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「就活というのは婚活と同じです! 企業は皆さんを、一生を添い遂げる結婚相手として相応しいかを見定めています。定番の質問としてあるのが『何故、同業他社ではなく我が社なのか?』です。これは、言い換えれば『私のどういうところが好きなの?』という質問に答えることに他なりません!」


 出席必須と言われたので仕方なく出席した就活セミナーは退屈すぎていかに眠気を抑えるかしか興味がない。講義室の前の方では、就活コンサルなる人が熱くなって語っている。


 疋田さんと深夜の公園で知り合ってから早数ヶ月。すっかり秋めいて、就活が視野に入る季節になってきた。


 社長ダイレクトのコネもあるわけだし、このままEdgeで雇ってもらえそうな気もしている。就職するかは給料次第だけど。とはいえインターンで色々と経験を積んだしアピールポイントには事欠かない。


 就活は適当でもどうにかなるんじゃないか、なんて世の中を舐めた思考になってきているのは疋田さんの影響ということにしておこう。なんとかなるもんすよ、意外と。


「皆さんの周りで思い浮かべてください。気になる男性、女性。その人に告白する場面を。なんと答えますか? 『なんで私なのか? 私よりも同じサークルのあの子と仲が良さそうに見える』と問われたら」


「倒置法〜」


 周りで必死にメモを取っている人には聞こえないようにぼそっと呟く。


 講師の「思い浮かべろ」をトリガーに、なぜか脳内には疋田さんが出てきた。


『なんで私なんすか? 他に……あ、佐竹さんにはいませんでしたねぇ』


 ニヤニヤしながら俺を煽ってくる脳内疋田さん。


「自分もいないくせに」


『私はいいんすよ。ほら、まだ若いですから』


「クリスマスケーキ理論ってあるよね」


『佐竹さんはいつの時代に生きてるんすか? きちんと今の時代を直視してくださいよ。ほら、大好きなデータ、今の平均初婚年齢です。たーんとお食べください。で、これを見ると今は大晦日でもまだまだいけるんすよ』


「それは統計上の……」


 周囲の奇異の目で気づく。どうやら俺は脳内疋田さんとの会話に夢中になって声が出ていたし、徐々に声がデカくなっていたらしい。


 メモを取るフリをしながら、脳内疋田さんとは筆談で議論を続けることにした。


 ◆


 疋田さんは相変わらず配信後に俺の部屋に入り浸る。そして、深夜に深酒をして二人して深い眠りにつく。最早ベッドで並んで寝るのも違和感がなくなってしまった。


 朝はどちらかが起きてもう片方を叩き起こす。疋田さんは明日は朝からコラボ配信らしいので、多分俺が起こす係になるのだろう。


「佐竹さん! これハチャメチャにうまいっすよ!」


 疋田さんはハチャメチャにうまいらしいトリュフ塩のかかったポテトチップスを俺に差し出してくる。そのままあーんで食べろということらしい。


「いいよ、自分で食べるから」


「そう遠慮なさらず〜。今更何を照れることがあるんですか!」


「いやまぁ……そうだけど……」


 というフリをしておいて、疋田さんの指にかぶりついてポテチをパクリ。ついでに指についた塩も舐め取る。酔っているから出来るけど、シラフだとさすがにここまでは出来ない。


「ひっひっひっ! 佐竹さん、それキモすぎますよ!」


 疋田さんはバカ受けしているようで、腹を抱えて床に震えながら寝転ぶ。


 黒いTシャツに黒いジャージ。その隙間にチラッと見えた腹。


 本来ならチラリズムなんて死語があるくらいにはご褒美のはず。


 だが、それよりも気になったこと。


 それは、疋田さんの腹がジャージのゴムに若干乗っているのだ。


 手を伸ばして、その部分をつまむ。


「ひいっ!? さ、佐竹さん!? 一体何を……」


「疋田さん、これ……まさか……」


 疋田さんも体を起こすと自分の腹をプニプニとつついて「おぉ」と声を漏らす。


「これは……最近やけに胸もキツイと思ってたんすよね。成長期、来てしまいました」


「いや……まぁ、そうかもしれないけど……」


 胸のサイズは知らないし、黒で着痩せしているので気づかなかったが、顔つきも若干ふっくらした感じもする。


「なんか……ふっくらしたね」


「佐竹さん、私はパンではありませんよ。ふっくらしているのはパンだけで十分です」


 疋田さんは現実を直視できない様子。


 定量的に可視化するしかないので、洗面所から体重計を持ってくる。


「疋田さん、乗ってみてよ」


「そっ……これはさすがにデリカシーがなさすぎますよ! 私だって女の子……55!? マズイっすよ……これはマズイっす……ふっくらしちゃってます……」


 疋田さんは酔ってフラフラになりながらも体重計に乗ると、きっちりノリツッコミをして体重まで晒した。自分の両頬をおさえ、さる絵画のようにその数値が自身に与えた衝撃をアピールしてくる。


「55って普通じゃないの? 平均より背高いでしょ?」


「世間一般としてはそうかもしれませんが、私は厳しい基準を設けているんです。世界一の品質基準と言っても過言ではありません。航空、自動車、疋田が世界三大厳格品質基準です」


 まぁまぁな過言さだ。疋田さんの厳格な体重がいくつなのかは知らないけど、さっきの慌てっぷりからすると明らかな外れ値。


「じゃあ疋田さんはリコールだね」


「なっ……佐竹さん! それはあまりにあんまりですよ! 言う事言ったらだんまりですか!? さすがの私も深呼吸からのアンパンチをインコースにワンパンチ食らわせないと――」


 疋田さんは急にリズミカルに言葉を発し始める。


「ちょちょ……ごめんて」


 疋田さんはインコース低めの軽めのワンパンチを俺に当てると、「フン!」と鼻から息を吐く。


「見ていてください。可及的速やかにダイエットを開始します。ジムに行きましょう」


「え? 行きましょう? 俺も行くの?」


「はい。自分を棚に上げて、人の腹を笑うなんて失礼な人ですね。気づいてますか? ふっくら焼き上がっているのは私だけではないんですよ」


 疋田さんはそう言って俺の腹をつまんできた。少しだけ摘まれる腹の肉。同志を見つけたとばかりに疋田さんは喜びの笑みを見せる。


 同じように徹夜と飲酒生活を送っていたのだから、同じように太るわけだ。


「結果にコミットしましょう、佐竹さん!」


 リングフィットでも買ってダイエット企画配信にすればいいのに、なんてアドバイスはアデリーからすればいいか。

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