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 隣のロッジにえくすぷろぉらぁの関係者がいても関係ない。「肉じゃが作りすぎちゃって〜」みたいなノリでお裾分けをし合うわけでもないのだから、話す機会はほぼないはず。


 大雨か台風が来て救助を待つことにならない限り、隣のロッジにいる人と合流なんてする機会はないだろう。そして、お天気アプリでその心配がないことも確認済み。


 隣のランクルは同じ位置にいたので疋田さん達はロッジに引きこもっているのだろう。


 これで会うことはない。


 研究室の皆で近くの温泉施設にやってきた。客はほぼ地元の老人ばかり。


 皆で一斉に湯船に浸かったものの、長風呂は好きではないので5分で上がって3台のマッサージチェアが置かれているマッサージルームにやってきた。


 密室になっていて廊下側からは誰か一人が使っていることだけがわかる。


 3台のうち真ん中を選ぶなんて図太い人だ。俺みたいな良識ある人はきちんと右端か左端を選ぶ。


 部屋に入ると、その人は後ろも向かずに話しかけてきた。


「あぁ……衣杜さんやっときましたか? 長風呂は好かんですよねぇ」


 前に回り込むと、真っ黒なマッサージチェアに擬態するように座っている全身黒色の女子がいた。あぁ……疋田さん……なんでここに……。


「ひっ……疋田さん……どうも」


 疋田さんの隣のマッサージ機に腰掛ける。


 別に疋田さんと話したいわけじゃなくて、暇なだけ。サウナーの先輩を待たないといけないので多分しばらくかかるのに、田舎の温泉なので漫画は充実していないしWi-Fiもない。マッサージチェアに座るしかやることがないからここにいるだけだ。


 有照の話もえくすぷろぉらぁの話も一切しない。いつもの佐竹と疋田さんとして話せばなんの問題もないはずだ。


「わぁぁあ! さたこさん!?」


 マッサージ機から身を乗り出して横を見てくる。


「そんな中途半端に呪われそうな名前じゃないから!」


「すだこさん?」


「そんなに見た目赤いかな?」


「さちこさん?」


「もういいよ……」


「あはは……それにしても奇遇ですねぇ。研究室旅行の行き先と私のオフコ……オフコース旅行の行き先が一緒とは」


 オフコラボね。やっぱり疋田さんのお漏らしを聞くと安心できる。


「いやぁ……こればっかりは本当に奇遇だよ。まさかだよねぇ」


 どちらからも場所の匂わせは無かったのだから全くの偶然だ。まさか旅行先でも顔を合わせるなんて思わなかった。


「それにしてもここ……超絶暇じゃないですか? 漫画は無いしWi-Fiも飛んでない。あるのは新聞と競馬中継だけですよ。吉幾三ってこういうところに住んでたんですかね?」


