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『南さん、出身ってどこ?』


 自席から社内チャットでメッセージを送るとすぐに返事が来た。配信はしていないので何か作業でもしていたのだろう。


『北極っすよ』


 それは最北南の設定の話。プロ意識が高いのはいいことだ。


『リアルの方だよ』


『あぁ! バーチャル岡山です!』


 どうやら安東さんの仮説は当たっていたようだ。地元の言葉に近いのでそのエリアで多く見られていたのだろう。言葉が近ければ介護士の人も流しやすいだろうし。


『でも急にどうしたんすか?』


『色々と、ね。今度のミーティングで説明するね』


『はいっす! いつもいつも話聞いてもらってすみません! お忙しいエースなのに!』


『エースだなんてとんでもない。暇人だからいつでもどうぞ』


『あ……じゃあ今からでもいいっすか?』


『どうぞどうぞ!』


 ノートパソコンでボイチェンを立ち上げ、マイクを接続。慌てて空いている会議室に駆け込む。


 すぐに最北南から音声通話がかかってきた。


「ちーっす。アデリーさん」


「こんにちは」


「いやぁ……さっきチャンネル情報をカチカチ更新してたんすよ」


「うんうん」


「そうしたら十人減ってました……」


「そんなの全体の0.003%だよ。外れ値だって」


「それでも私にとっては貴重な十人なんすよぉ……次の配信でまた減るかもしれないっす……」


「あぁ……ごめん。そうだよね。大丈夫だよ。一日単位の集計ならきちんと増えてるから、短時間の増減は見たって仕方ないよ」


「分かっちゃいるんすけど……うまくいかないもんですねぇ。最近は演歌のレッスンも受けてるんすけど、先生が鬼怖いんすよぉ……なんで年配の人ってあんな高圧的にくるんですかね? 私がナメられやすいのもあるのかもしれないですけど」


「まぁ……そういうもん……ですよ」


 言われてみたら会社でのやり取りなのにタメ口になってしまっていた。疋田さんを萎縮させないために敬語に戻す。


「アデリーさんは今更変えないでくださいよ! 緊張しちゃうじゃないですか!」


「なんで俺で緊張するの……」


「それは……ほらぁ……そのぉ……」


 スピーカーの向こうで疋田さんがモジモジしている様子が思い浮かぶ。


「あ……アデリーさん!」


 意を決したような感じで呼ばれたのでこっちも気合が入って「はい!」と返事をしてしまう。


「あのー……もうこれは完全に世間話なんですけど、アデリーさんって恋人とかいます?」


 斜め上の相談。え? やっぱりアデリーのこと気になってるの? 


 中の人は同じはずなのに佐竹がアデリーに嫉妬してしまっている。俺、人格が分裂しているんじゃないだろうか。


 何にせよ、早めにフラグはへし折っておくに限る。


「いっ……いるよ」


「いるんすか!? どんな人ですか!?」


「ど……どんな……えぇと……」


 ちらっと会議室のガラス越しにオフィスをみると、近くに見えたのは雫花。緊張して何も思いつかないので彼女をモデルにしてしまおう。どうせアデリーは存在しないのだし。


「そうだねぇ……年齢以上にしっかりしてて、頼りになる人、かな」


「なるほど……やはりそういう人が求められるのでしょうか?」


「あのー……ちなみに相談の趣旨は……」


「あ……あぁ! あのですねぇ……前からアデリーさんのように相談に乗ってもらっている人がいまして……果たしてその人に対して自分が感じている気持ちが何なのか、正体が分かりかねていまして。その人に話し方とかが似ているアデリーさんならヒントがもらえるのではないかと思った次第です」


 疋田さんは言葉を選びながら、たどたどしく話す。


 それ、俺のことぉ!? 疋田さんが!? 俺のこと気になってるの!? いやいや、ありえない。


 それにアデリーの正体はバレていない、落ち着け、と自分に言い聞かせる。中の人が同じだから話し方も自然と似てしまっているだけだ。うん、そう。それだけ。


「そうだねぇ……その人のことが好き……なの?」


「それがわからんのですよ」


「これまでの経験とかで……」


 聞いてから気づいたけど、疋田さんの高校生以前の話はほとんど知らない。知っているのは徹夜でジャンプを買いに行ったことくらいだ。


 あれだけ可愛いのだから彼氏の一人や二人いてもおかしくはないだろうけど、聞いてしまったが聞かなければよかったと少し後悔してしまう。


「うーん……私がかつてガチ恋したのは一人だけですね」


 やはり彼氏がいたことはあるらしい。全然気にしないのだけど、別にいいのだけど、これっぽっちもダメージを食らっていないけど、ちょっとだけ嫉妬心が芽生える。


「そ……そうなんだ……」


「はい。テニス部の部長で生徒会長なんすよ」


 ハイスペックリア充の匂いがする。


「そ……そうなんだ」


「それでいて財閥の御曹司なんです」


 ん? 財閥の御曹司?


