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 最北南のチャンネル登録者倍増プロジェクト。メンバーは俺と雫花の二人。


 オフィスにある一番小さい会議室を専有してキックオフの開始だ。


「まずはこの活動の目的の確認からだね」


 雫花はペンを持ってホワイトボードの前に立つ。


 ・目標:半年後に登録者数70万人達成(成海さん設定目標は65万人)


 現在が30万人程度。この半年で40万人を増やし、その後の半年で30万人を増やせば必達ラインに到達できる。


 半々に按分するよりは、内々では前半に高めの目標を設定しておいたほうが良いのも納得。


 安東さんの設定したラインは65万人。そこを達成できればひとまず直近のクビは回避できるようだ。


 それにしても容赦ない。だが、それに耐えられる人だけが生き残り、超エリート集団となり地位も名誉もお金も得られる、というのはさもありなん。そこに食らいつくのが疋田さんに求められていることなのだろう。どんなモチベーションでやっているのかは分からないが。


「まぁ……そうなるよねぇ……」


「大丈夫だよ。これまでも私のアドバイスでどうにかなってきたからさ」


 雫花は自信満々にそう言って数値のところに線を引く。


「じゃ、やり方は任せるよ。スケジュール感は……」


「とりあえずなるはやでデータを集めて。これが今まで使ってたやつだから」


 ま、そんなものだろう。二人だし、やれることをやれるときにやるしかない。


 雫花が指差すのは数冊のバインダーと表紙がボロボロなノート。これまでは紙出力と手書きのアナログ方式でやってきたらしい。


 パラパラとめくるとかなり書き込まれていることは分かるが、やっぱり中身は理解不能。これを引き取るのは無理だ。


「しっ……雫花。普段集めてるデータと、そこから計算してる指標とか、一通り書き出してくれるかな?」


「うん、いいよ」


「それで集めないといけないデータが分かったら俺も動けるから」


「はーい。でも、分っかんないんだよねぇ……他の人と同じように宣伝をして、同じように配信をして、同じような土俵にいるはずなのに……なんであの子だけ伸びないんだろ」


「歌枠の選曲が渋いから?」


「まぁ……それもあるかもね」


 最北南は定期的に歌枠配信をしているが、いかんせん選曲が古い。疋田さんが爺さん婆さんのアイドルだったからなのか、本人の趣味が偏っていて、昭和の曲ばかり歌っているのだ。ボカロやはやりの曲はほとんど歌わないし、歌っても一番だけとか、そのくらいだ。


 雫花は俺の思いつきに相槌を打ちながらホワイトボードに見ている指標を書き出していく。


 配信毎の時間、ユーザー平均の視聴時間、同接の推移、リピート率、アクティブユーザー率なんかを見ているようだ。特段気になる項目はないが、どれも配信サイトの分析画面で取得できそうなものばかり。


