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最北南のビラ配りの結果が出るまでしばしの休息。やることは他にもあるので暇ではないが。
特に明日明後日は忙しい。大学の研究室の合宿があるからだ。実質はただの旅行だけど。前日の深夜、Edgeのオフィスから帰宅して慌てて荷造りを始めたところだ。
「佐竹さーん……あれ? 夜逃げでもするんすか?」
ダイエットのために低カロリーの発泡酒を束で抱えた疋田さんがやってきた。
「夜逃げするなら疋田さんには事前に伝えておくよ」
「えぇ、そうしてください。『てめぇ、あいつの女か!? 借金のカタに風呂屋でもやるか!』なんて言われたらたまりませんからね」
「やけにリアルなセリフだね……」
「最近ハマってるんすよ、虎が如く」
「あぁ……」
そういえば最近、最北南の配信でヤクザモノのゲームをプレイしていた気がする。もはやこの程度はお漏らしに入らない。少々の匂わせが臭わないくらいには鼻詰まり気味だ。
「アイスブレイクはこのくらいにして……実は私、明日はここに来られないんです」
「え? そうなの?」
「はい……すみませんが一人で寂しくおやすみになってください。寂しい思いをさせてしまい……すみません……」
疋田さんは心の底から申し訳無さそうな顔をする。まるで俺が懇願して毎晩うちに来てもらっているかのような態度だ。
「別にいいんだけど……ま、ちょうど俺も明日は合宿だからいないんだよね」
「がっ……合宿!? 陽キャのサークルにでも入ってるんですか!?」
「研究室だよ……単に研究室のメンバーで旅行して酒飲んで寝るだけ」
「なるほど……そんなものが……」
「ま、そんなわけでひとりで寂しい夜を過ごすわけじゃないんだ」
「では今日はもう帰ります。明日は楽しんでください」
「え? 準備もう終わるけど……」
発泡酒を名残惜しい気持ちで見ていると、疋田さんはそれを体の後ろに隠した。
「私がいないことで少しは普段のありがたみを感じていただけると嬉しいっす」
謎の上から目線はいつものこと。ありがたみはお互い様だろう。
「そんなの感じるわけ無いじゃん……」
お互い様だなんて言えないのでちょっとだけ強気に出る。
「あぁ! 言いましたね!? 会いたくて会いたくて震えても知りませんからね! おやすみなさい!」
疋田さん、ほのかに顔が赤いので下で一杯引っ掛けてきたのだろう。そのまま「プンスカプンスカ」と自分で効果音をつけながら部屋に戻っていった。あの感じだと多分そんなに怒ってないのは分かった。
◆
数時間後、布団に入ったのだが全く寝付けない。早く寝ないと明日の移動の車中、みんなが楽しく騒いでいる中、一人で眠ることになってしまう。
一度ベッドから降りて水を飲みにキッチンへ向かう。
丁度その時、玄関ドアがガチャリと開いた。
音を立てないようにゆっくりと疋田さんが入ってくる。
「うわぁああ! 何してんすか!」
疋田さんは玄関から繋がるキッチンにいた俺を見るなり驚いて腰を抜かす。
「人の部屋にこっそり忍び込んでる人に言われたくないよ……」
腕を差し出すと、両手で掴んでやっとこさ立ち上がる。
「佐竹さん、正直に言ってみてください。寝られなかったんでしょう?」
「疋田さんも一緒じゃないの?」
「私はただ忘れ物を取りに……いえ、明日のモーニングコールの依頼をしにきただけです」
「忘れ物、何もなかったんだね。いいことじゃん」
「モーニングコールを依頼しに来ました」
疋田さんは自分のガバガバな理由付けを無かったことにしたいらしい。
「何時?」
「朝の十時です」
「あぁ……同じ時間だね。俺もそのくらいだよ」
疋田さんは狙い通りといった感じで笑う。
「では一緒に寝ましょう。一台のアラームで起きる方が効率が良いじゃないですか」
「自分で起きる自信がないんでしょ……明日って何があるの?」
「秘密の旅行です。バイト先の人と」
「へぇ……」
そんなイベントがあったのか。全く知らなかった。
とにかく明日は遅刻できない二人なので、早めに布団に入る。
俺は毛布、疋田さんは掛け布団を使う。さすがにそこまではシェアしない。
「うーん……なんか落ち着きませんねぇ……」
疋田さんは隣でコロコロと左右に寝返りを打っている。
「佐竹さん、これって私達やばくないですか?」
「何が?」
「このまま二人じゃないと寝付けない体になったらどうします? 結婚するしかなくないですか?」
「そんなことならないから想定する必要もないよ……旅行の前日でワクワクして寝られないだけなんじゃないの?」
「ぷっ……佐竹さん、もういい歳ですよ」
「20も23も大して変わらないよねぇ!?」
「ワクワクして寝られない……そうかもしれませんね。確かにいつもより寝付きが悪いです」
疋田さんは俺のツッコミを流して今日の寝付きの悪さの考察を始める。
そう。一人で寝られなかった理由はたくさんある。
旅行前日でワクワクしていること、いつもより寝る時間が早いこと、いつもより摂取したアルコールの量が少ないこと。
決して、ネヴァー、疋田さんがいないと寝られないなんてそんな話があるわけない。
隣で一足先にくぅくぅと寝息を立てている疋田さんの寝顔を見てもありがたみなんてこれっぽっちも感じないし、なんなら安心感すら覚える。
そういえば疋田さんはどこを旅行するんだろう。同じところじゃないといいけど、なんて有りもしないシチュエーションを妄想しながら眠りについたのだった。
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