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「うわぁぁぁ! 佐竹さん! ガチャ爆死しました! 爆死! 爆死です!」
深夜、いつものように合鍵で遊びに来て俺のベッドにうつ伏せになり、タブレットでソシャゲのガチャを引いていた疋田さんがいきなり叫ぶ。
気づけば疋田さんは本当にお揃いのグレーパーカーを買ってしまっていた。
ガチャ爆死がよほどショックだったようでフードを被り、紐を全力で引っ張って顔を隠している。
「疋田さんは引きが悪い」
「なんすかそのラノベにありそうなタイトル。単に私がガチャ爆死し続けてるだけの話ですか?」
パーカーのお化けがこっちを見てくる。
「疋田さん! 爆死ですよ!」
「それはなんだか映画になりそうですね。いずれにしても私が爆死しているだけでしょうが……あぁ……今月も一万円を溶かしちゃいましたよ。もう回しません、今月は」
「仕方ないから石油王が恵んであげるよ」
冗談で財布から取り出したクレジットカードを差し出すと、金の匂いを感じた疋田さんはフードを取ってすぐに受け取りに来る。
「いいんすか!?」
「そんな目を輝かせてガチで来られると困るんだけど……」
「私、誕生日近いです!」
「夏生まれじゃないの? 初めて会った日に20歳になったって言ってたよね。むしろ遡る方が近いまであるよ」
「素晴らしい記憶力ですね。まぁ、ガチャはもういいです。お迎えする覚悟が私には足りませんでした」
疋田さんは俺のクレカを受け取らずにベッドに戻り、ガチャで溜まったのであろうキャラ整理を始める。
「佐竹さんってインターンでこういうの作ってたんすか?」
「こういうのってガチャ?」
「そっす」
「ちょっとだけ」
「あぁ……つまり佐竹さんをここで亡きものにすれば私のような思いをする人は減ると」
義憤に駆られた疋田さんはタブレットの殺傷能力を確かめるように指でカツカツとタブレットの角を突く。
「いやぁ……俺を殺しても第2第3のエンジニアが湧いてくるよ……というか今はゲーム系じゃないからね」
「お、そうなんですか? というか毎日忙しそうにしてますけど何をしてるんです?」
「いっ……今はぁ……」
疋田さんの天然誘導尋問に乗っかってしまい、身バレを誘発されそうになる。
「今は別の会社で社内システムの開発したり……とかそんな感じかな……あははは……」
「そうなんですか。私にはワケワカメな世界ですよ」
足をバタバタとさせながらタブレットを操作していて、俺との話には微塵も興味がなさそうだ。
配信で苦手な表情の切り替えも、あなたのクビを回避したのも、俺のおかげなんですよ、なんて恩着せがましいことは言いたくないけど、これが陰で支えるということなのかと一人で涙を堪える。
やがてキャラ整理にも飽きたのか、タブレットを脇に放ると、肘枕で寝転びこっちを見てくる。
目を合わせると疋田さんはニコリと笑う。
口に力を入れて変顔をすると、俺の5倍は面白いであろう顔で返してくる。
「プッ……それズルいよ」
俺を笑わせたことで勝利の悦びを得た疋田さんはまたタブレットの電源を入れてキャラ整理に戻った。
俺も椅子を回転させてパソコンに向き直る。
「いやぁ……佐竹さんのそういうところ、ほんと好きなんすよねぇ……」
「ヴェっ!?」
首だけで勢いよく振り返ると、疋田さんは「どうしたんすか……」と少し引き気味の顔で尋ねてくる。
いかんいかん。俺が過剰反応しすぎだったらしい。
「あぁ……いや……なんでもないよ」
雫花の話を聞いてからどうにも意識しすぎてしまう。疋田さんに限ってそんなことはありえない。そう、そんなわけがない。
そんな風に言い聞かせながら、また自分の作業に戻るのだった。
◆
数時間もすると今日の作業も完了。程よいところで切り上げて後ろを向くと、疋田さんは壁にすがってウトウトしているところだった。
ゆっくり起こさないように布団を掛けようとしたのだが、その瞬間に目が開く。眠いだろうにそんなに目が開くのかと思う程だ。
「あぁ……ふぁぁ……寝てました」
「眠いなら下戻りなよ」
「好きなんすよ、こうやって佐竹さんの背中を見ながら寝落ちするの」
目をこすりながら少しだけ口元を緩め、そんなことを言われるとさすがに照れる。
返す言葉に悩んでいると、疋田さんは無邪気に伸びをする。