「泣きぼくろある?」


「はい、ありますよ」


「センター分け?」


「はい、そうです」


「それ跡部だよね……」


「はい、そうですよ。さすがの私でも二次元と三次元の区別は付きます。その人を跡部様と同じように見ているかといえばそうではありません」


 人力アキネイターごっこで疋田さんのガチ恋相手を特定。


 そして、何故か俺が怒られる展開になっている。さすがにそこと比べられるのは荷が重いので、疋田さんが良識を持っていて助かる。


「ちなみに……その人はどんな人なの?」


 疋田さんは暫くの間黙り込む。自分から持ちかけてきた訳だし、言いづらいというよりは頭を整理していたのだろう。


「いつも家にいる引きこもりモヤシで、部屋には物が多い割に片付いていて、髪の毛はちゃんとセットすれば格好いいはずなのにボサボサ頭でいつも出迎えてくれて、屁理屈と数字が大好きな理系男子です。人の服装にケチつけるくせに自分も同じ服ばかり着てて。いかにもVTuberにガチ恋してそうな人なのに全然そんなことなくて……あぁ、なのでフットワークが軽いことだけが取り柄の人です」


 早口で俺の悪口を並べ立ててくる。ボロクソな言われようだ。疋田さん、多分それは恋ではないですよ。


「そっ……そうなんだぁ……」


「そんな人なのに……その人がいると頑張れるんですよ。さっきみたいにチャンネル情報を更新して、登録者が10人減ってたりするとすごく落ち込むんです。深夜とかだとアデリーさんには話せないので、そういうときはその人に脳内で相談して慰めてもらってるんです。この前もヤスミちゃんが社長に褒められてて落ち込んだときも、その人が頭を撫でてくれるだけでどうにかなったんです」


 またオタク特有の早口。佐竹、ガチで頼られていることが判明。さすがに照れと嬉しさで言葉に詰まる。


「そっ……その人は今の仕事を知ってるの?」


「いえ、知らないですよ。完璧に隠しているので」


 やけに自己評価が高い。完璧に隠せていないんですよ、疋田さん。


「まぁ……言えないんすよ。嘘、ついちゃってますから。最初からずーっと。最北南が推しだって言っちゃってて、投票までしてもらって、それで実は私が本人でした〜ってイタくないですか」


「うーん……まぁ……なんで今更ってなる……のかな?」


「まぁいいんすよ。その人は鈍感なので。前に一回やらかしてるんすけど、全然気づかないんです。私の気持ちにも。なのでバレるまで様子見ます。面白いので」


 疋田さんのお漏らしは記憶にある限り一回どころじゃないので貴方もかなり鈍いですよ、とだけ念じておく。


 興味が先走って色々と聞いてしまったけど、これ、結構やばいんじゃないだろうか。佐竹とは関係のないふりをして、本来なら俺にはしないはずの話をさせているのだから。


 ……あれ? 「私の気持ち」にも?


「あ……そろそろ配信の準備しないとなので。今日はありがとうございました!」


 疋田さんは言いたいことを言ってスッキリしたのか通話を一方的に終了する。


「ねぇ佐竹ぇ、事務所の皆で遊ぶからLustのサーバー立てて……どうしたの!? 顔すっごい赤いけど!? ニヤけてる?」


 俺がマイクを外して通話が終わったと察したのか、会議室の入り口に雫花が立っていた。


「え……何でも無いよ、サーバーね、はいはい。シュシュっと立てるよ」


「ありがと。今週中ならいつでも大丈夫だから。あ、それと今から暇?」


「予定はないけど……」


「じゃ、私に付き合ってもらっちゃおうかなぁ?」


 ニヤニヤしながら雫花は外を指差す。


 疋田さんの発言を咀嚼する時間もなく、雫花にオフィスから連れ出されるのだった。

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