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 雫花を駅に送り届け、オフィスに戻ると安東さんはスケスケの社長室で作業中だった。


「戻りました」


「あら、お疲れ様。どうだった?」


 安東さんは手を止めて顔をあげる。


「一応話はできましたよ。氷山イッカクの中の人で、大学に行きたくないお嬢様。パソコンはかなり苦手。知れたのはそれくらいですかね」


「上々ね。ありがと」


「安東さんとは付き合い長いんですね」


「えぇ。小学生の頃から知ってるわ。昔から可愛くてね……って話はいいわね。仲良くなれそう?」


「まぁ……それなりに」


「フフッ。いいじゃなーい」


「でも……大学に行くかどうかは本人が決めればいいんじゃないんですか? 実家は太いしVTuberとしても成功している。食べていくって観点なら何も問題なさそうですけど」


「ま……色々とね」


「雫花の両親ですか?」


「もうそこまで聞いてるの!? そこまで聞いてくれたなら早いわね。大人の事情で私は雫花の側には立てないの。板挟みって辛いのよぉ? 挟まれてみる?」


「えっ……遠慮しておきます」


 実質俺も安東さんと雫花の板挟み状態だが、圧力は段違いだろうからそんなことは言えない。


「ま、今後も相談したそうだったら話してあげて。優秀な大学院生と話して本人がその気になれば万々歳だから」


「優秀ではないですけど……分かりました」


「あ、そうそう。お礼って言ったらなんだけど、何か出来ることはある? 何でもいいわよ」


 なんでも、と言われても肉は昨日食べたのでそこまでだ。


 そういえば一つお願いしておくことがあったのを思い出した。オフィスに来るまでに思いついていたことだ。


「あ……一つあります。社内での名前なんですけど、偽名って使えますか?」


 万が一に備えて佐竹という名前を隠しておくと身バレリスクは下がる。雫花を見習って俺も意識を高めることにした。


「メールアドレスとかチャットツールとかは問題ないわよ。事務の人とのやり取りは本名も併記してもらうことはあると思うけど……佐竹君って実は佐竹君じゃないの? 村上? 鈴木?」


