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「最北南が……クビ? まだ一ヶ月くらいですよね?」
「えぇ、そうよ。だから今は様子見期間。裏を返せば評価する期間でもある。とにかく彼女のチャンネル登録が伸びないのよ。このままじゃ3Dモデルを作っても赤字。グッズも売れない。かといって作らないとなんで南だけ? って視聴者も思うでしょ?」
「そうなんですか? 30万人はいたような……」
「個人勢なら御の字だね。基準が厳しいんだ、うちは」
雫花が資料を使って説明を始める。さっき見かけた分厚い資料はこれだったようだ。
「氷山イッカクの登録者数は300万人。ま、私は長いことやってるから比較対象にはならないけどね。南と同時デビューした他の四人は既に60万から80万のレンジにいる。半年も続ければ百万人を超えるペースなんだ」
雫花が見せてきた棒グラフは所属タレント別のチャンネル登録者数。最北南のところだけ凹んでいる。
それにしてもグラフがやけにガタガタだ。読めないことはないけれど、とても見づらい。
「これ……グラフって何で作ったの?」
「ペイントだよ。知らないの?」
「ペイントでグラフをつくる人は他に知らないかな……エクセルで作れるから後で教えるよ」
「さんきゅ。で、話を戻すね」
ペイントの件に触れられたくないのか、雫花はそそくさと話を戻す。
「まぁ……今のバブル状態だと少なくともデビューから一年後には百万人を突破するのが最低条件。今のペースだと……二年後だから結構厳しい」
最北南に絞ったチャンネル登録者数推移の折れ線グラフ。将来の部分は点線で表現されている。右肩上がりではあるが、傾きは小さい。
「もしかして……この折れ線グラフも? 予測数値も?」
「このグラフはパワーポイント。予測は手計算」
「エクセルの使い方教えるね……」
「さんきゅ」
雫花は照れ隠しにグラフをまたすぐに隠す。
安東さんはやれやれといった感じでため息をついた。
「まぁ……仕方ない面もあるのよ。同期デビューの四人は元々活動していた人達ばかりだから。いわゆる前世ってやつね」
「元からいたファンでかさ増しされてるってことですか?」
「それは多くて数万人規模だよ。だからそれだけじゃ説明はつかない。もちろん、経験値の差っていうのもあるけどね。それにこれは個人の問題だけじゃなくて箱の問題にもなりかねない。天下のえくすぷろぉらぁでこれくらい? ってなると今後のデビュー組にも影響が出ちゃうの」
雫花はすぐに安東さんのフォローに噛みつく。
「絶対にポテンシャルはあるのよ、あの子。あとは爆発するだけなんだけど……きっかけを掴む前に腐っちゃいそうでね。だからこの半年が勝負なの」
「それで……俺に何ができるんですか?」
「データ分析の基盤を作って欲しいの。雫花は毎週所属タレント全員の数字を集計して、改善の打ち手まで考えて皆にアドバイスしてる。それがここまでえくすぷろぉらぁが伸びた要因でもあるの。だけど今回みたいな詳細な分析をするには……原始的すぎてちょっとね」
ペイントでグラフを作るくらいなので確かに難しいだろうとは思う。雫花も顔を赤くして俯く。さすがの安東さんも見かねて口を出したのだろう。
「なるほど……どんな数字を見たいかは雫花が考えて、俺はそれをプログラムでかき集めて可視化するって分担ですか」
「話が早くて助かるわ。当面の活動は最北南のチャンネル登録を伸ばすことが最優先ね。開発チームとのタスクは半々になるように調整しておくから」
「分かりました。あの……一つ相談があるんです」
手伝うことは分かった。けれど、これを進めていくのに心配なことが一つある。疋田さんのメンタルだ。ただでさえ初回の人気投票が最下位で落ち込んでいた。これに契約解除がチラつくダメ出しは心に来るものがあるだろう。
それをサポートする役割が必要だ。俺は有照として裏に回るから、マネージャーあたりが疋田さんを慰めるポジションに回るべきだろう。佐竹として聞ける話は限られるのだから。
「何かしら」
「これ……南さんには結構キツいことを言うこともありますよね」
「えぇ。なんなら今しているような話をこの後にするつもりよ」
「裏からもバックアップする人がいたほうがいいと思うんです。メンタル面とか」
「えぇ、そうね。どうしようかなぁ……マネージャーと相性は悪いし、かといって配置換えするには時期がなぁ……同期デビュー組も自分と比較しちゃうし相談しづらいわよねぇ……」
安東さんは腕を組んで悩み始める。マネージャーはダメ。所属タレントもダメ。意外と八方塞がりだ。
少しして「あ!」と安東さんは良いことを思いついたようにニヤリと笑う。
「佐竹く……有照君はどうなの? 南のファンなんでしょ? 『どしたん? 話聞こか?』って白馬の騎士になってみない?」
佐竹として話を聞く機会はあるはず。それに更に有照として話を聞くなんてややこしいことなるべくしたくない。ボロが出てしまいそうだ。第一、声でバレる。
「いっ、いやぁ……それ、大丈夫なんですか? タレントとは気軽に絡めないって言ってたの安東さんですよね」
それとなく断ろうとしたが、安東さんは手を振って笑い飛ばす。
「君なら大丈夫よ。ガチ恋とかしなさそうだし。あ、一応伝えておくと、事務所のルールで恋愛禁止とかはないから、そこも気にしないでいいわよ」
「どっちなんですか……」
「皆、大人だからね。任せるわ」
「はぁ……」
結論は出なかったが、不特定多数の目に触れるのだからメンタルお化けが多い業界だろうし意外とそこのケアまでは意識が回らないのかもしれない。
「まぁ……まずは検討に必要なデータ集めからね。有照君、雫花から聞きながらやってみてくれる?」
「はい、分かりました」
「今日は今から配信だから、また明日かな。じゃあね成海さん、佐竹」
方針が決まると雫花はそそくさと社長室から出ていく。
その背中を見送りながら安東さんは頭を抱える。
「あの子、VTuberの話だと真面目にやってくれるんだけどねぇ……あんな非効率なやり方で時間使えるくらいにバーチャルの世界に全振りしすぎてリアルは友達もいないし、学校もいかないし……本当大丈夫なのかしら」
「楽しんでやってるならいいんじゃないですか? それで成果も出てるんですよね?」
「そうだけど……まぁ、姉みたいな立場で見てるとね……佐竹君、ホントあの子のこと頼むわね」
「お……俺は有照ですから……」
どんどんと本業以外のタスクが積まれていきそうな予感がしたので、苦笑いしながら社長室から立ち去るのだった。
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