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雫花による分析が終了。Edgeのオフィスにある社長室にて、安東さんと俺でその内容を聞く会が設けられた。
雫花が毎度のように分厚い紙資料を配布……はせずにBIツールのダッシュボードをスクリーンに投影している。
「わぁ……雫花、紙はやめたの?」
安東さんも目を丸くして驚く。まさかここまで使いこなしているとは俺も思わなかった。
「紙なんていらないよ。こんな便利なものがあるんだね」
雫花がドヤ顔でそう言うと、安東さんが俺の方に視線を寄越してくる。「俺は名前しか教えてませんよ」という感じで肩をすくめておく。
雫花は俺達のやり取りを無視して報告を始めた。
「最初に結論から言うとね、最北南は異質。同期とも、これまでの人ともまるで違う傾向だったよ。メインの視聴者層は老人……だと思われる」
数拍の沈黙の後「老人!?」と俺と安東さんが同時に叫ぶ。
雫花はまずここで一盛り上がりほしかったようで、満足げに笑う。
「そ。佐竹が取ってくれたデータで最北南のチャンネル登録者が他に誰を見てるか集計したの。ついでに比較用に全タレント分も」
「わざわざ集計したの? レコメンドである程度分かるじゃない」
「そ。なんでかっていうと、最北南のチャンネル登録者の年齢層なんだけど、『その他』が他の人に比べて多いって佐竹が気づいた。これがなんでかを調べたかったのが最初ね」
雫花は最北南のチャンネル登録者の年齢別グラフを見せる。これもツールで綺麗に作られている。そこに表示されている『その他』をクリックすると、そこから更にブレークダウンして見られるようになっているようだ。
「で……これが『その他』の人がどういうチャンネルを見てるか。最北南の30万人に登録している人がどこを見てるか、ね」
Vtuberのアイコン付き棒グラフが並んでいる。チャンネル登録者が他にどこを見ているか集計したもののようだ。
一位は氷山イッカク。VTuber好きな人ならとりあえず登録しておくか、くらいのものだろう。そこから同期の四人の名前が並ぶ。これも普通。問題はその後だ。
「南島二郎……林退二……平本夏美……これ、演歌歌手?」
安東さんが尋ねると雫花は大きく頷いた。
「そういうこと。Vtuber好きの人たちは演歌歌手のチャンネルは登録していないし、逆も同じ傾向だった。要は最北南のチャンネル登録者には2つの大きなグループがある。VTuber好きと演歌好き。後者って老人なんじゃない? ってのが今日持ってきた私の仮説」
安東さんは腕組をして真剣にダッシュボードを眺めている。
「うーん……まぁ……ありえなくは……ない?」
まだ安東さんは自信が持てない様子で首を傾げる。直感的にはVTuberは若者や中年くらいまでがターゲット層だろう。それを老人が見ているなんてにわかには信じがい話ではある。
「私も信じられなかったけど、南の配信をちゃんと見てみたんだ。あの子の配信はほんとジジババ向けって感じだったね。やれ暑くなってきただの寒くなってきただの台風が来ただの、田舎はどうだセミの抜け殻を集めただの、スーパーで買った漬物が美味しい、ストレッチが楽しい。コミュニティラジオみたいな話ばっか。後は、歌枠もやってるけどボカロも流行りの歌も一切無し。私が想定してるユーザーは誰も知らないような昭和の曲ばっか。てぇてぇもキャピキャピもなんもないんだからそりゃいつもの層には受けないよねって感じ」
疋田さんのキャラなので少々の変なトークは受け入れてしまっていた。どうやらあれは普通ではないらしい。
雫花は更に別のグラフを表示する。
「で、こっちが最北南のチャンネル登録者の単推し率ね。二人以上VTuberをチャンネル登録してる人を除いた率。100人の中で一番高いの。つまり、最北南のチャンネルを見ている人は他のVTuberをほとんど見てない」
雫花は自分の仮説を肉付けするデータを色々と用意しているようだ。
「それで、これがタレント別の配信中と配信後の視聴率ね。配信は基本夕方から夜にやることが多いけど、南の配信はリアルタイムより、アーカイブ視聴の方が多い。それも日中時間帯ね。朝の5時くらいから数字が跳ね上がる。これは他のタレントの視聴傾向とは全く違う。生活リズムから見方から何からなにまで違う人が見てるって証拠」
更に雫花はダメ押しとばかりにもう一つ円グラフを表示する。
「で……これは最北南の動画を見てる人の視聴デバイスの割合。普通はスマホ、パソコンがメイン。テレビなんてごく少数。だけど、南の場合はテレビ一強。テレビのアプリから見てる人が多いの」
