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チャンネルの分析を経ての最北南との初回のミーティング。最北南は基本的にオフィスに出てこないのでオンラインミーティング。
なので俺も自宅から参加する。そして、俺から少し離れたところに雫花も座っている。
安東さんから最北南のメンタルケアをする役割を有照として担ってしまい、俺もミーティングに参加するように指示があったのだが、当然地声で話すとバレてしまう。
雫花に詳細を伏せて相談したところボイスチェンジャーを使えばいいとなったのだが、デスクトップパソコンの設定がうまくできず雫花にヘルプを依頼した。
すると、業者よろしく俺の部屋にまで来てくれたのだ。雫花先生様様だ。
「あー……あー……聞こえるっすか?」
俺のパソコンに繋いだマイクスピーカーは目一杯ケーブルを伸ばして椅子に座った俺と床に座った雫花の間に置かれていて、そこから疋田さんの声がした。
「うん、聞こえてるよ。南、久しぶりだね」
「うっす! あれ? なんか声変じゃないですか?」
「そ……そうかな? 多分おま環だよ」
「あー……ありそうです。言葉は聞き取れるので大丈夫です!」
ボイスチェンジャーが動作しているので疋田さんにいつもと違う声で聞こえているのは当然。それを雫花は疋田さんの環境のせいとしてゴリ押す。信じる疋田さんも疋田さんだが。
「それと……有照って人も参加してるから。同じ会議室にいるの」
「ど……どうも……有照です」
低めに声を作って話すと、疋田さんは一瞬「え?」と言って固まる。その意図が読めない。疋田さんはアデリーがえくすぷろぉらぁで働いていると認識しているはず。
ボイチェンの声が不自然だったか、それか逆にバレたんじゃないか、と不安になるも、一拍おいて「その節はどうも!」と明るい声で返ってきたので問題はなさそうだ。
「あー……でもちょっと有照さんの声が遠いっす。もうちょい寄れます?」
「あ、うん」
雫花はマイクスピーカーを持ち上げると、何故か俺の膝の上に座ってきた。小柄なので雫花はすっぽりと収まる。収まるがこれはダメだ。
すかさずマイクをミュートして雫花を降ろす。
「なっ……何してるの!」
「仕方ないじゃん。聞こえないんだし」
「他にやりようあるでしょ……それに俺はそんなに喋らないし……」
「おーい! 聞こえますかぁ!?」
疋田さんが焦った様子で聞いてくる。
「ほらもう時間ないからこれでいくね。ミーティング出てるんだから一言は話さないと出てる意味ないよ」
意識の高い上司のようなことを女子高生に言われてしまい、少ししょげている間に雫花はまた俺の膝に座って背中を預けてきた。
目の前に垂れているサラサラな長い髪の毛からはほのかに苺の匂いがしてつい鼻の穴が大きくなりそうになる。
相手は女子高生で、事務所の看板タレントで、大企業のお嬢様。手出しなんてできるわけない。
精神の修行だと思いながら、雫花を膝に載せたままミーティング開始。
「南、社長は前に厳しいこと言ってたけど、期待の裏返しだと思って。それに今日はいい報告もあるから」
「は……はいっす!」
本題に入ると疋田さんの声が若干小さくなる。雫花はそれを意に介さず資料を投影した。
「で、本題ね。私達で南のチャンネル登録者の分析をしてみたんだ。結果はこれ。要は老人が見てるってこと。社長が知り合いに確認してくれたんだけど、デイケアの施設で職員がテレビで流してるんだってさ。それを家に帰ってからもテレビで見たり、井戸端会議の話題になったりしてじわじわと草の根で老人に広がってるんじゃないかって話」
「ほ……ほえぇ……ご老人に見てもらってるんすね……」
「ま、歌枠がほとんどみたいだけどね。曲のチョイスが丁度いいんだってさ」
「あはは……十八番ばかり披露してるんすよ」
「あれが十八番って……南、私とそんなに変わらなそうだったけど……まぁいいか。それでね、南。これからのチャンネルの方針なんだけど――」
