46
今日はオフィスに出社して仕事。ファミレス席で雫花と膝を突き合わせて打ち合わせだ。
老人をターゲットにすると決めてから数ヶ月の成果をグラフにしてみたものの、傾きは若干上向いた程度だ。
「うーん……南さぁやっぱ伸び悩んでるよね……」
雫花の意見はもっとも。配信内容のテコ入れとして老人向け歌枠を増やしているものの、そもそも拡散経路がネットではなくリアルの口コミ頼りなので配信だけを改善しても効果は薄い。やはり足で稼ぐような施策が必要な気がする。
「そうだよねぇ……やっぱネット広告のターゲット層変えるくらいじゃ弱いと思うんだ。実際にケアハウスや施設に行って流してもらうくらいの営業しないと一気に広められないよねえ」
「でもそれを言うと、じゃ、有照が行ってよってなっちゃうよね」
「そうなんだよねぇ……」
頭を使うのは得意だが、いかんせん腰が重くリアルでは人見知りしがちな俺と雫花はなんとなく方向性は見いだせているものの、実行力に乏しい。
「安東さん、やってくれないかなぁ……」
俺のボヤキに雫花は「うーん……」と言葉を濁す。
「成海さん、今はMAPで忙しいみたいだから、これの優先度は下がってそうだけどね」
「MAP?」
「メタバースで、会いましょう、プロジェクト」
「あぁ……だいぶ大掛かりなことやるんだ」
「そうみたい。ま、仕方ないよねぇ。あっちはドル箱、こっちは豚の貯金箱くらいの規模の違いだから」
「南のプロデュースは何をするか考えるために時間稼ぎでもしてるんじゃないの?」
そう言うと俺の前に座っていた雫花が顔を引き攣らせる。
「あらぁ、誰が時間稼ぎをしてるって?」
背後から安東さんの声。はい、俺死んだ。
振り向くと、にこやかに髪をかきあげている安東さんが立っていて、俺のパソコンを覗き込んでいた。
「あ……あははは……でも実際どうするんですか? 数字を集めてから考えるって感じですか?」
安藤さんは俺の陰口は気にしていない様子でニッコリと笑い、俺の隣に座ってくる。
「うーん……まぁ新規事業って程じゃないけど考えてることはあるの。IP事業の一環で自治体をコラボ案件先として開拓したいのよね。観光大使みたいなポジションにつけば最高。ま、バーチャルとは? みたいな話はあるけどさ。そこの切り込み隊長が南にならないかなーって思ってる」
「結構難しそうですね……偏見ですけど頭が固そうなイメージがあるので」
「そうよぉ。いくつか目ぼしいところの観光課を回ってみたけど、そこのリスクはどうしてもね。担当者レベルの若い人はそこまで抵抗はないんだけど、課長クラスに上がっていくと「実績はあるのか?」の一点張り。だからこそ実績が欲しいの。うちは安全ですよってアピールするためのね」
「そのために数字を取って……やっぱ逆じゃないですか? 自治体狙うならそのエリアだけ集中的に最北南の宣伝をして、市民の認知度上げていくほうが早くないですか? まずは一件欲しいんですよね?」
「うーん……そういうやり方もあるわね。地域別のユーザー数とか見られる?」
安東さんの問いかけに対して雫花はすぐに日本地図を表示する。都道府県別の人口比でチャンネル登録率を割り出したものだ。
「サンプル数は結構減っちゃうよ。そもそも年齢が『その他』に入るような人がターゲット層だから居住地まで設定してる人は少ないんだ」
「うーん……ん? そこだけ赤くない? 広島……じゃなくて岡山か」
「あぁ……何でだろ?」
「少し調べてみてくれる? そういえば南の出身ってどこだっけ?」
「私は知らないよ」
雫花が俺の方を向いてくるが、首を横に振る。
疋田さんは自分で田舎育ちとは言っていたけれど、確かに出身県の話はしたことなかった。定番の話題なのに。
「方言が似てるから親和性があるとか、そういうのかなって。有照君、南に聞いといて」
「あぁ……はい」
「それとちょっと話があるの。雫花、有照君借りるわね。独占させられなくてごめんねえ〜」
「別にいいよ。そもそもそういうんじゃないし」