「つまり……雫花が言いたいのは、昼間に暇な老人が南のアーカイブをテレビから見てるってこと? 演歌歌手のついでに?」
雫花は大きく頷いて「データ上は、そうかもしれないと思われる」と補足する。
「まぁ……調べてみるかぁ……知り合いの介護事業やってる人に聞いてみるわね。VTuberって老人も見てるの? って」
「うん、よろしく」
「で、その仮説が当たってるとして、次は打ち手の話ね。配信を従来の顧客層……要は若年、中年のオタクね。そこに寄せていくか、老人の数字を取りに行くか。普通に考えたら前者よねぇ……」
「それはその通り。これまで通り、金太郎飴みたいにやるのが手っ取り早いし」
安東さんと雫花の言うことはもっとも。これまでの実績やノウハウを活かすならオタク向けにシフトする方が手っ取り早い。だけど、それは疋田さんの良さを殺すことにも繋がる気がする。
あの『ズレ』を楽しんでいる人だっているはずだし、そこに老人という新しい需要を掘り当てたのかもしれないのだからこれを捨てるなんてとんでもない、と思う。
「でも……後者ならカニバらないですよね? 金太郎飴もいつかは飽きられる」
安東さんと雫花が同時に俺の方を向く。
「佐竹く……有照君。これややこしいわねぇ。まぁ、いいや。人気者になる手っ取り早い方法って、人気者になることなのよ」
「えっ……はっ……え?」
一瞬脳みそがフリーズして理解が出来なかった。政治家構文でもこんな意味の通らない無茶苦茶な事は言わないはずだ。
「矛盾してるように思うかもしれないけど、要は広告でひたすら露出を増やすってこと。一定数いるのよ、人気者が好きな人。個性とかじゃない。人気かどうかが大事。自分で何が好きか考えられないのかもね。ま、そういう層を取り込むために決まったフォーマットに沿って企画して、宣伝しまくって、応援してもらって、えくすぷろぉらぁの今の規模があるの。それが金太郎飴って雫花が言ってたものの正体ね」
安東さんは顔には出さないが、内心カチンと来ているのかもしれない。
「す……すみません……別にこれまでのやり方が悪いとか言いたかったわけじゃなくて……」
「あぁ! 怒ってるわけじゃないの! ただ、言葉の共通認識として、ね。社内用語みたいなところもあるから」
「はぁ……でも、本当に……最北南の良さはズレていることだと思うんです。むりやり型にはめても、誰も得をしない気がするんです」
安東さんはニヤリとして頷く。
「そうかもね。ま、南の大ファンの意見だからとても貴重。私はみんなのこと、フラットにしか見れないからさ」
「じゃあまずはテンプレから外してやってみる?」
雫花の提案に安東さんはまだゴーサインを出しきれないようで、「うーん」とだけ言うに留める。
「老人は見てくれててもお金になるのかなぁ……投げ銭もしないしグッズも買わないんじゃない?」
「ま、そこで新たなマネタイズの仕方を考えるのが社長の仕事じゃない?」
雫花のフォローは鋭く安東さんに突き刺さる。
「いやぁ……まぁそうねぇ……とりあえず介護事業やってる知り合いにヒアリングかな。で、雫花の仮説が当たってたら考えてみるわ。あの子の良さを引き出す方向でね」
安東さんは俺に向かってウィンクをすると、そそくさと名刺が大量に入った箱をひっくり返し「介護……デイケア……所長……」とブツブツといいながら捜索を始める。
その様子を見て雫花が俺の腕を突いてきた。雫花の方を向くと、サムズアップとウィンクのセット。高校生なので恋愛感情とかはないけれど、可愛い仕草がよく似合う人だ。
安東さんの名刺捜索を手伝おうかと思って立ち上がるが、安東さんはそれを制し、俺と雫花を部屋から追い出した。
「お疲れ。佐竹のおかげだね。チャンネル登録者の分析はこれまで出来てなかったから、ああいうのが他の皆にできるともっと伸びると思うんだ。コラボの組み合わせとかね」
雫花はにっこりと笑って俺の頬をつねってくる。
「別にほっぺはつねらなくてもいいじゃん……」
「つねるよ。私の電話2回も無視したよね?」
「あっ……あれは……」
疋田さんの観察でそれどころではなかったのだ。とはいえそんなことは言えない。
「というわけで、打ち上げ、行こっか。二人で。佐竹の奢りで。ま、割り勘でもいいよ」
「まだ成果も出てないけど……」
「じゃあ成果を出すための決起会! 名目は何でもいいよ。行きたいとこがあるから」
「ま……まぁ。じゃあ行こうか」
そういえば雫花ってお嬢様だったよなぁ……五百万が入金されても足りないなんてことにならないか不安になりつつ二人でオフィスを出た。
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