「それは知らないけど……ここが暇なのは激しく同意だね」


「お風呂はもう良いんですか? どうやらここは美肌の湯と言われているらしいですよ」


「十分に美肌だから不要かな。それに長風呂は好きじゃないんだ」


「激しく同意です。あ、佐竹さん、百円玉ありますか? 私もう無くなってしまって」


「いつからここにいるの?」


「ほんの5分前ですよ」


「全然用意してないことはわかったよ……」


 後から合流するはずの小野寺さんにたかるつもりだったのだろう。


 マッサージ部屋の前で両替したばかりの百円玉を財布から取り出して手を伸ばす。


「どうぞ」


「あざーっす」


「ありがとうございます、だよ」


「今日はやけに上下関係に厳しいですね……研究室の後輩がいるからってイキってますか? いきなり衣杜さんを口説き始めるし……」


 どこにイキって田舎のコンビニでナンパしだす人がいるのだろうか。


「そんな厄介者ムーブしないから……単に前に会ったことがあるんだ。それだけ」


「ふぅん……でも、合コンなんて行くんですねぇ。意外です」


 小野寺さんはきちんと口裏を合わせた通りにやってくれているらしい。


「そっ……そりゃ行くよ。彼女が居るわけでもないんだから」


「ふぅん……まぁ他のメンバーに誰がいたかは知りませんが、衣杜さんを選ぶそのセンスは認めましょう」


「疋田さんはあの人の何なの……」


「マブですよ、マブ」


「ほぉ……」


「そうよぉ。マブなの」


 上からあまりこのタイミングでは好ましくない声がしたのでびっくりして見上げる。


 茶色い髪の毛をまとめ上げて浴衣を着た小野寺さんがヘッドレストに肘をついて俺の頭を見ていた。


 というか小野寺さん、やけに胸元がゆるい。風呂上がりで暑いからなのだろうけど、何でも挟めそうな谷間は家族連れの空気が凍りつきそうなビジュアルだ。


 小野寺さんは空いていた最後の一台に腰掛ける。


「あぁ……運転の疲れが取れるわぁ……」


「お疲れさまでした。悪いっすねぇ、免許は持ってるんですが、さすがにあの車を操る勇気はなくて……」


「慣れればどうにかなるわよ。佐竹君は車持ってるの?」


 二人の世界が始まるかと思いきや、小野寺さんは俺にまで話を振ってくる。


 マッサージ機の残り時間は8分。このまま逃げるには勿体ない残り時間だ。


「いえ、持ってないですよ」


「そうなのね。ま、学生だったら無くてもいいのか。電車もあるし」


「そうですね」


「今度私の車乗ってみる? どこでも連れてくわよ。千葉の方に紅葉が綺麗なお寺があるの」


「え……えぇ――いだだだ!」


 うまい断り文句を探していると、疋田さんの腕が伸びてきて俺のマッサージ機のモードを『最強』に設定してきた。


 全てのローラーが体のあちこちをグリグリと押し込んできてマッサージというより苦痛だ。


 慌てて強さを元に戻す。


「ひっ、疋田さん! いきなり何するの!」


「さーせん。手が滑りました」


 疋田さんはものすごく生意気な声でバレバレの嘘をつく。なんだか昨晩から少し疋田さんは機嫌が悪そう。とはいえ俺が疋田さんの機嫌を取る必要もないはず。


「フフッ、二人って本当に仲が良いのねぇ」


「「どこがですか!?」」


 同時に小野寺さんに反論。妙に息があってしまったので疋田さんに弁論の機会を譲ることにした。


「この人はマザコンなんですよ、マザコン。一人じゃ寝られないので、毎日私を母親代わりにしておっぱいちゅぱちゅぱしながら寝てるんです。そんな人とどうして仲良くできますか」


 マッサージ機の件といい、物言いにカチンとくる。


「一人で寝られないのはそっちも同じだよねぇ!? 疋田さんだって深夜に真っ黒な服で出歩くからお化けと間違われてるんだよ。さすがにお化けと仲良くは出来ないかなぁ」


「おやおや、さたこさん。まずはおっぱいちゅぱちゅぱについて否定すべきです。このままでは衣杜さんの頭の中では佐竹さんがおっぱいちゅぱちゅぱ星人になってしまっていますよ? 衣杜さん、おっぱいちゅぱちゅぱ星人と紅葉なんて見に行くんですか? 哺乳瓶を事前に購入しておくことをおすすめします」


「命題は『俺達が仲が良い』で俺達は仲が良くないことを証明したいんだよねぇ!? 一緒に寝てることを暴露するのはむしろ肯定要素になるから反例を上げるべきで、先に機会を譲ったのに自滅するようなことしか言ってないんだよ。おっぱいちゅぱちゅぱはどうでもいいんだって!」


「あーやだやだ。よくそんな理屈っぽい話を並べ立ててきますね。これだから理系男子は!」


「理系男子、みたいなクソデカ主語は良くないよ。このご時世だからね! ご参考までFYI!」


「クソデカ主語大変失礼しました! 佐竹さんに反例を挙げるチャンスを差し上げます! スーと共に差し上げます! 好きなだけ仲が良くないエピソードを語ってください!」


「任せなさい! エピソードは……えぇと……」


 無い。


 勢いに任せて反例をあげようとしたのに出てこない。このままだと証明されてしまう。疋田さんと仲が良いと。


 いやしかし反例がないことなんてどうやって証明すれば良いのだろう。


「ひっ……疋田さん、反論をどうぞ」


「ど、どうぞと言われましても……」


 疋田さんは逃げるようにマッサージチェアに体を押し当てている。


「じゃあもういいかな? 早口で途中聞き取れなかったけど、仲良しでFA?」


「Q.E.D.ですね。佐竹さん、良いですか?」


「あぁ……うん。認めましょう」


 認めるしかない。疋田さんとは仲が良いと。


 ただあくまで仲が良いだけ。恋愛関係ではないし、そんなことになるわけもない。


 そんなわけで3人でゆったりとマッサージ機に身を委ねるのだった。

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