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雫花が行きたいと言って連れてこられたのはゲームセンターの一角にあるプリクラコーナー。
周りには制服を着た学校帰りの女子高生達がたむろしていて、機械の空き待ちに並んでいる俺と雫花の二人組はかなり目立つ。
皆自分達の事に夢中なので奇異の視線はないものの、そもそも女性だけか女性同伴でないと入れないエリアに立っていることでなんともいえない背徳感すらある。
「ここで写真撮るの?」
雫花は顔を赤くして小さく頷く。そういえばこの人は外では話さない人だった。
列の先頭に来ると、丁度2台の機械が空いたところだった。
「どっちにする?」
雫花は向かって右の機械を指差す。
二人でそっちに向かっていき、のれんをくぐると密室とは言えないまでもプライバシーが確保された空間になった。そこでやっと雫花は口を開く。ただし物凄い小声。
「こっ……これは……その……流行ってるからやってみたいけど……その……一緒に撮れる人がいなくて……制服着れるのも今年いっぱいだから……で、佐竹が丁度いいから……そういうことだから」
モジモジとしているが、要は学校に友達がいないので付き添いがほしかったらしい。凄い内気な女の子と一緒にいるような感覚になる。
別に俺じゃなくて事務所のひとを誘えばいいのに。
「事務所の――グフッ!」
腹に強めのパンチが入る。
「外でそういう話しはしない」
小さいが迫力のある声で怒られる。雫花のプロ意識はかなり高い。疋田さん、聞いてますか?
「ご……ごめん」
「いいよ。で、ポーズね。こうやって、手でハートを作って欲しいんだ」
「お……俺が?」
中々に恥ずかしいポーズ。しかも雫花のジェスチャーは片手だけだったので、雫花も片手でハートを作ってくっつけるのだろう。
「いいじゃんかぁ。これっきりだから!」
「まぁ……やるよ」
ポーズの打ち合わせも終わったので撮影開始。
『それじゃ、撮影開始だよ〜』
「ん? この声……」
聞き覚えのある声、というか俺の隣りにいる人と波形レベルで声が似ている。
「今コラボしてるんだ」
「なるほど……」
「ほらほら、始まるよ。笑って」
雫花の指示で顔に力を入れる。不自然なまでに目を開いてニカッと笑い、手で半分のハートを作る。
カシャッと音がする瞬間、雫花は隣でサムズアップをしていた。
『2枚目だよ〜。隣の人と手を繋いでみよう!』
「え!? まだ撮るの!?」
雫花は想定外だったとばかりに驚いている。ボイスを収録したんだから分かるでしょ、と思いつつも画面に出てきたポーズを真似する。もうここまで来たらヤケになって振り切ってやろうと決心。
お手本に習って雫花の手を掴み、高く掲げて撮影。
雫花も途中からはノリノリになってハグまでし始めたのだった。
◆
プリクラを撮って適当に茶をしばいたら解散。意外とあっけなかったが、本当に雫花は片思いポーズのプリクラを撮ることだけが目的だったようだ。
使い道もない印刷された写真を鞄にしまい帰宅。
逐一動向をチェックされているのか、俺が帰宅した5分後には疋田さんが玄関チャイムを鳴らしにやってきた。
「ちっす、佐竹さん」
2リットルの水が入ったペットボトルとお気に入りの黒いクッションを持ってきたところを見るにかなり長居するつもりらしい。
「何しに来たの?」
「理由がないとここにきちゃだめなんすか?」
「普通はそうだよね」
「私、普通じゃないんで」
ですよねー、と心の中で同意する。
疋田さんはドアを押さえていた俺の手を外して中に入り込むと、一人で部屋の奥に行き、さっさと定位置に座った。
俺がキッチンで飲み物を用意していると「わぁぁ!」と疋田さんの驚いた声がしたので慌てて部屋に戻る。
「大丈夫!?」
疋田さんが手にしていたのは俺と雫花のプリ。床においた拍子に鞄から滑り出ていたようだ。
マズイ。雫花と疋田さんはオフコラボで接触しているかもしれない。何故一般人の俺が氷山イッカクの中の人と一緒にプリを撮っている? と聞かれたら回答がない。
