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「雫花、ちょ……ちょっと待ってて。後で説明するから」


 混乱している雫花をその場に留めて玄関へダッシュ。ドアを開けると、疋田さんはお化けのように下を向いて俺の部屋の玄関チャイムを連打していた。


「ちょ……怖いって」


「あ……い、今……中から女の声がしたんすけど……」


 しっかりと雫花の声もマイクが拾ってくれていたらしい。一言なのでイッカクだとは気づいていない様子。


「あ……あのー……あれだよ」


 疋田さんはドアの僅かな隙間から俺の足元を見る。そこには雫花の履いていた女物のスニーカーがある。


「あ……取り込み中……あ……しっ、失礼しました!」


 疋田さんは何かを察したようにそのまま踵を返し、階段で自分の部屋に戻っていく。


 疋田さんのことを笑えないくらいにお漏らしに次ぐお漏らしを重ねてしまった。


 疋田さんへのフォローは後にするとして、まずは部屋で固まっている雫花をどうにかしなければ。


 リビングに戻ると、雫花は足を組んで俺の椅子に座っていた。俺が部屋に戻ってくるなり、椅子を回転させてジト目で見てくる。


「どういうことかな? 最近、改善案を考えるのに南の配信ばかり見てたんだ。だからあの子の声を聞き間違える訳ない」


 雫花はインターホン越しに聞いた声が最北南だと確信している様子。多分誤魔化しはきかない。ただ、雫花ならきちんと説明すれば理解してくれる気がした。


「これは……たまたまだったんだよ。最初は。本当に偶然で――」


 雫花は膝に手をおいて俺の話に耳を傾ける。公園で助けたことをきっかけに仲良くなったこと。疋田さんのポンコツっぷりからすぐに一方的に正体を知ったこと。アデリーと佐竹は分けて疋田さんを助けたいこと。


 最後まで聞き終えた雫花は「うーん……」と声を漏らす。


「いやまぁ……佐竹が黙っておきたいなら私からどうこうは言わないよ。事務所的にも恋愛禁止じゃないし」


「ど……どこをどう捉えたら恋愛関係ということに……?」


「え? 違うの?」


「違うよ! 別に俺たちはそういうのじゃなくて……こう……励ましフレンドなんだよ!」


 そう。あんな変人に恋をするわけがない。基本はズレていたりするのに妙に達観してたり芯を食った事を言う頼もしさはあるし、一緒に部屋でダラダラしていると落ち着くし、声を聞いてると無性に安心感があるけど、断じて恋ではない。


「励まし……? まぁいいや、了解。とにかく、この下に南が住んでますと。んで、佐竹は南の正体を知ってるけど知らないフリをしている。向こうはそのことに気づいてない。南は佐竹がアデリーだとは気づいていない。ってことかな?」


「うん。そういうこと」


 雫花はまた何か悪巧みを思いついたようにニヤける。


「あ……佐竹ぇ。私さぁ定期的に佐竹が言うこと聞いてくれないと口が滑っちゃうかもぉ……」


「な……何をすれば良いのでしょうか?」


「高校生活の思い出づくり」


「それは友達と――」


「いないから、友達」


 では友達作りからどうぞ、なんて気軽な冗談を言える雰囲気ではない。いろいろな事情はあるだろうし、それをほじくるのも可愛そうだ。


「了解。俺も協力してもらうから、お互い様だね」


「そういうこと! それじゃ、私帰るわ」


「うん、お疲れ。外の様子見てくるよ」


 疋田さんと雫花が鉢合わせたらことなので、先に部屋を出て様子を窺う。


 雫花は女子禁制の男子寮に入り込んだ人のようにこっそりとマンションを後にしたのだった。


 ◆


 雫花を見送って数時間すると、疋田さんから連絡がきた。


『まだ取り込み中ですか?』


『もう終わったよ』


 即既読がついて、数秒後に玄関チャイムが鳴る。部屋の前で待機していたらしい。疋田さんの執念、怖すぎる。


『鍵、開いてるよ』


 これまた即既読。疋田さんはためらわずに部屋に入ってきた。そして、部屋に入るなりスンスンと鼻をきかせる。


「いつもの匂いですね」


「そりゃあね……」


 当然消臭スプレーをしたし、部屋も換気済み。その気になれば意外と二股生活も出来るんじゃないかと思えてくる。


 疋田さんが手に持っていたのはコーラとメントス。


「疋田さん……それ、何?」


「あぁ、これですか。MeTuberの王道といえばメントスコーラですよ」


 懐かしさすら覚える成り立たないこの会話の感じ。とても心地よい。


「どっちもMeTuberじゃないはずだけど……メントスコーラをうちでやるつもりなの?」


「ダメ……ですよねぇ?」


「当然だよねぇ!?」


 疋田さんは俺が部屋でメントスコーラをやることを許可すると僅かばかりでも思っていたようだ。そもそも録画もしないメントスコーラになんの意味があるのかと小一時間問い詰めたいところ。


「まぁ……これは諦めます。どうぞ、手土産です」


 メントスとコーラをゲット。


 念の為メントスをポケットに入れてからコーラをコップに注いで疋田さんに差し出す。


「あぁ……うまいっすねぇ……」


「そうだねぇ……」


 シュワシュワとした感触を楽しんでいると、不意に疋田さんが真顔になる。


「佐竹さん」


 疋田さんはやけに真面目なトーンで俺の名前を呼んでくる。


「何かな?」


「さっ……さささ佐竹さん、私に隠し事なんてないですよね?」


 ギクリ。心当たりはアデリーの事と、雫花のこと。


 いや、まさかアデリーが俺だなんて気づかれていないはず。


 それにしても会話の導入が下手くそすぎる。ガチガチに緊張して噛みまくっているし。


「あ……昼間の話かな?」


「あぁ……それも気になります」


 それ「も」気になる。明らかに何かを勘付いていそうな雰囲気に背筋を冷や汗が伝う。


「ぶっちゃけどうなんすか? 別に私に隠すことないと思いますけど。彼女いるならいるって教えて下さいよ。こうやって遊びに来るのも彼女さんに悪いですし」


 疋田さんの興味は昼間の件にうつったようだ。


「いないよ。本当に。あれは……大学の後輩だから」


「なるほど……いやぁ、すんません。何度も聞いちゃって」


「いや……いいけど……もし、万が一、バラした時計をプールに入れて時計が復元できるくらいの確率で彼女ができたとして、その時は俺から伝えるから気にしないでよ」


「はい、そうですね!」


 疋田さんは安心したようにニッコリと笑う。俺に彼女がいないとそんなに安心なのだろうか。まぁ近くに住む非リア友達がいないから貴重なだけだろう。


「それと……もう一つあるんですよ。気になること」


「え? そ……そうなの?」


 アデリーの事ではないかとヒヤヒヤする。これも違っていてくれ。パンツの色も好きなセクシー女優も好きな体位もなんでも答えるから、そういう突拍子もない質問であってくれと願う。


 疋田さんは携帯をいじり始める。少しすると、俺の携帯に音と共に通知が表示された。


『アデリーさん、少しご相談がありまして……お時間ありますか?』


「佐竹さん? どうしました? 何か気になることでも?」


 俺が通知に気を取られていると、疋田さんは真顔で俺を見てくる。


 え? 俺、滅茶苦茶疑われてる? バレてるの?

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