「これ……いちいち紙にうつしてるの?」


「昔は分析画面がイケてなかったから。今もそんなに使いやすいわけじゃないから、慣れてる方法がいいんだ」


「まぁ……それもそうか」


 雫花からは職人のような気難しさを感じ取る。あれもこれも否定して作り変えると反発されそうなので、非効率な部分だけうまいことやってあげたほうが良さそうだ。


「あれ……そういえば、ユーザー側の分析とかはしてないの? 年齢層とか、他に見てるチャンネルの傾向とか」


「一回見たけどあんま他と変わんないわよ?」


 そう言って雫花はブラウザを開き、配信サイトにログインして最北南のチャンネル登録者の年齢別分布を表示する。さすがにこれはアナログではないらしい。


 確かに10代、20代が多く、年齢層が上がるほど割合が減っていくというなんの変哲もないグラフだ。


 だが、20代と同じくらいに『その他』という分類の人がいる。


「これ……なんなの?」


「あぁ……多分きちんとプロフィールを入力してない人かな。他のタレントでもそれなりにいるから、多分中身の分布は似たようなものだよ」


「ふぅん……」


 何かが引っかかる。雫花の経験則も確かなのだろうけど、本当にここも思い込みでスルーして良いのか、と変なカンがはたらいた。


「これ、他の人のグラフって見られる?」


「うん、じゃあ……同期の人達がいいかな」


 雫花は手早く最北南の同期達のチャンネル登録者の年齢分布を表示してくれた。


 若者ほど多く、年齢層が上がるに連れて比率が下がる。その他もそれなりにいる。確かに似た形だ。


 だが、最北南の分布より形がハッキリしていて、若者比率が高く、『その他』が少ないのが気になる。


「これ……最北南だけ『その他』が多くない?」


「そうかな? うーん……まぁ、確かに。ちょっと多いかも。全員分見てるから、なんとなく、感覚的にだけど」


「これ、気になるね。チャンネル登録をしているユーザー側の分析はしてるの?」


「そっちはあんまり。分析機能もないし」


「良くそれでこれまでやれてたね……」


「良くも悪くもフォーマットが決まってるからね。ターゲット層は皆似たようなものだから。あれとこれを決めて、いつ頃何をやって、みたいな感じでお金かけて広告打って筋書き通りやっていけば今の市場ならこのくらいはいくんだ。だからこそ、フォーマット通りにやってうまくいかない南は難しい」


「なるほどなぁ……」


「ま、そういう意味だとチャンネル登録者の分析もやりたいかな。南が刺さってる人が従来のユーザー層と違うのかも」


 まさに俺が抱いていた違和感の正体がそれだ。頷くと雫花は唇を尖らせ、新たな悩みが出てきたことを表現してくる。


「でも……やるとなったらデータ集めからだね。チャンネル登録をしているユーザー毎にどのチャンネルを登録してるかデータ取らないといけない。何十万人分もそんなことできないよ」


「手作業ならね」


「え? できるの!?」


 雫花は驚きながら机に手をついて前のめりになる。


「出来るんじゃないかな……多分」


 配信サイトの情報取得方法を見ていると、チャンネル登録ユーザーの一覧と、ユーザー単位の登録チャンネルの両方が取得できるみたいだ。


「うん、できるね。要は……山田さんがA、B、Cってチャンネルを見てて、田中さんがA、B、Dってチャンネルを見てる、みたいなデータが取れる。最北南のチャンネル登録をしている人がどんなジャンルを見てるか分かるはずだから、そこから打ち手を探してみる?」


「うーん……そうだね。確かに。今までと同じことだけじゃわかんないもんね。両方やってみよっか。いつできるの? 明日?」


「今日中には済ませるよ。集計して、簡単なグラフにするところまでかな」


「えぇ!? 早!」


「まぁ……そんなもんだよ」


 手作業に比べれば圧倒的なスピードなのは間違いない。


「じゃ、データ取れたら教えて。中身は私も見てみるから。南とのミーティングも入れておくね」


 雫花はデータ集め以外の部分はテキパキと進めてくれる。本当に高校生なのかと疑いすらしてしまうほどだ。


 荷物を片付けると、また「これから配信があるから」と言って会議室から出ていった。


 仕事に取り掛かる前に息抜きがてら携帯を開く。


 気まぐれにアデリーのアカウントにログインしてみた。Edgeからプレスリリースが出てからは炎上も収まりあまり見ていなかった。


 動きの少ないダイレクトメッセージの欄の上側に見覚えのあるアイコンが表示されている。最北南だ。


『お久し振りです! 以前は超助かるツールを作ってくださってありがとうございました! 風のうわさでえくすぷろぉらぁに入社されたと聞きましたが、お礼も兼ねてご飯とかどうでしょうか?』


 アデリーのプロフィールには性別:男と設定している。友達作りをしたがるタイプでもないだろうし狙いが読めない。


『お久し振りです。あまり会社には行かないのでタイミングが取れないかもしれません……』


 それとなく断ってみる。最北南からは即レスで返事が来た。


『最寄り駅どこっすか? 私は立山駅なので、近ければ全然行きますよ。遠くても行きますけど』


 え? 疋田さんがっつきすぎじゃない?

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