
配信を再開することが何より重要なので誰も俺の嘘に異論は唱えない。
「雫花、どこがおかしいのか教えてくれるかな?」
旅行中のお仕事。本来ならお給料をキッチリ請求したいけれど、雫花にはいつも助けられているのでこれでチャラにしよう。
◆
「はい、直りましたよ」
システム課の佐野さんに連絡して作業許可をもらって作業開始。ロッジに来て10分もすると原因になっていたサーバーの不調は解決した。
「え!? もう!?」
「まぁ……そんな大したことはしてないから。配信サイトに行く前に一度Edgeの社内ネットワークを経由するんだけど、社内ネットワークの途中にあるサーバーが落ちてたんだ」
「うーん……良くわかんないけどありがと、佐竹」
作業完了の報告を受けた小野寺さんが部屋から出ていく。配信用に疋田さん達が集まっている部屋に向かったのだろう。
少しして配信が再開。俺の携帯からも配信サイトで南達の声が聞こえるようになった。
「はぁ……助かったぁ……有照様様ですよ、ほんと……」
ほぼ話したことのない人からの称賛の視線が辛い。本当に大したことはしていないのに。
「じゃ……じゃあ俺は戻るから」
窓から出ていこうとすると、雫花が俺の服の裾を掴んで引き戻してくる。
「タレントの人は私以外上の階にいるから大丈夫だよ」
「あ……たしかに」
無理やり窓から出ていく必要は無いのだった。
スタッフ陣に見送られながら、雫花と二人で玄関の方へ向かう。
何故か雫花も靴を履いてついてきた。
散歩でもするのかと思っていたが、やけに俺のそばから離れようとしないので2軒のロッジの間に来たところで尋ねる。
「どうしたの?」
尋ねるやいなや、雫花は俺の首に手を回すと背伸びをして俺の頬に唇をつけてきた。
「え?」
何が起こったのか分からず固まる。
「佐竹、わざわざ休みの日にごめんね。お礼になるかわかんないけど、美少女高校生からのキス。どぞ!」
雫花はそれだけ言うと、敬礼をしてまた自分達のロッジに戻っていった。
タイミングを見計らっていたのかわからないが、とにかく頬の一部が湿っていて、山奥の夜風を更に冷たく感じさせるのだった。
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