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疋田さんはアデリーに対してかなりのガツガツ具合。やんわりと断ろうとするアデリーに対して、自分の最寄り駅近くの建物を集合場所として一方的に指定してきた。
これでアデリーが来なかったらどうするのだろう、とか、そもそも仲良くない人との距離の詰め方おかしくないか、とか色々ともやもやしてしまう。
そんな疋田さんのらしくない行動に驚きつつも、俺は集合場所を、道路を挟んで観察できるカフェへやってきた。
最寄り駅の前に立っている洋風なレンガづくりの建物。そこの壁沿いは日陰になるので待ち合わせスポットとして重宝されるらしく、等間隔に人が立ち携帯をいじっている。
約束の時間は午後四時。きっちり5分前に疋田さんはやってきた。
身に纏っているのはいつもの全身黒コーデではなく、オフコラボの外出用に俺と買いに行ったオレンジ色のワンピース。
さすがに昼間の人通りが多い時間に出歩くのは慣れていないようで、若干そわそわしながら自分の位置を探して彷徨いている。
『つきました! 無理言ってすみません。よければ来てください』
百歩譲ってアデリーが最北南の大ファンだったとしたらホイホイ乗ってくるかもしれないけど、そうでない人にとってはあまりに無茶苦茶な要求だ。
そんな一般論よりも、疋田さんの服装や行動の根底にある何かにモヤモヤを覚える。
だが、自分の仮説に自信が持てず、有識者に尋ねてみることにした。
『雫花先生、お聞きしていいですか』
女性目線で意見をもらえる人がいなさすぎて雫花に連絡を取る。
『何? あ、データありがと。今色々とグラフ作って試してるよ』
データの取得のついでに、雫花にはエクセルよりも直感的に操作できるBIツールを紹介した。結局は本人の苦手意識の問題なのだろうけど、こっちならうまく使えそうということで、俺の作ったグラフを更に深堀して分析しているらしい。
『忙しいとこごめんね。質問があってさ。Q1、普段真っ黒な服しか着ない人が、特定の人との待ち合わせにお洒落をしてる時ってなんなんだろうって』
雫花からは即レスで返事が来る。
『そりゃ好きな人とデートなんじゃないの?』
「ですよねー」と独り言が漏れる。疋田さんはアデリーの顔も声も知らない。だからまずは会ってみたい、ということなのかもしれないけど、疋田さんの基準が分からなさすぎる。いきなりそこから行くのか、と。
普段の感じなら「DMでやり取りしてる人なんて皆オフパコしたいだけっすよ」とか言いそうなのに。疋田さん、オフパコしたいの? と被害妄想にも似た考えが頭をよぎる。
『じゃあ……Q2ね。その様子を観察している第三者がいるとして、第三者がモヤモヤするのってなんでなんだろう』
『どっちかのことが好きなんじゃないの? いきなりどうしたの? 電話でもする?』
雫花先生、忙しいだろうに滅茶苦茶に優しい。早速電話がかかってきたのだが、Q2の回答については異論があるので無視。議論の余地もない。このモヤモヤは恋ではない。断じて否。
俺がここに来たのはアデリーの中の人として責任があるから。疋田さんが諦めて無事に帰ってくれるのを見届ける義務があるからだ。
『すみません。今日も仕事が忙しくて……向かえそうにないです……』
疋田さんを帰宅させるためにとりあえず今日は行かないとアデリーからDMで返事をする。そもそも勝手に指定された日と時刻だからアデリーからしたら行く理由も義理もないのだ。
俺がメッセージを送ると疋田さんはすぐに携帯を開いた。
『承知です! 適当に駅ナカをブラブラしてるのでもし都合がつきそうなら教えて下さい!』
「もう脈なしだって……」
こんな必死な疋田さんは見たくない。しかも駅ナカと言ったくせに律儀にその場から動かずに待っている。
雫花先生に考察を依頼する。
『Q3、当日にデートをブッチされたのにずっとその場で待ってる人の心境を答えよ』
またも即レス。
『やけになってナンパ待ち? わかんないけど。てか電話無視しないでよ。相談あるんじゃないの?』
またも電話がかかってくるが無視。疋田さん、ナンパ待ちしてるの? と思うとそわそわしてしまい雫花と話すどころではない。
確かに通りかかる人はチラチラと疋田さんのことを見ている。何人か話しかけているみたいだが、一向に相手にされないようで、疋田さんはその場から動かない。
ナンパ待ちにしてはかなり選り好みしているようだ。
そのまま時々やってくるナンパを撃退しながら一時間が経過。さすがにこのまま疋田さんを何時間も立たせているのは忍びない。
偶然通りかかったことにして、あそこから動かすことにした。
荷物を片付け、自然と疋田さんの立っている通りを歩くようにぐるっと回り込む。
俺が回り込んできても疋田さんはまだ同じ場所に立っていた。
「あの……」
「ナンパ、宗教、ウォーターサーバーはお断……あれ? 佐竹さんですか?」
どうやら断るための定型文も出来ていたらしい。
俺の顔をしっかりと見た上で、確証を得るためなのか「ですか?」と聞いてくる。
「えぇ、本物の佐竹ですよ」
「わぁ……こんなところで……奇遇ですね」
疋田さんからすればこれは本当に奇遇。最寄り駅なのでありえなくはない遭遇だけど。
「誰かと待ち合わせしてるの?」
「はい。ペンギンさんを待ってるんです」
ペンギン……アデリー……アデリーペンギン。なるほど。
「ぺっ……ペンギンはこんなところ歩いてないと思うけど……」
「そうっすね。でも、その代わりに佐竹さんが現れました。佐竹さんですよね?」
どれだけ確認してくるんだろう。これが今日の疋田さんのブームなのかもしれない。
「そんな、ルパンが変装して近づいてきたりしないから……まだペンギンを待つの?」
「どうしましょうね。あ、服どうですか? 初めて着てみたんです」
一時間待っているというのに疋田さんは全くイライラした様子もなく、俺に服の感想を求めてくる。
「に……似合ってるんじゃないかな。この前のバイト先の研修のときは着なかったの?」
「勇気が出なくて……いつもの黒で行きました」
アデリーとのデートには勇気が出るんですね! そうですか! と心の中で架空の存在に嫉妬をぶちまける。
アデリーは俺だ。だから嬉しいことでもあるはずなのに。あれ? なんで嬉しいんだ? いや、嬉しくはない。何故か急に俺以外のところへ疋田さんの矢印が向きそうになっているから寂しいだけ。それだけだ。
よく見ると、疋田さんはボブの毛先もキレイに巻いて、片方だけ耳にかけていて、彼女なりに色々と気を使っているのが見て取れてそれがまた心をざわつかせる。
「で、どうしましょうね、私。帰った方がいいんですかね? 一時間くらい待ってたんすよ」
なんてこと無さそうに言う疋田さんを見ていると何故か胸のあたりが苦しくなってきてこれ以上ここにいたくなくなる。
「それは帰ったほうがいいかもね……俺はもう帰るところだから。それじゃ」
おもむろに立ち去ろうとすると、疋田さんは俺の腕を掴んできた。
「なら……私も帰ります」
「いいの?」
「はい。多分、今日は会えない気がするので」
「そ……そうなんだ」
疋田さんはアデリーの何が気になっているのだろう。
中の人は同じだが、疋田さんは俺ではなくアデリーを求めている。その理由が分からず、モヤモヤしながら二人で同じマンションへ向かうのだった。
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