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 旅行当日、疋田さんを叩き起こすとそそくさと家を出て研究室仲間の車に乗車。


「今日ってえくすぷろぉらぁのお泊りコラボだっけ?」


「そうですぞ。イッカク様とヤスミちゃんの絡みが楽しみですなぁ」


 後部座席に座っている後輩達の会話が嫌でも耳に入ってくる。


「カクヤスてぇてぇだよねぇ」


 氷山イッカクと八角ヤスミだろうか。酒屋みたいなカップリングが出来ているようだ。


 後部座席に座っている研究室の後輩達はえくすぷろぉらぁの大ファンらしく、さっきから車内のBGMはずっと氷山イッカクのオリジナルソングが流れている。それもずっと別の曲。何曲持ち歌があるんだ、この人。


 後輩達の言っていた通りにSNSでも告知が出ていて、最北南を含む9期生と氷山イッカクのオフコラボとして、お泊り会をするらしい。


 疋田さんの外泊はこの件だろう。雫花もやりたいことリストが消化できて何より。


 助手席に座っていると時間はあっという間に経ち、集合場所に到着前の最後の休憩のためコンビニに立ち寄った。山奥の田舎なので駐車場はかなり広い。


 止まっている車は俺達のものと品川ナンバーのランクルの2台のみ。予算の都合でマイナーな観光地の格安ロッジを予約したらしいし、納得の人の少なさだ。


「ちょ……トイレ行ってくるよ」


 高速道路を一気に駆け抜けたので貯水量は満タン。


 停車した瞬間に車から飛び出してトイレに向かう。


 折しも男女兼用のトイレは使用中。限界を超えそうなので、背筋が凍る思いをしながら引き返そうとした瞬間、目当てのトイレが開いた。


「ふぅ……大漁たいりょ……なっ……ななななんで佐竹さんがいるんすか!? まさか私の排尿音のためにここまで!?」


 トイレから出てきたのは疋田さん。相変わらずアタフタしている。


 というかここで会うはずがない。東京から車で3時間の場所。このコンビニの近くにあるのは俺たちが向かっているロッジと温泉くらい。秘境も秘境だ。


「そんなわけ無い――ごっ……ごめん! どいて!」


 だが、そんな考察は後回し。とにかくトイレに駆け込まなければ。


 ◆


 トイレを済ませてからも暫く中で待機。疋田さん達がいなくなるのを待つためだ。


 研究室のメンバーを待たせるのも悪いので丁度よい塩梅を見計らってトイレから出る。


 すると、丁度買い物袋を提げた疋田さん達が店から出るところだった。大量に買い物をしていたので時間がかかっていたようだ。


 トイレの位置も相まって丁度鉢合わせてしまう。疋田さんと、雫花と、もうひとりは見たことはあるが知らない人だ。


「さ……佐竹ぇ!?」


 真っ先に雫花が驚いた声を上げる。


 雫花は俺を佐竹と呼ぶのでむしろ助かったまである。疋田さんの前で有照なんて呼ばれたら終わりだった。


 問題はもうひとりの女性。秋っぽい栗色のニットが体にピッタリとフィットしていてふんわり巻かれた茶髪と相まってお姉さんオーラが凄まじい人だ。


 この人は話したことはないものの、Edgeオフィスで見たことがある。つまり、関係者であることは間違いない。


 疋田さんは「あ……あ……」と完全に面食らって使い物にならない。


 雫花は自分のケツは自分で拭けるはず。疋田さんへの誤魔化しは任せることにして、俺はこのお姉さんをどうにかしなければ。


「あ……あの……お久し振りです。ちょっとこっちでお話できますか?」


 大人のお姉さんの方を向いてそう言うと、戸惑った感じを見せながらも「は……はい」と言って他の二人を車へ先に行かせてくれた。


 お姉さんを連れてイートインコーナーへ入る。


「あの……Edgeのオフィスでお会いしたこと……ありますよね?」


「えぇ、ありますよ。有照さん。小野寺衣杜(おのでら

 いと)です。きちんとお話したことはないので……一応初めましてですよね? お久し振りです、じゃなくて」


 小野寺さんはニッコリと笑って頷く。名前は聞いたことがないが、向こうは一方的に知ってくれているようだ。眠気を誘うくらいに穏やかな話し方なのでどこかで話したことがあったら俺も覚えているはず。


「あぁ……あれは連れ出すための方便でして……その……訳あって会社では名前を隠しているんですけど本当は佐竹といいます。で、そのことは雫花は知ってるんですけど、他の人は誰も知らないんです」


「つまり……私が二人目ってことですか?」


「そ、そうなりますね」


 今そこを気にする!? この人も中々に癖が強そうだ。


「とにかく……疋田さんは大学の後輩で知り合いなんですけど有照だってことはバレたくないんです。だから、疋田さんや他の人には秘密にしてほしいんです。俺はただの学生で、Edgeには関係がないと」


「うーん……分かりました。分かりましたけど……どうやって誤魔化します?」


「どうしましょうね……」


 小野寺さんは「あ!」と何か閃いたように手を合わせる。頭の上に電球が出てきそうだ。


「合コンで会ったことにしましょうか。多分年も近いですし。それで今日ばったり再会。どうですか?」


「ま……まぁ……あんまり凝った設定にしても面倒ですからね……」


 俺は明らかに合コンなんて行くキャラではないのでちょっと戸惑うけれど、この危機を乗り切れるなら少しの危ない橋は渡るしかない。


「お持ち帰りはどうします? 私がしたのか、佐竹さんからなのか」


「お……お持ち帰り?」


「その……ワンナイト的な……」


「無しで大丈夫ですから!」


 そこ気にする!? なんというか色々と着眼点がズレていて気になる人だ。


「ではエッチな事は一切しておらず、名前だけ知っている関係、ということで」


「は……はい。そうしましょう」


 この人も引き込むのは少々不安になるがどこの部署の人なのだろう。


「ちなみに部署ってどこなんですか? 企画?」


「フフッ、当ててみてください」


「あ……わからないです」


「フフッ、じゃあ宿題です。それじゃまた今度」


 お高めな服屋が入っているビルの2階付近でしそうな香水の残り香を置いて小野寺さんはイートインから出ていく。


 コンビニの出入り口に差し掛かったところで振り返ってきた。


「佐竹さん、そういえばおいくつなんですか?」


 今そこ気にする!?


「に……23です」


 プラス方向かマイナス方向かはわからないが、予想と少しズレていたらしく小野寺さんはたじろぐ。「わ……私もです」とバレバレな嘘をついて外に出るとそのまま品川ナンバーランクルの運転席に乗り込んでいった。


 あれ、小野寺さんの車だったのか。雰囲気に反して車はゴツいものが好きらしい。


 なんか聞き覚えのある声だったけれど誰かに似ているだけだろう。


「佐竹さーん! 早くしてくださいよぉ!」


 研究室の後輩が俺を呼びに来た。皆先に買い物を済ませて待っていたらしい。


「あ……うん! ごめん!」


 まぁ宿泊先が一緒になることはないだろう。それでなくても貸し切りロッジなのだから、顔を合わせる機会はそう多くないはず。


 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、目的地に向かうのだった。


 ◆


 クネクネした山道を少し登ると目的地のロッジに到着。俺達が使う予定の建物の前には既に研究室の人達らしき3台の車が止まっていてバーベキューの準備が進められていた。


 そして俺達のロッジから十メートルくらい離れたお隣のロッジを見る。


 その駐車場には品川ナンバーのランクル。確実に『彼女ら』がいることが分かってしまった。

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