「私、やりますよ。全部。ASMR配信用のマイクを買いました。興味ないゲームも積まずにダウンロードしてます。流行りの歌も練習してます。百合営業もガンガンやります。ありのままで視聴者に喜んでもらえると思ってたんすけど、どうもそうじゃなかったみたいなので」
「そっ……そうなの!? 私の提案はむしろ老人向けを強化していく方向だったんだけど……」
疋田さんは想像以上に本気になっているようだ。自分を客観視して、欠点を埋めようとしている。
雫花もまさかそっちに話題が転ぶと思っていなかったのか、戸惑いながら返事をするが、議論が止まってしまった。
「あの……いいですか」
俺が口を挟むと二人が同時に「どうぞ」と言う。
「南さんの良さって、今の視聴者には受けてると思うんだ。それを殺すのは勿体ないかなって。他にいないと思うよ。老人に見られてるVTuber。別にどっちかに舵を切らなくても両方やるっていうのもあるのかなって……」
「そりゃ無限に配信できるならそれがいいよ。でも体力の問題もある。喉の負担だって馬鹿にならない。ある程度ターゲットは絞った方がいいと思うな」
雫花の意見はもっとも。
「そもそもどっちがチャンネル登録が取れるんだっけ? このままフォーマット通りに軌道修正すれば目標値は達成できるの?」
「社長からは、老人向けにシフトするならそこは見ないって言われてる。南は新規事業扱い。高齢者向けサービスの一部として評価することにして、評価指標も変える。だって実績がないから最低このくらい行くだろう、って目標も作れないからね」
「つまり……クビは回避できるってこと?」
「そ。甘々だよねぇ、社長。まぁ自分で採用って決めたんだから最後まで責任持ってやるのは当たり前なんだけどさ」
雫花の言葉を受けて少しすると、スピーカーの向こうからはすすり泣く声が聞こえ始めた。
「あ……ご、ごめんなさい。俺はエンジニア側だから適当なこと言っちゃって……」
疋田さんは自分を捻じ曲げて頑張ろうとしていた。それを更に捻って戻すような提案をしてきたのだから混乱するのも無理はないだろう。
「ちっ……違うんす……社長さん……皆さんも、私みたいなポンコツのためにそこまでしてくれてたのが嬉しくて……」
どうやらただの嬉し泣きだったらしい。雫花が振り向いてきて目を合わせてくるので静かに笑って返す。
「まぁ……一日考えてみて。私はどっちでも支援は惜しまないから」
「うぅ……イッカク様ぁ……」
「ちょ……そういうのは有照が聞く係だから。とりあえず今日はここまでね」
雫花は俺に疋田さんの処理を押し付けると、膝から降りてベッドに座って自分のパソコンをカタカタと操作しだした。
「あ……南さん。と、とりあえず一旦以上にしましょうか。話いつでも聞きますから、いつでも連絡してくださいね。今日はありがとうございました」
「うぅ……あ、ありがとうございます……」
引き止められなかったので一旦一人になりたいのだろう。
いや、この後うちに突撃してきたりしないだろうか。
ミーティングを終えてトイレに入ろうとした矢先、玄関チャイムが鳴らされた。疋田さん、最速で俺の部屋に来てるじゃん。
目の前にインターホンがあったので、「雫花、静かにしててね」と言ってそこで対応する。
「もしもし」
「あれ? 違うのか……」
若干の鼻声だが疋田さんの声がする。
「ここはあなたの部屋じゃないからね。そりゃ違うよ」
「あ……いやいや! そうじゃなくて、少しご報告がありまして……取り込み中でした?」
「あ……うん」
背後から「えぇ!?」と雫花が大声を出したので慌ててインターホンを切る。
「ちょ……どうしたの?」
「今の声……南じゃないの?」
うん、これは俺のやらかし。ごめんなさい、疋田さん。どうやって誤魔化そう。
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