25
オフィスの角にあるお洒落なカフェを模したボックス席に雫花と呼ばれた女の子は座っていた。
足を組んで眉間にシワを寄せ、タンブラーを片手に林檎のロゴ入りのパソコンと向き合っている姿は、制服を着ていなければ社員と見間違えそうだ。
「あの……そこで見てるくらいなら座っていいんだけど……」
視界の端に入っていたようで、視線はモニターを向いたまま話しかけてきた。許可が出たから逃げられはしないだろうし、正面に座る。
「ど……どうも。佐竹です」
「さっき聞いたよ。私は大宝寺雫花。これもさっき聞いたと思うけど。大宝寺って呼ばれるのは嫌いだから、雫花って呼んでね」
疋田さんとは違うベクトルで、独特な粘っこい声質。これはこれでずっと聞いていられそうだ。
「あ……はい」
「かしこまられるのも嫌いなの。タメ口でいいよ。年上とか年下とか気にする人?」
「いや……そこまでかな」
めちゃくちゃ突き放されるわけではないが、目がこちらを向かないのでどうにも絡みづらい。
雫花は俺には目もくれず、キーボードをガタガタと叩き始めた。よく見ると、同じところを連打しているのか、腕は全く動いていない。
「何をしてるの?」
「コピペ。エクセル」
何となく非効率な匂いがしたので反対側に回り込む。雫花は素直に画面を見せてくれた。
VTuberっぽい名前と数字が並んでいる表だ。本人の頭の中では整理されているのだろうけど、初見では列が何を表しているのか分からずちんぷんかんぷんだ。
それでも、雫花が連打をしていた理由は分かった。どうやら行毎に関数を書いて、コピーして回っていたらしい。
「それ、こうやれば一瞬だよ」
範囲を選択してまとめて貼り付けを実行。百人分のデータが一瞬で計算された。
「あ……ありがと……」
ポカンとした顔で雫花が俺を見てくる。詳しくないなりに頑張っているのだと思うと自分の小さい頃を思い出して頬が緩む。
「いいけど……何の集計?」
「所属タレントのチャンネル登録者数や配信の平均視聴時間とか。配信の改善に使ってるの」
「全員分やってるの?」
「そうだよ」
「なんでそんなこと……」
手を止めて、ジロリと雫花が見てくる。
「成海さんに何て言われたの?」
眼力に圧されて対面の椅子にゆっくりと戻る。
「えぇと……君を更生させろだってさ」
「更生……こんなに真面目にやってるのに不良扱いするんだ。はぁ……」
「とっ……とりあえずどういうことか教えてくれないかな? 雫花……さんは高校生? なんでここにいるの?」
「雫花でいいって。成海さんは小さい頃から知り合いでお姉ちゃんみたいなものなんだ。で、私は大学に行きたくないのに成海さんは行け行けってうるさいの。更生って言うところの目標はつまり私が大学に行く気になること。でも私は行くつもりはない。だから佐竹の仕事は今話したことを成海さんに伝言するだけ。オーケー? よし! じゃよろしくぅ!」
気難しい年頃なのか、早口でまくしたてるとパソコンを閉じてリュックにしまい、そのままオフィスから出ていってしまった。
このまま安東さんにありのままを報告したところで「もう一回行ってこい」と言われて終わりだろう。せめてもう少し雫花のことを聞き出してやった感は出しておきたい。
そんなわけで俺もオフィスを飛び出して雫花の後を追いかける。
雫花はエレベータホールでひたすらエレベータの到着ランプが点灯するのを待ちわびていた。
「ちょ! 待って待って! もう少し話だけでも聞かせてよ。力になれるかもしれないし」
「何をしてくれるの?」
雫花の黒目が俺にフォーカスを合わせる。多分、安東さんの手下というポジションではこの人は落とせないと直感する。
「安東さんを説得する手伝い。あの人を諦めさせてあげるよ」
「ほっ……本当に!?」
はい、釣れた。大人ぶってはいるが、中身は単純らしい。
「もちろんだよ。下にカフェがあるから、そこで話そうか」
「それなら私のお気に入りのお店があるんだ。そこにいかない?」
「うん、いいよ」
雫花、意外とチョロいようだ。警戒が解かれたからか、二人でエレベータに乗り込んだ後も、雫花は俺とそこまで距離を取らずに立っていた。
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