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買い出しを終えて帰ってくるなり、疋田さんは日本酒を箱から取り出した。
「おお……金粉っすよ。金粉!」
底に沈んだ金粉を見るために瓶を持ち上げながら疋田さんは興奮した声をあげる。
人間、分不相応な金を持つと気が大きくなるもので、「まぁ五百万入るし?」みたいなテンションでかなりお高めの日本酒を買ってしまった。
なんだかんだで疋田さんは半分出してくれたので、たこわさだけが奢り。
「これは……じゅるりですね」
「疋田さん……完全に酒にハマっちゃったね……」
「いいんすよ。今日はヘラヘラの実だったので、しこたま飲んで寝るんです。ほんで明日から本気出せばいいんです」
疋田さんのメンタルの打たれ強さというか、へこたれなさは見習いたい。落ち込むけれど、すぐに復活する。
「じゃ、乾杯っす」
疋田さんは一人でトクトクと日本酒を並々と注ぎ、零さないようにゆっくりと口に運ぶ。
「んん……うまいっすね。これ、水じゃないっすか?」
「それ、ほんとフラグだよ……」
「フラグはへし折るものです。任せてください」
たこわさを箸で一つまみして、日本酒をクイッと飲み込むと疋田さんは笑顔で俺を見てくる。
俺も疋田さんのペースに飲まれないようにしつつ、ちびちびと飲み始める。
一時間くらい、疋田さんの良く分からない田舎あるあるトークを聞いていると、不意に「佐竹さん」と呼びかけてきた。
「何?」
「あのカップル、今頃何回戦目ですかね……」
思い出に浸るように疋田さんがしみじみとそう言う。
「知らないよ!」
「実際問題、男の人って何回くらいできるもんなんですか!?」
疋田さんが前のめりになって聞いてくる。ダメだこの酔っぱらい。
「なっ……何回……? 個人差があるんじゃ――」
はぐらかそうとしていると更に距離を詰めてくる。
「個体差があるのは承知しています。佐竹さんの個体性能を聞いているんです!」
個体性能と言われると急に答えたくなくなってくるのはなんでだろう。そもそも未経験だし。
黙っていると、疋田さんはハッとした顔をして口を手で覆う。
「もしかして……佐竹さんって彼女いたこと……ない?」
「ないけど……いいじゃんか」
ちょっと恥ずかしいので顔を逸しながら答える。
「悪いとは言ってないっすよ。私も同族なのでそれは自分自身を否定することになりますから。時になぜ佐竹さんに良縁が無いのでしょうね? 客観的に見ればこんな面倒なやつの相手をするくらいの優しさを持っている人なのに」
自分のことが面倒なやつという自覚はあるらしい。多分褒めてくれているのだろう。
「何でだろうね……俺が聞きたいくらいだけど」
「大学、いい人いないんすか?」
「いないかなぁ……そもそも男の比率が高すぎるからね」
「さすが工学系……」
「そういうこと」
「じゃ、じゃあバイト先とか」
「バイト先ねぇ……」
前の会社も男だらけ。Edgeで絡んだ女性は女子高生とバリキャリ女社長でどっちもそういう感じではない。
「いないけど……なんでそんなこと気にしてるの?」
「ふぇ!? い、いやいや……あれですよ。そのー……ほら。ここにいつまでこうやって入り浸れるのか気にしてたんです」
「あぁ……まぁ少なくとも大学を出るまでは何もない気がするけどね。周りにいないから」
自分で言っていて悲しくなってくる。こんなに女っ気がない生活を送っていたのかとまざまざと実感してしまうからだ。疋田さんが余計なことを言わなければ忘れていたのに。
「取り急ぎ了解しました」
メールの定型文のような返事をすると疋田さんはまた酒との対話に夢中になる。
酒を口に含み、天井を向いて鼻から楽しそうに息を吐いている。
「あぁ……たまらんす。でもやっぱ強いっすね。クラクラしてきましたよ。このまま寝落ち出来そうです」
「今日こそは下で寝てよ……」
「えぇ!? 泊めてくれないんですか!?」
