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 半期に一度開催されるらしい、Edgeの社内全体会議。スタートアップ企業のようなところでもこういうのをやるのかと意外に思いつつも、家でVRヘッドセットをつけてバーチャル会議室に入るとその認識は一変した。


 所属タレントは100人。そこに彼らを彼女らを支えるスタッフの社員やアルバイトを含めると数百人が一斉に参加しているので圧巻だ。


 本来なら誰が誰かも分からないはずなのだが、タレントは自身の3Dモデル、スタッフは地味なアバターだが部署別に色を変えているので一目瞭然。


 まだ開始までは時間があるので各々が好きな人と話している。知り合いの少ないボッチには辛い時間だ。まさかバーチャル世界でもこの感覚を味わうとは思わなかった。


 キョロキョロと部屋を見渡していると、遠くから細長い一本角が近づいてくるのが見えた。


「有照、おっつー」


 話しかけてきたのは氷山イッカクのアバター。なので中身は雫花。


「うん、おつかれさ――」


「イッカクさん! この前はありがとうございました!」


「イッカクぅ。今度のコラボの話なんだけど……」


「イッカク! 今度オフコラボしようよぉ!」


 俺が世間話でもしようと思った途端、イッカクの周りに他のアバターが集まってきた。皆デフォルトアバターではないので所属しているVTuberなのだろう。


「ちょ……あ、後で順番に話すから! 第一ここでやらなくてもいいじゃん! ディスコにメッセージ入れといて!」


 イッカクはそう言いながらも話しかけてきたであろう順番に対応を始める。


 仕方ないのでその集団から離れて他の場所へ移動していると、いきなり横から別のアバターがカットインしてきた。ブリザードの中でも見つけやすそうな赤色のモコモコのジャンパーを着込んだアバターだ。


「おおーい! アデリーさん! おつかれっす!」


 話しかけてきたのは最北南。いつもと変わらない疋田さんの声だ。慌ててボイチェンをオンにして声を低めに作る。


「お……お疲れさまです」


「聞いてくださいよぉ。今度の企画、皆でマリカやるんですって。私昔のやつしかやったことないんで最新のやつ知らないんすけど、そんな違うんすかね?」


 アデリーとして愚痴を聞く係になって以降、やけに南はアデリーに懐いてしまった。テキストベースのやり取りも、会話でのやり取りのどちらも引っ切り無しだ。


「昔っていつくらい? 二人乗りのやつ? ゲームキューブの」


「いえ、スーファミです」


「ガチで古いやつじゃん……」


「だからなんすよぉ……今って二人乗りできるんすか!? ワリマリてぇてぇいけます!?」


「いやぁ……俺も最近のはやったことないからわかんないけど……特殊なカップリングだね……」


「そっすか? アデリーさんもどうです? 新しい扉、開いてみます?」


 疋田さんのニヤニヤ顔が透けて見えるようだ。


「え……遠慮しておくよ……」


「はいはーい! 皆! そろそろ始めるよ!」


 バーチャル会議室前方にある演題に安東さんらしきアバターが立って呼びかけを始めた。雰囲気は安東さんなのだが、本物の3割増しくらいで綺麗にデフォルメされている。


「社長……ちょっと本物より盛ってません? 色々と」


 南がボソッと呟くと、安東さんがこっちをジロリと見てくる。


「バーチャルの世界だから音はリアルより拾いやすいの。誰が発言したのかも分かってるからね」


 南はおどおどした表情に切り替わり、俺の後ろに隠れた。


 そんなこんなで全体会議は和やかな雰囲気で開始。前期の活動の振り返りや収支の話が続く。VTuber事務所としては向かうところ敵なし。


 次の展開は『メタバースで会いましょうプロジェクト』なるものがメインらしい。こんな風に没入感の高いバーチャル空間で推しに会えるなら結構なインパクトはありそうだ。


 それよりも俺の目を引いたのは、今後の展開を一枚にまとめたスライドの右下に小さく書かれた『高齢者・公共向け』というお硬そうなもの。


 説明すら端折られてしまったが、最北南の老人受けという特徴がここに活かされるのだろう。そして、その規模も期待度は今はまだその程度。伸びしろしかない、とポジティブに捉えるしかない。


 そんな話を聞きながら現実のように船を漕いでいる人はいないが、微動だにしていないアバターの人は多分パソコンのディスプレイからの視聴に切り替えたのだろう。VRヘッドセットは意外と重たい。


「それじゃ、最後に社長賞の発表ね。まずはタレント部門。会社は利益を出さないと成り立たない。利益の源泉は所属タレントの全員よ。いつも本当にありがとう。その中でも特に頑張ってくれた人を表彰するわ……前期は夏に9期生の5人がデビューしたわね。八角やすみヤスミ、百万人おめでとう! えくすぷろぉらぁ発足以来、最速の百万人達成よ!」


 発表資料を投影していたスクリーンに最北南の同期である八角ヤスミの画像が表示される。頭に星型の飾りをつけた女の子アバターの配信者で、名前とは裏腹に配信モンスターの異名を持つ。


 ファンからは「八角ヤスミ休め」と言われるほど異常な配信時間なので、それに比例してチャンネル登録も一気に伸びたのだろう。


「次にスタッフ部門。皆、タレントの活躍のために毎日汗をかいてくれてありがとう。その中でも氷山イッカクと開発チームの有照君。二人でこれまで以上にデータ分析を高度化してくれた。有照君はインターンながら、社員やタレントの業務効率が上がるツールを次々と作ってくれている。この二人が今期の社長賞よ!」


 まさか自分が呼ばれるとは思わなかった。


「おぉ……さすがっすね、有照さん。私も鼻が高いですよ」


「あ……ありがと」


 疋田さんは同期の活躍を見て何を思っているのだろう。今日は佐竹としての仕事が忙しくなりそうだ。


「じゃ、三人は前に出てきて。社内報用の写真……スクショかな? まぁいいや。それ撮りたいから」


 安東さんの指示で俺とヤスミとイッカクが前に出る。スタートアップ企業だし、こういう先端っぽいことをやってます感だけでも出したいのだろう。


「わぁ……有照さんなんですね。あのツールを作ってくれた人。毎日助かってますよ、ありがとうございます」


 近づいた拍子に隣から八角ヤスミが話しかけてきた。配信はほとんど見たことはないけれど、ウィスパー気味で落ち着く声質だ。


「あぁ……ありがとうございます。八角さんも百万人おめでとうございます」


「フフッ、ありがとうございます」


 乗りに乗っている大人気VTuber八角ヤスミから一対一で面と向かっての「ありがとう」。かなりの没入感で、ガチ恋勢すまんと思いながらもありがたく賛辞を受け取る。


「そういえば南から聞いてますよ。たくさん愚痴を聞いてくれる人がいるって」


「あ……そうなんですか」


 疋田さんが他のVTuberともうまくやれているようで何よりだ。


「今度、お時間があったら私もお願いしますね」


「八角さんの時間があればですけどね。配信、大変そうですから」


「フフッ、そのうち作りますよ。是非お願いしたいです」


「あ……あはは……そうですね」


 社交辞令、社交辞令。


 そんな風に自分に言い聞かせながら、写真撮影に臨むのだった。

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