「んん……あぁー! なんかします? 目、覚めちゃって……」
俺も眠くはないので何かするのは賛成。
「散歩でも行く?」
「んー……却下です」
「そうなんだ……」
疋田さんに刺さる提案ではなかったらしい。腕組をして「うーん」と言いながら疋田さんは何をするか考えているようだ。
「健康な若い男女がベッドの上で向かい合っている……やることは決まってますね」
「そ……そうなの?」
「はい。あ、から始まるあれです」
必死にエロワードで「あ」から始まる言葉で検索をかけ始める自分の脳みそが嫌いになりそうだ。佐竹の脳内検索結果、ヒットしたのは2件。いずれも二文字目が「な」だ。
「あ……『あ』の次は『な』?」
「いえ、『る』です」
「一文字飛ばしてない?」
「いえ、『ある』から始まりますよ。あ……あな……あなる……佐竹さん! 何を言っているんですか! 変態!」
疋田さんは俺の想定ワードにピンと来たようでペシペシと長い袖で叩いてくる。エロいことでないのは薄々感づいていたにせよ、ミスリードを誘ってきたのは疋田さんなのに理不尽だ。
「ある……ある……分かんないよ……」
「ふふふ……変態に教えて差し上げましょう。アルプス一万尺ですよ」
「別に健全な男女じゃなくてもいいし、ベッドの上じゃなくてもできるよねぇ!?」
「えぇ、ですが向かい合うことは必須です。私は何もすべてが必須条件だとは言っていませんが?」
疋田さんはいかにも「罠にはめてやった」言いたげな顔でそう答える。この人、やっぱ疲れるぅ!
「まぁ……いいけど……どうやるんだっけ?」
「こうですよ。パン、トン、パン、トン、パン、グーン、です」
疋田さんはアルプス一万尺を歌いながら振り付けを教えてくれる。教え方が独特だけれど、過去の記憶と突き合わせると意外とすんなり入ってくる。
一通り習い終わると、疋田さんは携帯でメトロノームのアプリを立ち上げた。
「それ……何するの?」
「限界アルプス一万尺です。どこまでいけるか試しましょう」
「酔ってるならまだしも……シラフでやるの……」
最近はダイエットの件もあり、夜の酒は自粛気味。
「わがままが多い人ですね。ほら、やりますよ」
音楽は無し。ひたすらピッピッピッと等間隔に鳴るメトロノームと疋田さんのアカペラで徐々にペースを上げながらアルプス一万尺をやり続ける。
別になんてことないはずなのに、疋田さんと手を合わせていると無性にドキドキしてくる。
なんだろうこの感覚。小学生の時に気になる子とアルプス一万尺をやっていた時を思い出すこの感覚。
まさか……恋!?
辿り着きたくない結論に達しそうになった途端、手にむにゅんと柔らかい感触があった。
「へ?」
「ほ?」
冷静になって自分の腕を見ると、タイミングがズレて出す手を間違えてしまい、疋田さんの胸にがっつり手が当たっていた。
二人してフリーズして犯行を犯した手を見つめる。
「あ……ああの……これは……」
弁解の余地もないセクハラに、疋田さんは無言でベッドから降り、部屋から出ていく。
最悪だ……
一人で頭から布団を被り反省。
少しすると、また玄関のドアが開く音がする。
恐る恐る布団から顔を出すと、いつものように無表情の疋田さんが立っていた。
「え……あ……ご、ごめんなさい!」
ベッドから飛び降りて開幕土下座。疋田さんはその場から動かず「フッフッフッ」と笑っている。
「佐竹さん、ついに……ついに私の魅力にやられてしまったようですね」
「ど……どういうこと?」
「どうせもう寝るからと締め付けもないパットもないらくちーんなものをつけていたわけです! ですが!
佐竹さんの需要があるのであれば仕方ない。こうして盛々アツ盛のブラジャーに付け替えてきましたよ!」
疋田さんはそんな宣言とともにパーカーのチャックを開けて前を全開にする。
黒いTシャツの胸の部分はたしかにいつもより盛り上がっている。
だが、盛り上がっているのは疋田さんの胸と疋田さんのテンションだけ。反比例するように俺のテンションは下がっていく。
アルプス一万尺中に感じていたのはやはり恋ではない。こんな人にするわけがない。
いつもより意識的に視線を上めにもっていきながら、この日も朝までくっちゃべるのだった。
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