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 マッサージ機にも飽きたのでマッサージ室を出て、集会所のような休憩スペースに疋田さん、小野寺さんの3人で入った。


 中央に置かれたテレビでは最北南の歌枠が流れている。老人人気は本当らしい。データは嘘をつかないというのは本当らしい。


 だが、すぐ横に御本人がいるし、身バレを避けようとするあまりにボロを出しかねない。俺がフォローしなければ。


「あ……あれなんだっけ? 最高南? 疋田さんの好きなVTuberだっけ?」


 小野寺さんにアイコンタクトをしながらわざとらしくゆっくりと話す。


 俺はただの学生という設定。小野寺さんからしても、自分が働いている会社のタレントの身バレに繋がるような事はしないはず。


 小野寺さんは俺と目が合うと軽く頷く。


「へ……へぇ……VTuberっていうのねぇ……絵が動くの?」


 小野寺さん、こういう誤魔化しに慣れていないのか、かなり手前の初心者になりきろうとしている。これはこれでボロが出そうだ。


「さっ……さい……さっ……さっ……」


 疋田さんは身バレを避けなければならないこと、なぜこんなところで自分の歌枠が流れているのか理解できないことで頭がいっぱいになっていて、名前の訂正すらできないようだ。


 目を見開いて口をパクパクとさせている。


「さっ……最北南かな? 書いてあるわねぇ!?」


 小野寺さん、演技が下手すぎる。否応無しとはいえ、この人を引き込んだのは間違っていたかもしれない。


「こっ……この子は本当に……うぅ……頑張ってて……良かったぁ……」


 疋田さんは俺達がガバガバな演技をしていることなんてつゆ知らず、自分の歌枠に聞き惚れている老人を見て感激したのか涙を流し始める。


 小野寺さんにアイコンタクトをして、泣いている疋田さんを連れて休憩室から脱出。


「うっ……うぅ……最高っす。最高の景色でした……」


 爺さんと婆さんがビールを片手に頬杖をついて歌を聞いている光景が本当に最高なのかと聞きたくなるが我慢。


 疋田さんにとっては自分の頑張りが目の前で可視化された良い絵面だったのは確かだと分かる。


「お待たせ……桃子、なんで泣いてるの?」


 雫花が廊下の向こうから駆け寄ってくるなり小声で話しかけてきた。


「あれだよ」


 休憩室のテレビを指差すと雫花も少しだけ「おぉ……本物だ……」と横に本物がいるにもかかわらず感嘆の声を漏らす。


「ん? そういえば佐竹さんって雫花センパイとも知り合いなんですね」


 疋田さんは急に思い出したように真顔になる。この人の情緒はどうなっているのだろう。


「あ……あぁ! そうなの! 家庭教師でね。ね! 佐竹先生?」


 雫花は作り笑いを浮かべながら俺の腕に抱きついてきた。


 疋田さんは自分が身バレしていないと思っているし、有照の正体も知らない。だから、小野寺さんも雫花もそれに合わせて俺と偽の関係がある事にしてくれている。


 この不自然な状況でどれだけ誤魔化せるのか。疋田さんの常識が試される。


「そ、そうなんだ! 雫花には大学受験に向けて毎週勉強を教えててね」


 疋田さんは疑いもせず「ほぉ〜」と感心した顔で頷く。


「なるほど……素晴らしいです!」


 だが、一拍おいて首を傾げた。


「はて……雫花センパイと衣杜さんは私のバイト仲間。そして佐竹さんにとっては教え子と、合コンで持ち帰り損ねた仇敵……中々に複雑な縁ですね」


 どきっ。さすがにこれは疋田さんでも不自然に思うか。小野寺さん、雫花と目を合わせてハラハラしてしまう。


「うーん……いやぁ、世間は狭いっすねぇ。こんな偶然も良きかなと思いますよ」


 騙せた! 小野寺さんとの関係に認識の齟齬はあるが及第点だろう。俺達が何かを言ったわけでもなく自分でそう理解したのだから、こっちからヘマをしない限りは疑われることはないはず。


「ほっ……本当ね。あ……私もう一度お風呂に入ろうかしら。雫花もどう?」


「えっ……あぁ……うん。そうしようかな」


 小野寺さんはここから逃げようとしている。雫花もこの状況にリスクを見出したようでそれに乗っかる。


「え? え? 二人とも今上がったばかりっすよ?」


 当然、疋田さんはそれに疑問を覚える。


「他の人がまだ上がってこないし、暇じゃない? 桃子も行きましょうよ」


「えー……まぁ……いいっすけど……」


 疋田さんも渋々了承。


「あ、佐竹さんもどうっすか? 一緒に」


「入れるわけ無いでしょ!」


「そうでした! それでは!」


 疋田さんは、らしいジョークをかますとニィと笑って手を振り、3人でまた女湯の方へ消えていく。


 なんとかバレずにいけたようだ。助かった。

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