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 翌日、昼に起きてゆっくりと朝食兼昼食のカップラーメンを温めていると、いきなり玄関チャイムが鳴らされた。


 エントランスにインターホンがついているので、いきなり玄関チャイムが鳴らされることはないはず。


 間違いだろうと思いながらもドアを開ける。


 そこに立っていたのは疋田さん。


「佐竹さん! 助けてくださ――」


 ガチャリ、とドアを閉める。疋田さんということはどうせ面倒なことを持ってきたに違いない、と判断できるくらいには経験値が溜まってきた。


 昨日は酔っていたし落ち込んでいたので寛容に対応したし、話も聞いてもらったけど、よくよく考えたら深夜徘徊が好きで、ブランコで鍵を落として、勘違いでマンション内で騒ぎ立てるようなやばい女なのだ。


 いくら見た目が好みとはいえ気軽に絡んでいい人ではないのは明らか。


 また玄関チャイムを連打してくるので仕方なくドアチェーンをつけてからドアを開ける。


「何?」


「酷いっすよ。お上下さんの関係なんですから、もっと寛容に迎えて欲しいっすよ」


「昨日はありがとう。これからはお互いに他人として生きていこう。少なくとも騒音は問題ないように生活しているはずだよ」


「深夜、うるさいっすよ。ギシギシ聞こえるんで、カップルがヤッてんだろうなって思ってたんですけど、佐竹さんだし、一人でヤッてる音だったんでしょうね」


 ばたん、とドアを閉めると、また玄関チャイムの連打。


 埒が明かないので、ドアチェーンを外してドアを開ける。


「あべしっ!」


 ドアの至近距離にいたのか、疋田さんの顔にドアがあたったらしい。


「あ……ごめん」


「鼻、折れたかもしれないので救護が必要です。お邪魔しますね」


 疋田さんは俺の油断した隙を狙い、体をねじ込んで来る。そのまま俺を押しのけ、玄関で仁王立ちになる。


「な……なに?」


「インターネットが繋がらないんです。助けてください。大学院生だしそのくらい分かりますよね?」


「すごい上から目線だね……」


「すみません。部屋は下にあるのに……」


「いや……部屋の位置はいいんだけど……業者に頼めばいいんじゃないの? サポートの窓口とかあるでしょ」


「それだと間に合わないんですよ。夕方までにネットが繋がらないと……」


「繋がらないと?」


「あのー……ライブのチケットの争奪戦に負けるかもしれないっす」


「あぁ……それは一大事だね」


「分かってくれますか!?」


「とりあえずベストエフォートでやってみるけど、期待はしないでね」


「はいっす! ありがとうございます!」


 夜行性だと言っていた疋田さんが昼間に押しかけてくるのだから、相当に困っているのだろうと気づいたので無碍にも出来ない。


 ワンフロアなので階段で降りて、507号室に入る。


 間取りは当然うちと同じ。だが、入口付近に置かれた洗濯機には黒い服がそのまま何枚もかけられているし、床には洗剤のボトルが横向きで落ちている。


 なんというか、汚部屋の予感がプンプンしてきた。


「疋田さん、掃除って好き?」


「もしかして太陽は西から昇って東へ沈むのか? って聞きました?」


「いや……そんなことは聞いてないけど……」


「ちゃんちゃらオカシイ質問だ、ってことっすよ」


「あぁ……」


 妙な言い回しに翻弄されながら居室のドアを開ける。


 思わず「うわっ」と言いたくなる程の惨状でインターネットに繋がらないより先にやることがあるだろうと思った。


「これ……どこで寝てるの?」


「私、丸まって寝るタイプなんです」


「だから何なの……」


 疋田さんはドヤ顔でそう言ってくるが何も凄いことはない。やっぱりあまり絡まないほうがいい人なのかもしれない。


「それより! インターネット! お願いします! 私はコンビニで昼ご飯買ってきますから。何食べたいですか?」


 そういえば俺が作っていたカップラーメンはもう伸び伸びになっているのだろう。


「カップラーメンかな。王道のやつ」


 別に種類はなんでも良いのだけど「王道のやつ」と言って疋田さんが何をチョイスするのか気になってしまい、ついそんなことをいってしまった。


「はいっす! それじゃ、お願いしますね!」


 疋田さんは源義経を彷彿とさせる八艘飛びでゴミの隙間にある安全地帯を見極めながら部屋から出ていったのだった。

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