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「佐竹ぇ、あーん」
オフィスの隅にあるボックス席でいつものように雫花と二人でミーティング。
真面目な話をしていたはずなのに、雫花は机においたトッポを摘んで先端を俺に向けてくる。
「食べないよ」
「なんで!?」
「なんでもかんでも……ガチ恋させたいのは分かるけど下手すぎるでしょ……あからさますぎるし……」
「なるほどね。やっぱ佐竹は南みたいなちょっと捻くれた感じがいいわけね」
「そっ……そんなことは言ってないけど……」
「じゃ、どーぞ」
そう言って雫花はまたトッポを前に差し出してきた。
急に始まるプライドバトル。食べなければ雫花の言うことを認めることになるし、かといって食べたら食べたで雫花の思うツボ。
どうしよう。
仕方ないので向けられている先端と雫花の手を掴み、真ん中でポキっと折る。ちょうど半分こしたトッポを二人が持っている形になった。
「はい、これでいいかな。ありがと」
「むぅ……佐竹って意外と手強いんだね……」
「そんなすぐ落ちないから……」
雫花は頬を膨らませる。高校卒業まで後半年くらい。それまでにガチ恋させると息巻いてはいるが、ガツガツされるほど遠のくのはなぜだろう。贔屓目なしで見ても美少女の女子高生が言い寄ってきているのに。いや、女子高生だからダメなんだわ。
「ま、いいや。それじゃ南の件ね」
俺が自問自答をしているうちに雫花は仕事モードに切り替わったようだ。
「あぁ……それなんだけど、ちょっと見てほしいものがあって」
俺は一枚のPDFファイルを開いて投影する。それはケアハウス向けに配布するための最北南のビラ。高齢者の視聴者を獲得するにはネット広告はだめ、足で稼ぐしかない。原始的だが、これくらいならすぐに出来そうだと思った。
何か手を動かしていないと脳内に疋田さんがやってくるので、無心で仕事をしていたらやることが尽きてしまい、気づけばチラシ作りをしていたのだ。
「あ……も、もう作ったの? 行き先も決めてないのに?」
「足で稼ぐ作戦が有効かどうかまずは近くの地域で試してみて、それでうまく行ったら本命の自治体周辺で配ってみるといいかなって」
「ま、そうだよね。なんかすごいやる気じゃない? どうしたの?」
「あ……あはは……暇でさ」
「じゃあこれ成海さんに持ってく?」
「やっぱそこなんだよねぇ……」
俺一人で配りきれるような枚数ではないし、現地での説明も必要。営業の人の力を借りないとさすがに効果検証をする規模では配れないだろう。
たかだかインターンの学生が営業の人を動かせるわけもないし、安東さんの権力に期待するしかない。
「安東さん、いるよ」
雫花が社長室を指差す。眉間にシワを寄せて画面と向き合っているので差し込むのは勇気がいる。とはいっても行かないと動かないし仕方ないか。
立ち上がって社長室へ向かう。雫花は来ないので一人で説明してこいということだろう。俺が作ったので自分でやりきるしかないのだけど。
ノックをすると、安東さんはにこやかに手招きしてくれた。
「お疲れさまです」
「有照君、おつかれ。どうしたの?」
「最北南のことなんですけど……チラシを作ったんです。老人ホームとかケアハウス向けの紹介用で……配るための人手、用意してくれませんか?」
安東さんは「うーん……」と少し頭を傾げる。
「どこでどのくらい配りたいの?」
「今回の目的は後々の本命自治体周辺での活動に向けた効果検証です。東京の西側のエリアのどこか決め打ちでビラ配りをしてみてどのくらいチャンネル登録に効果があるのか検証したいです。枚数は……」
枚数や規模までは考えてなかった。無理くり数字を捻り出そうとしたのだが、安東さんはそれを手で制す。
「オーケー。やってみましょうか」
「え……い、いいんですか!?」