安東さんの面倒な絡みを雫花は軽くいなす。変に照れた方が安東さんが喜ぶと分かっているのだろう。
◆
安東さんに連れられて社長室へ。
ドアを閉めるなり「これオフレコね」と釘を刺される。
「どうしたんですか?」
「最近ね、MAPのために人を増やしてるの。メタバース空間を作るために、ゲーム系の経験があるエンジニアとか、デザイナーとか」
「はぁ……」
「それでここんとこ多いのよ。フューチャーメイキングカンパニー出身の人ばっか面接してる。どんどん辞めてるみたい。なにか聞いてない?」
「安東さんの方が詳しいんじゃないですか?」
「私が見れたのは数字だけよ。どの部署の何人が辞めたってとこまで。どんな人がいて、どんな想いで辞めたのかは現場にいた有照君のほうが詳しいかなって」
「まぁ……俺が辞めさせられた時から改善してないならそうなりますよね」
「ちょっと話聞いてみてくれないかな? 知り合いだけでいいから」
「聞いてどうするんですか?」
「最寄り駅に求人広告を増やすのよ」
「引き抜きですか……」
「引き抜きじゃないわよぉ。あくまで個人の意思決定の背中を押してあげるだけ」
「いいんですか? そんなことして」
「私ももう解任されたから知らないわよ、あんなとこ。外注だけで回ってるように見えるのはまとめてる社員が踏ん張ってるだけだって言ってたんだけどねぇ……そろそろまたサービス障害出るんじゃないの?」
安東さんがそう言った途端、携帯の通知に『フューチャーメイキングカンパニー、またサービス障害』と出た。
あまりのタイミングの良さに二人で顔を引きつらせる。安東さん、疫病神かもしれない。
「あ……安東さん、うちのサービスで同じこと言わないでくださいね」
「あ……あはは……Edgeをうちって呼んでくれて嬉しいわ」
「話そらさないでくださいよ。絶対に、言わないでくださいね。縁起でもないので」
「分かったわよぉ。皆の仕事は増やさないって。そういえばそろそろ就活じゃない? どうするか決めたの?」
安東さんの話、こっちがメインだったんじゃないかと思えてしまう。
「まだ考えてますけど……大手を受けてみてから考えます」
そう言うと安東さんはペンと白い紙を俺に向けて差し出す。
「うちは年俸制だから、欲しい年収を書いて」
これは採用のヘッドハンティングと同義と解釈する。
「ご……5億とかでも?」
「5億分の働きを期待してもいいなら」
安東さんはニヤリと笑う。この人なら本気でやりかねないので、さすがにペンを持つ気にはなれない。
「まぁ……考えておきます。今のところ、楽しいですし不満もないので」
「ありがとう。いい知らせを期待してるわ。ちなみに、院卒の初任給くらいの金額を書いたらゼロを一つ書き足すつもりだったから。金額感はそのくらいね」
「なっ……そんなにですか!?」
外資系と比べても破格なので、さすがにそんなに貰ってもいいものかと腰が引けてくる。インターンの今でも一般会社員と同じくらい貰えているので、就職してもその程度と思っていたのだが、かなり俺のことを買ってくれているみたいだ。
安東さんは俺の顔を見てフッと吹き出す。
「勿論数字のトリック、米印付きよ。ストックオプションって分かる?」
「Edgeの株式を買える権利ですか?」
「そうそう。上場した暁にはこのくらい返ってくるかもねってこと。ま、基本給もその辺の会社よりは弾むから検討してみてね」
さすがにいきなり年収3000万なんて話ではなかったらしい。それでもEdgeが破竹の勢いであることは分かっているし、このまま船に乗り続けても難破はしないだろう。かなりいい条件に思えてきた。
「わ……分かりました!」
「あ、南の出身地聞いといてね〜、それじゃ!」
俄然やる気が湧いてきて、社長室を出るなり、早速最北南に連絡を取るのだった。
↓にある★を押して頂けると執筆・更新のモチベーションアップになります!皆様の応援がモチベの源泉です。何卒よろしくおねがいします。