「こっ……これ……なんすか……」
疋田さんの手の震えがプリにまで伝わる。
「こ、これは……」
「佐竹さん……これ、金払いました?」
「え、お、お金? 払ったよ」
確かにプリのお金は俺が出した。両替し忘れていて雫花の手持ちに小銭がなかったのだ。
「佐竹さん! それはやべえっすよ! 行ったのはここだけですよね? そうだと言ってください! 佐竹さんが捕まるところなんて……見たくないです!」
「ここだけ……え? 捕まる?」
どうやって雫花の存在を誤魔化そうかと考えていたのだが、知り合いの顔を見たはずなのにそこに触れてこないので、疋田さんの心配はどうも別のところにありそうだ。
写真は滅茶苦茶に盛れていて最早誰なのか分からないし、雫花と気づいていないのかもしれない。助かった。
「だってこれ……パパ活じゃないっすか? 他にこんな可愛い女子高生がハグしてくれる方法なんてあります? 佐竹さん彼女はいないはずですよね? いや、彼女でもさすがに未成年はヤバいですって! アウアウのアウトですよ!」
「パパ活!? いやいや! これは――」
これは仕事終わりに事務所にいた氷山イッカクの中の人である大宝寺雫花と撮ったものです、とは言えない。
妹として誤魔化すべきか? いや、下手な嘘は次回以降の辻褄合わせが大変だ。
かといって本当のことはもっと言えない。
「こっ……この子は……みっ……未成年じゃないんだ!」
混乱していて、明らかにそこじゃない弁解をしたことに気づいたのは言葉を発した後。
「え……じゃあ二十歳とかっすか? わざわざコスプレで……そもそも佐竹さん、この人とは一体どういうご関係で……いや、でもそんな事私が聞くのも変ですよね。なんだか浮気を見つけた彼女のようなことをしていますがこれはかなり差し出がましい行為だと気づきました。すみません、出過ぎたことでした」
疋田さんは自己解決したようで、冷静になるとプリを脇に置き頭を下げる。
「あぁ……いや。ほら……俺もその……魔が差しただけだし」
「魔が差した……なるほど。ちなみに佐竹さんのストライクゾーンってどのへんなんすか? 制服コスをしてもらってるくらいですし意外とロリコン?」
「いやいや! ノーマルだよ!」
疋田さんは「それは定量的じゃないですね」なんて事を言いながら俺に背中を見せるようにその場にしゃがみ込み、手を横向きにして突きだす。
何をしているの? と聞こうとしたところで気づく。疋田さんは見えないキャッチャーミットを持っているのだ。
「29歳、来ましたよ!」
疋田さんがそう言うと29と書かれた見えないボールが飛んできて疋田さんの見えないミットに収まった。
俺に判定を尋ねるように振り向いてくる。
「す……ストライク!」
「20歳! 来ましたよ!」
同じようにボールがミットに収まる。
「ストライク!」
「次は17歳! 来てますよ!」
雫花の顔が描かれたボールが綺麗にミットが収まる。
「すっ……ストライク!」
いや、これはストライクを取ったらダメなボールだった、と反省していると疋田さんはすっと立ち上がり、顔を小刻みに横に振る。
「佐竹さん、アウトです」
「なんでキャッチャーが決めてるの……」
無情に告げられる疋田さんからのアウト宣告。
というかこんな遊びばっかしてるからオタクがファンにならないんだと内心で毒づく。
「なんだか無性に腹立たしいですね。佐竹さん、制服は着ませんが私ともプリを撮りに行きましょう。中高生に混ざって辱めを受けながら撮りましょう」
「えぇ……本当に撮るの?」
「撮りますとも! あ、着替えてくるので少々お待ち下さい」
「いっ……今から!?」
「はいっす!」
疋田さんは水とクッションを持って一度自分の部屋に戻っていく。
少しすると、部屋着と何ら変わらない全身真っ黒な服装で疋田さんが戻ってきたのだった。
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