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 疋田さんの目の腫れが落ち着いてきたところで、たこわさと日本酒を買いに外出。既に日は落ちているが、いつもより早目の時間なので行き先はコンビニではなくスーパーになった。


 いつものコンビニを横目に歩いていると疋田さんはいきなり『赤とんぼ』を歌い始めた。空は真っ暗だし、暑さのピークは超えたとはいえ、まだ赤とんぼには早い季節。夏に聞くクリスマスソング程ではないにしろ、季節外れ感は否めない。


「どういう選曲なの……季節を先取りしすぎだよ……」


「懐かしくて。家の周りを歌いながら散歩してたんすよ」


「この辺で?」


「いえ、実家ですよ。すっごい田舎で……田んぼ田んぼ家田んぼ、みたいなとこです。最寄りのコンビニまで歩いて2時間。それに比べればここは天国ですよ」


 平地に広がる田んぼに、数件の家が集まった集落が点在する様子が容易に想像つく。


「2時間って……歩いたことあるの?」


 さすがの疋田さんもそんなことはしないだろう、と思いながら一応の確認。


「DoodleMapで確認しただけですよ。さすがに……いや、一度ありますね。ありました」


「あるんだ」


「はい。高一……かな? そんくらいの時っす。ジャンプでどうしても続きが気になる漫画があって、フラゲのために日付ぴったりにコンビニに着くように家を出たんです。親にはそんなことのために車なんか出さん! と言われたので」


「フラゲできたの?」


「いいえ。四時にならないと入荷しないって言われたので一人で明け方までぼーっと立ち読みしてましたよ」


 疋田さんらしいエピソードだ。このゆるゆる加減は田舎ののどかな中で育まれたらしい。


「よくそれ許されたね……」


「夜勤の爺さんが私のファンだったんです。これでも昔はアイドルだったんすよ。地元じゃ負け知らずってやつです」


「あ……アイドル?」


 地方でそんなことをやっていたのかと驚く。


「えぇ。爺さん婆さんの寄り合いで」


「あぁ……そういうことね。小学生とかの時の話か」


「そっす。ガチのアイドルなんて私にゃ無理っすよ。赤とんぼを歌って、おひねりを貰ってお金を稼いでたわけです」


 歌枠で投げ銭をもらっている今とやっていることは変わっていない。意外と疋田さんには天職なのかもしれない。


 そんな雑談をしていると、やっとスーパーに到着。ディスカウントストアなのでやけに横に広い。食品のみならず、薬や家電まで売っているので日中はお世話になる店だ。


 時間が時間なので3面ある入り口は1面しか開放されていない。


 そこに向かっていると、ちょうど両脇から二組のカップルがやってきた。


 右側は、白いTシャツに白い短パンの短髪色黒男と、プリンになって久しいであろう金髪頭の彼女のチャラカップル。男が彼女の尻のあたりに手を回している。


 左側は、デフォルメされたアニメキャラのTシャツをペアルックで着た地味めなカップル。二人共前髪が目が隠れるくらいに長い。彼女は下を向きつつも彼氏の腕にがっしりと抱きついている。


 ほぼ同時に3組が入ろうとしたので微妙に入り口で譲り合いになった。


 チャラカップル、地味カップル、俺たちの順で入店。


 なぜか店の自動ドアをくぐったところで疋田さんが俺の手を握ってきた。しかも俺の指の間に自分の指を押し込んでくる。恋人繋ぎをしたいのだろうけど、手の相性がすこぶる悪いらしい。


「痛いんだけど……」


「カップルに擬態しようとしたんですが……難しいっすね」


「擬態する意味あるの?」


「ないっすよ」


 それサバンナでも同じこと言えんの? と思う。意味のない擬態は目立つだけだ。


 カップルの擬態がどれほど目立つのか知らないが、酒コーナーを目指して店内を歩いていると、すれ違う人達がチラチラと俺達の方を見ていることに気づく。


 サンプル数は少ないものの、チラ見してくるのは男が多い。そして、視線は俺の肩くらい。つまり、疋田さんの顔の位置だ。


 明るい店内でよく見ると、疋田さんはめちゃくちゃ可愛い。メガネとマスクで顔は隠れているが、それがまた都合のいい解釈をさせるのだろう。もちろんそれらを取ったとしても可愛いのだが。


「そういえば佐竹さん」


「なっ……何かな!?」


 いきなり疋田さんの大きな目が俺の方を向いてきて、不意に目があって驚いてしまった。


「なんすかその反応? というかさっきのカップル、やっぱり地味っぽい二人の方が夜は激しいんですかね?」


 可愛いのは見た目だけ。中身はこれなのだから。


 疋田さんのいつもの変な言動を無視していると、今度は俺の服の裾をつまんで何かのコーナーに誘導してきた。お薬のコーナーだ。薬剤師が必要なもののエリアには網がかけられているものの、それ以外のものはいつでも買えるらしい。


 その一角にさっきの二組のカップルが立っていた。それぞれ若干の距離を保ちながら何かを物色している。


 疋田さんはニヤニヤしながら彼らの背後へ向かう。


「これどうよ? イボがついてんだってさ」


「えぇ〜。ちょ、マー君やだぁ」


 チャラカップルが手にしたのはギラギラなパッケージのコンドーム。イボ付きらしい。チャラカップルはそれを一箱手にして去っていく。


「極薄?」


 今度は地味カップルの彼氏が彼女へ尋ねる。


「0.01しか勝たん」


「わかりみ」


 地味カップルはシンプルな薄手のタイプをカゴに4箱放り込む。


 ん? 4箱?


 彼らが去っていくのを眺めながら、疋田さんは唖然とする。


「え……あ、ああいうのって……そんな頻繁に取り替えるものなんですか?」


「いや……わかんないけど……一箱あればいいんじゃない?」


「だとすると……ただの買い溜め……っすよね」


「そう……じゃないかなぁ……」


 疋田さんの適当な冗談が現実味を帯びそうになったので、二人して言葉を濁す。


 疋田さんはさっきの地味カップルが見ていた棚に近づき、同じものを一箱取ってカゴに放り込んできた。


「0.01しか勝たん」


「似てないよ」


「苦手なんすよ、声真似」


 疋田さんは自然体で笑いながらかごに入れた極薄コンドームを棚に戻す。


 最早「え? まさか誘われてる?」とすら思わないくらいの関係性になりつつあることに気づく。


 疋田さんは一体何なのだろうと考えながら、大量に並べられた日本酒を二人で選ぶのだった。

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