「どっちかが床で寝る羽目になるからだよ」
「じゃ、一緒にベッドで寝ますぅ?」
疋田さんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「寝ません」
俺の返事を聞くと、唇を尖らせて酒を追加。この人、本当に大丈夫なのだろうか。色々な意味で。
「でも……佐竹さんのベッド、私の部屋のやつよりちょっとデカいんすよね。気のせいかな?」
俺のベッドはセミダブルサイズ。疋田さんの部屋にあるものがシングルであれば大きいのは気のせいではない。
「どっ……どうかな……」
「私の携帯のサイズが15センチくらいなので、それで測れますね」
人の部屋のベッドのサイズがシングルだろうとセミダブルだろうとどっちでもいいじゃないか、と引き止める日まもなく疋田さんは立ち上がって俺のベッドの幅の計測を始めた。
「ひぃ……ふぅ……みぃ……かけることの……おぉ! セミダブルですか! 私、すごくないですか!?」
「すっ……すごいね……」
「でもなんでなんですかね? 佐竹さん、そんな横幅はデカくないのでシングルで良さそうじゃないですか?」
ベッドを買ったのは大学一年の時。これから始まるであろうめくるめく生活に思いを馳せながら、いつ女の子が泊まりに来てもいいように大きめを選んでいたのだ。
結局、二人分の体重を支えたのは今日疋田さんを慰めたときが初めてというくらいに意味はなかった。
「何でもいいでしょ。値段が一緒だったから大きい方にしたんだよ」
「なるほどなるほど。そういう事もありますね」
疋田さんは俺の弁解を全く信じていない。まるで若き日の俺の浅はかな夢を見透かしているかのようだ。
少しイラッとして視線を外すと、疋田さんは「キャー」と楽しそうに叫びながらハイハイで近寄ってきた。既に歩くことすらままならないらしい。泊まりは確定。後はどうにかして床で寝させればいいだけだ。
酔っぱらい疋田さんの対処法を考えていると、疋田さんは俺の髪をワシャワシャと乱してくる。
「佐竹さん、可愛いっすねぇ。ん? 意外と綺麗な顔してますねぇ」
そう言う疋田さんのキョトンとした表情もまた可愛らしい。至近距離だと中々の破壊力だ。黙っていれば、だけど。
「あ……ありがと」
お礼を言うと、疋田さんはニヤリと笑って俺を押し倒してきた。
「え……ちょ!」
蛍光灯の灯りが後光のようになって、真っ黒な服を着た疋田さんを縁取っている。
「あぁ……佐竹さんってほんと可愛いっすね。ペンギンみたいっす。食べちゃっていいすか? ペンギンさん」
真っ黒な服を着たシロクマは獲物を捕食するかのように意地悪く興奮した様子で微笑む。
何の隠語だろうと考えていると、疋田さんはいきなり俺の首筋に顔を埋めてきた。
極薄、買っておけばよかった、なんて考えていると、首筋に冷たい感覚がある。
「ぐぅ……ぐぅ……」
続いて聞こえるのは疋田さんの寝息。冷たいのはヨダレだったようだ。フラグ回収検定一級を授与したい。
力が抜けていてかなり重たい疋田さんを無理やり持ち上げ、ベッドに寝かせる。
寝ているはずなのにゴロゴロと器用に寝返りを打って疋田さんは壁際に移動した。寝相、かなり悪そうだ。
とはいえ、今日は俺も疲れているしベッドで横になりたい。
0.8人分くらいの隙間があるので寝られなくは無さそうだ。
そこに無理やり寝転ぶ。
すると、寝落ちしていたはずの疋田さんはその場でくるくると回転して顔をこっちに向けてきた。
「据え膳、ありますよ」
寝たフリだったらしい。
「寝たフリでヨダレ垂らさないでよ……それに今日はもうお腹いっぱいかな」
「なんと……外でお済ませに!?」
「というかガチで眠い……」
横になると意識が飛ぶまで一瞬だ。
ほんの僅か、左腕に人なのか肉食獣なのかの温もりを感じながら眠りについたのだった。
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