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 Edgeの社内全体会議のあった日の夜。いつものように日付を跨いだ頃に疋田さんがやってきた。


 最近は、いちいち鍵を開けに行くのが面倒なのでお互いの部屋の合鍵を交換している。疋田さんは自分の部屋のように水の入ったペットボトルと紙袋を持ってリビングまでやってきた。


「佐竹さん、こんばんワニ」


 定位置にドスンと腰掛け、喉を潰したダミ声で挨拶をしてくる。


「いらっしゃイカ」


「あぁ〜! 私の想定ではイリオモテヤマネコでした」


「二文字だからワニに合わせるならイカのほうが良くない? しかも元のフレーズより長いし……」


「そこでそんなことを言い返す人はモテませんよ。『ああ〜確かに! いらっしゃイリオモテヤマネコだったねぇ!』って言う人がモテるんです」


「でも疋田さんはそういう人、嫌いなくせに」


「おや? つまり佐竹さんは私にハマろうとしているんですか? 意外ですね」


 そんな絶滅危惧種、いるわけがない。イリオモテヤマネコより個体数は少ないだろう。


「いっ……いやいや! そんなわけ無いじゃん! そっ、それよりその紙袋ってなんなの?」


 疋田さんは「逃げたな」と言いつつも紙袋をガサガサと漁って中身を取り出す。


「じゃーん! スイッチっす! しかも2台」


「一人で二台持ちなんて……通信してくれる相手もいないんだね……」


「私の悲しい過去をほじくるのはやめてください。どうしてもゲンガーが欲しかったんです」


 疋田さんはゴーストタイプのオーラを纏い始める。どうやら本気で触れてはいけない闇の部分だったらしい。


「ご……ごめんね」


「良いですよ。それでこれを持ってきた理由ですが……実はその……バイト先でゲーム大会がありまして……」


「陽気なバイト先だね……」


 疋田さんの嘘設定のバイト先が何だったのかも忘れてしまった。未だに本人はこれでゴリ押せていると思っているのだから、俺の騙されている演技力がすごいのだろう。


「まぁ、そこはいいんですよ。ただゲームタイトルが問題でして。やったことないんですよ、マリカ」


 アデリーとしては聞いたが、佐竹としては初耳。疋田さんは俺がアデリーだとは微塵も思っていないので、きちんと驚いてあげる。


「えぇ!? い、一回も?」


「厳密にはスーファミだけやったことがあります。それ以外は……なので練習に付き合ってほしいんです」


「いいけど……俺も最新のはわからないよ」


「そうなんすか? 佐竹さん、ゲームとかゴリゴリにやる人だと思ってました。パソコンもゲーミングなやつですし。するとゲームキューブとかですか?」


 それはアデリーの話。世代をずらしておけば安心だろう。


「64だけかな。とりあえずやってみる?」


「はい! こちらの……あぁ、違いました。こっちが私物で、こっちはし……私物です」


 仕事用ね。配信用と分けてるのはえらい。疋田さんもプロ意識が高まってきたようだ。


 配信で使う仕事用を俺がうっかり開いたら最北南が配信で使っているユーザー名『南を南極へ連れてって』が丸出しになってしまい誤魔化しが効かないので、これは疋田さんのファインプレー。


 私物のスイッチを受け取って電源をつけると、ユーザー名は『ヒキタ』になっていた。


「『サタケ』って追加していい?」


「いいっすよ。あ、今招待しますね」


 招待を受けて入ったルームにいたのは『南を南極へ連れてって』。


 はい、お漏らし。


 咄嗟にスイッチを机に置いて顔を手で覆う。


「うぐっ……目がっ! 目がっ! まつ毛が十本くらい逆立っててルームに入室する前から目が見えてなかった! ちょっと目薬さしてくるから!」


 疋田さん、やっぱり詰めが甘い。一回安心させておいてやっぱり漏らすなんてレベルが上がっている。


 一度リビングから出てキッチンへ避難する。疋田さんがアカウントを切り替える余裕を持って再びリビングへ。


「ふぅ……危なかったよ」


「だ……大丈夫です? 大佐みたいになってましたよ」


「もう大丈夫……」


 もう一度スイッチを手に取り招待されたルームへ入室。疋田さんのユーザー名は『モココ』に変わっていた。進化したらアカリちゃんと名付けられそうな雰囲気はあるものの、本名の桃子をもじっただけの安全なネーミング。


 疋田さんの正体がバレていることは疋田さんにはバレていないはずだ。


 ゲーム開始。陽気なオープニングテーマが流れ始める。


「おぉ!?」


 疋田さんが急に手を止めて大きな声を出す。


「どうしたの?」


「これ、めっちゃ良くないですか?」


「これ?」


「この曲ですよ!」


「あぁ……確かに」


 ゲームのスタート画面から切り替えず、ひたすらループするオープニングに聞き惚れる変人二人。一切プレイしないのに、既にゲームを楽しんでいる。


「いやぁ……ここから! ここからっすよ!」


 疋田さんはサビらしい部分がやけに気に入ったようでその部分が来るたびに「ここ! ここ!」とマダガスカルを指定するように教えてくれる。


「そ……そろそろ始めない?」


「も……もう1ループだけ……」


 そう言いながらも疋田さんは指を3本立てている。


「3ループね」


「ほんと元気が出ますよ、これ。実は今日、バイト先で皆が集まる会議がありまして、一緒に入った人や後から入った人が社長から褒められてたんです。結構落ち込んでて……でもこれを聞いてると元気が出てきましたよ」


「そ……そうなんだ」


 疋田さん、急にスイッチが入るので気が抜けない。


 クビは回避できたとはいえ、自分が伸び悩んでいる中での同期のチャンネル登録百万人達成はやはり心に来るものがあったようだ。アデリーもどちらかと言えばその同期側にいる人間となってしまった。


 疋田さんは相変わらず孤軍奮闘しているようだ。


「でも個人個人でペースは違うし、社長に褒められたから給料が上がるわけでもないんでしょ?」


「それはそうっすけど……やっぱ無意識に自分と比較しちゃうんですかね」


「そんなの意味ないよ。ほんと。疋田さんは疋田さんだから。その良さを分かってくれてる人もいるはずだし」


「そうっすね……なんかすまんせん。ずっと同じようなことでウジウジ悩んで……」


 仕方ないので疋田さんの頭に手を置いて髪の毛が乱れるくらいにワシャワシャする。疋田さんは「ひやぁ」と気の抜けた声を出している。


「後3ループくらいなら聞くよ」


「残念ですが無限ループっす!」


 疋田さんはひとまず落ち込みの底を抜けたようにニィと笑う。


 アデリーという存在も疋田さんを全肯定するには及ばない。むしろ、萎縮させることもあるようだ。


 だから、佐竹として出来ることは今日もたくさんある。それがたまらず嬉しく思えるのだった。

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