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 疋田さんはいても立ってもいられなかったようで、ジムも開いていない深夜から早速散歩をすると言い出した。


 酔っ払い二人が薄暗いマンションのエントランスから外に出る。


 折しもマンションのエントランスでは、中でいちゃつけない事情があるのか、はたまた深夜テンションで盛り上がってしまったのか、飲み会帰りの会社員のような二人が熱い抱擁を交わしているところだった。


「フゥ〜! 舌を使った細菌の移し合――フゴッ!」


 まだ酒が抜けておらず陽気すぎる疋田さんが二人を茶化すので疋田さんの口を抑えて足早に通り過ぎる。


「疋田さん、そっとしといてあげようよ」


 疋田さんは不服そうに俺の腕を振りほどく。


「嫌ですよ。私達が散歩にすぐに飽きて帰って来たとき、まだあそこにいたらどうします? オートロックを解除するアレ、塞いでたんすよ。あの二人のキスが終わるのを待たないといけないんですよ?」


 なんと。そこまで見ていなかった。


「フゥ〜! 極薄しか勝たんじょ〜!」


 これは正義の鉄槌。深夜にクタクタになって帰宅した人を速やかにマンションへ入れるための、正義の行いだと自分を正当化しながら、物陰から二人に聞こえるくらいの声量で叫ぶ。


 非モテ余り物の二人の僻みだなんてとんでもない。


 ◆


 大きな国道沿いの広い道は物静か。たまに明らかな法定速度違反のシャコタンが爆音とともに通り過ぎる程度。オレンジ色の照明が等間隔に並んでいて、力士が四人は横に並んで歩けそうな広さの歩道を照らしている。


「佐竹さんって暇人なんすか?」


「誘っておいて失礼な言い草だね……そういう疋田さんも暇人……いや、ヒマの神と書いてヒマ神かな」


 言い返しはしたが、疋田さんはかなり忙しい。老人向けのチャンネル登録を稼ぐための企画をあれこれと練り、更に従来のユーザー層も獲得するためあちこちの配信にコラボで顔を出している。


「こう見えて忙しいんすよ。貴重な自由時間を佐竹さんのために割いているわけです」


「俺のためじゃなくて、自分のダイエットのためでしょ……」


「それも目的の一つですね。別に――」


「あぶなっ!」


「わっ!」


 疋田さんは会話に夢中になって気づいていないが、折しも黄色信号で焦って左折してきた車が突進してきていた。


 咄嗟に腕を掴み、疋田さんを抱き寄せる。


「あ……ありがとうございます」


 めちゃくちゃ焦った。心臓がバクバク言ってるのは事故を回避したから。それだけのはずなのだが、腕に力が入ってしまい疋田さんを解放できないし、疋田さんも離れようとしない。目があってもそのまま動けない。疋田さんも驚いた様子で「はぁはぁ」と大きく息をしている。これじゃマンションのエントランスにいたカップルと同じだ。


「く……黒い服、夜はやめたほうがいいかもね。見えなくて危ないから」


「そ……そうっすよねぇ……あは……あはは……」


 疋田さんは苦笑いしながら俺のパーカーのチャックを降ろす。一番下まで降ろすと、今度は袖から腕を抜いた。


 秋の夜とはいえ、歩いて暑くなってきていたので丁度いいタイミングだった。代わりに疋田さんの黒いパーカーを受け取る。


「これ、借りますね」


「いやまぁ……グレーだからマシかもしれないけど……」


 その場で俺のパーカーに袖を通す。疋田さんにとってはオーバーサイズなので袖から手が出ない。袖の先をペンギンのようにバタバタと振ってアピールしてくる。


「どすか? 似合います?」


 滅茶苦茶似合う。というか普段からパーカーが似合っているのに彼シャツ風のオーバーサイズなのだから破壊力がマシマシだ。


「似合わないから早く新しいの買いなよ」


 疋田さんは俺の言葉の裏を読んだように、ニヤリとして、袖口で自分の口元を隠した。


「なるほど……」


「ほ、ほら! もう行くよ!」


「あ! 危ないっすよ!」


 疋田さんに引き止められる。どうやら遊んでいる間に赤信号になっていたようだ。


「このコンプラ重視の世の中でよく赤信号を渡ろうとしましたね」


「赤信号、二人で渡れば怖くない、だよ」


「お……おぉ! そっ……それは中々に強力な殺し文句ですね……」


 疋田さんは何か勘違いしたように俯いて頭をかく。


『どういうところが好きなのか? 企業は皆さんを、一生を添い遂げる結婚相手として相応しいかを見定めています』


 就活セミナーの講師の言葉が頭で反芻する。


 赤信号を一緒に渡れるような人ならいいんじゃないだろうか。それだけ信頼できて、背中を預けられて、怖いところにも飛び込む勇気が貰えるような人。


「どうしました?」


 疋田さんは目をパチクリとして俺を見てくる。


「あぁ……いや、やっぱりパーカー似合うなって」


「おほっ! じゃあ同じやつ買います! 双子コーデしましょうよぉ!」


「しないよ……」


 似合うと言われて上機嫌になった疋田さんは赤とんぼを口ずさむ。一匹もトンボが見当たらない真っ暗な中、散歩を続けるのだった。

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