「いや……有明海の有に照り焼きの照で有照あでりとか……どうですか?」


「アデリーだから有照ってことか。どうですかって……私は何でもいいけれど……理由は聞かない方がいい?」


 安東さんの変人センサーに引っ掛かったのか、かなり控えめに上目遣いになりながら尋ねてくる。


「あ……理由は……まぁそのうち」


「了解。担当の人に伝えておくわね。来週から本格的に開発チームにジョインしてもらうから。時間があれば雫花の相手もしてあげてね。それじゃ、お疲れ」


「はい。お疲れさまでした」


 頭を下げて部屋から出る。これで今日の業務は終了。女子高生と喫茶店に行って話しただけ。初日だしこんなものだろう。


 オフィスを出て駅に向かう。


 電車に乗り込んで暇つぶしにSNSを開くと、最北南がアンケートを投稿していた。


『今日は映画の同時視聴をするっすよ! 視聴映画はアンケートで決めまっす! ①たぶん、うまくいく ②――』


 アンケートは4択。1番だけ見たことがある映画だった。インドのコメディ映画。


 2番以降は海外ホラー、恋愛、南極のドキュメンタリーと続いている。


 4番を選べと言わんばかりのチョイスだが、既に最北南から南極キャラはほぼ消失。ただのゆるい敬語後輩キャラを確立しつつある。


 そんな訳で4番を選んだところで死票になるのは確実。折角なので2番の海外ホラー映画を選んでみる。


 現在の投票結果は1番と2番で拮抗。3番と4番は不人気。


 ホラーになっても疋田さん大丈夫なのだろうか。


 少しだけ心配になりながら、コンビニでご飯を買って家に帰るのだった。


 ◆


『うおおおお! ホラー! 見ますよ! ジェイスン! スマートデバイスで! 心拍数も! 付けちゃいます!』


 横に並べたモニターの左で作業、右でSNSを開きっぱなしにしていると、アンケートの投稿にぶら下げる形で最北南が投稿した瞬間が目に入った。


 心拍数、需要あるのだろうか。


 丁度配信が始まったところだったので俺も最北南の配信と映画のサブスクサービスを2窓で開き、タイムスタンプを合わせる。


 画面に表示されている心拍数は70。文字色は緑なので正常値ということらしい。


「ふぅ……ふぅ……70が平常時っすね。100超えたら色が赤くなるんで。ま、超えませんけどね」


『フラグ立った』


『伏線?』


「ほらほら! オープニング始まりましたよ!」


 テンポ良く進む映画なので順調に殺人鬼が登場。不穏なBGMと共に最初の犠牲者が出てしまった。


「ふおお……天井からと思わせて排水溝からでしたか……」


 心拍数は95。ギリギリ耐えた。


 そのまま連続で二人目の犠牲者が……と思わせて何故か濡れ場に突入。海外ホラーにエロシーンはつきもの。R15指定なのでグロだけでなくエロもそれなりのクオリティ。見せるところはガッツリ見せてくる。


「おっほ……これは……ほほう……」


 南の表情は目を細め、顔を赤らめている。AIも南の声をしっかりセンシティブと判定したようだ。我ながらいいツールを作ったと思う。これがなければ濡れ場に夢中になっていた疋田さんは顔の切り替えを忘れて真顔のままだっただろう。


『心拍数150は草』


『グロ<<越えられない壁<<エロ』


「うわっ! そっ、そんなに行ってました? 壊れてるのかなぁ……」


 終わったと思わせて不意打ちの二度目の濡れ場。また心拍数は150を突破した。


『まぁまぁな運動と同じくらい心臓動いてて草』


「いやぁ……おっかしいすねぇ……」


 結局、濡れ場の心拍数を超えることはなく、海外ホラー映画の見せ場は濡れ場という結論で配信は終了した。


 既に時間は深夜一時。もう少しするとブランコの集合時間だ。結局配信に夢中になっていて捗らなかった作業に戻ると、携帯が鳴動する。


『起きてます? そっち行っていいすか?』


 疋田さんからの連絡。


『起きてるよ。どうぞ』


 既読がついて一分後、玄関チャイムが鳴った。


「早いな……」


 玄関の方へ移動してドアに手を付き、のぞき穴から外の様子を伺うと、殺人鬼と遜色ない漆黒のパジャマに身を包んだ疋田さんが立っていた。脇に抱えている枕も黒。基本的に黒が大好きな人らしい。


「合言葉を述べよ」


 ドアチェーンをつけたまま少しだけ扉を開けてそう呟く。


「何言ってんすか。開けてくださいよ」


 意外と冷たい反応が返ってきたので渋々ドアチェーンを外してドアを開け直す。


 濃い一日だったので、疋田さんと会うのが久々に感じてしまう。


「こんばんは。どうしたの?」


「実はですねぇ……やんごとなき事情がありまして、一人で過ごすのが少々……背後に何がいるような気がしてならなくてめちゃくちゃ怖いんですよ。今晩だけ一緒にいてください! お願いします!」


 ガッツリとホラー映画の影響を受けているようだ。確かにシャワールームやトイレみたいな密室に一人で入るのが怖くなったりするけれど、わざわざ他人の部屋に泊まりに来なくても、と思う。


 それにしても公園に出るお化けの正体と思しき疋田さんがお化けにビビり倒している様は滑稽だ。なんとも可愛らしく見えてくるので少しだけからかってみる。


「あれ? 今日って二人で遊びに来たんだ? 後ろにいる人って友達?」


 誰もいない疋田さんの背後を指さしながらそう言うと、疋田さんは「ひぃぃぃ!」と叫びながら俺の部屋に入ってきたのだった。

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