「営業で手の空いてる人がいるの。岡山出張の予定がズレちゃってね。ほら、南の出身なんでしょ? ちょっと感触を確かめに、ね」
「なるほど……」
安東さんもやることをやってくれていたらしい。
「お、俺も手伝いますから! ほんと、印刷とか、なんでも」
「気持ちは嬉しいけれど……有照君はエンジニア枠。本来の力を発揮できる場所で発揮してほしいわ。もしかして暇なの?」
「い……いやぁ……暇というか、集中力が高まったというか……」
これ以上仕事が増えるのは勘弁。大学の研究室のタスクもあるのだし。
「まぁいいわ。それにしてもすごいわね……何? 次も社長賞狙ってたりするの?」
「そっ……そんなことないですよ……」
「一応今の動きを共有しておくとね、本命は岡山かな。感触のいい市もあるの。だからこっちでやる効果検証を持って、市民への浸透施策も考えていくって感じ。向こうで走りながら施策も考えよう思ってたんだけど、これはこれで大事な検証だからしっかりやりましょう」
「は……はい!」
「営業のリーダーの人、説明のために呼ぶから一時間後にまた話しましょうか。真面目な話はそれから。でも……南は幸せ者ね。こんな有能で実行力のあるファンがいるなんて。普通そこまでしないわよ?」
「あはは……」
安東さんは娘の幸せを喜ぶように穏やかに笑う。
単に自分の気を紛らわせるためにやっていたとは言いづらい。適当に誤魔化しながら社長室を後にする。
オフィスを突っ切って雫花のいる場所に戻ると、「どうだった!?」と恐る恐る聞いてきた。
「オッケーだったよ」
「嘘!? 早すぎない!?」
「そ……そうなの?」
「どのくらいの規模で、何人ぐらいに、とか言われなかった?」
「あぁ……言われかけたけど、なんかそれも途中で有耶無耶になったような……」
「なんか……信頼されてるんだね。成海さんに提案するときってゴリゴリに詰めてくるんだよ……普通は……」
「あ……そうなんだ……」
何の準備もせずに行ったことが見透かされていたのだろうか。
ん? 雫花はそれが分かっていて何も言わずに俺だけを送り出した?
「ていうかそれ分かってるなら事前に教えてくれて良くない!?」
「一回成海さんにボコボコにされてメンタル弱ったところに私が颯爽と登場する流れを考えてたんだけどなぁ……佐竹ぇ……君はほんと難しいよ」
雫花は中々に強かな作戦を考えていたようだ。
確かに弱っているところで優しくされるとぐっと来てしまうかもしれない。
疋田さんもそうだったりするのだろうか。だとしたら間違ってますよ。それは佐竹につけ込まれてますよ。
◆
安東さんを挟んで説明することで営業の人もやることを理解。そそくさと準備のために営業チームで会議を始め、俺のやることがなくなってしまった。
開発もタスクが捌けきってしまったのだが、開発チームの佐野さんも忙しそうなので話しかける暇がなく、席についてぼーっとするしかやることがない。
『佐竹さん、そこまでしてくれるんすね。ありがとうございます』
暇になった途端脳内疋田さんが出てくる。後ろ手を組み、ニッコリと笑う姿は明らかに良い風合いに脚色された疋田さん。本物はもっと眠そうでダルそうにしている。
「別に……暇つぶしだから」
『私が暇つぶしになるんすか!? 良いことです。是非私に感謝してください』
「俺が感謝する側なの!?」
「あの……さ、佐竹? 大丈夫?」
隣の席に座っている雫花が俺のことを化け物を見るような顔で見てくる。また脳内疋田さんとの会話に夢中になっていて声が出ていたようだ。
「し……雫花。何でもいいから仕事くれる?」
「あ……うん」
新たなデータ取得のため、無心でプログラムを書きはじめると脳内疋田さんは『そんじゃまた』と言ってどこかへ行ってしまったのだった。
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