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「いやぁ……お互いに辛いっすねぇ」


 氷を鷲掴みにしてカップに落とすと ウイスキーの瓶の細い部分を掴み、ドボドボと注ぎながら疋田さんがしみじみと言う。


 寿命が近づいている蛍光灯で薄暗い部屋でも分かるくらいに疋田さんの顔は赤い。


「飲みすぎてない?」


「いいんすよぉ。明日、オフなんで」


「何するの……って一日寝てるのか」


「そっす。ふて寝っす」


 疋田さんは頬に空気をためつつ唇を尖らせ、むぅっと最大限怒っていることをアピールしてくる。


「な……何かあったの?」


 俺が尋ねると、疋田さんは目を輝かせながら「聞いてくれますか!?」と俺ににじり寄ってくる。


「き……聞く聞く」


 パーソナルスペースを確保するために少し離れると疋田さんも自分の初期位置に戻って話し始める。


「あのぉ……例のバイトでちょっとやらかし……いや、私はやらかしとは思ってないんですけどね。そういうのがありまして」


「やらかしたの?」


 疋田さんはグイッと注いだばかりの酒を飲み干すと、腕を組み深く頷く。


「うーん……そうっすねぇ。マネージャーに怒られたんですよ。そんなに私と歳も変わんないくせに偉そうなんですよね」


 いつものお漏らし。どう軌道修正したものかと内心で頭を抱える。実はこの勢いで「実は最北南でした〜」と言い出さないかと期待すらしてしまう。


「ま……マネージャーって……か、管理職の人かな?」


「ん? あー……そっすそっす。そのマネージャーがですねぇ……まぁチクチクと言ってくるんすよ」


 疋田さんは俺の嘘に乗ってくるというか、最初からそのつもりだった体で話を進めていく。身バレ防止に協力しているのだから感謝無しで話が進むとそれはそれで悲しいものがある。


「ウンチウンチ連呼してたらイメージ悪くなるからやめろとか、ただでさえ不人気なんだからもっと愛想振り撒けとか。小学生じゃあるまいしウンチの話に過剰反応しすぎなんすよ」


「あ……あはは……」


 ガッツリ今日の配信内容が原因で怒られていたようだ。デビュー時の人気投票で最下位だったのは仕方ないにしても、ここからの巻き返し方針がマネージャーにも見えておらず焦っているのかもしれない。疋田さん本人はのほほんとしているようだが。


「あ……あれだよね? お悩み相談コールセンターで話を聞く仕事……だったっけ?」


 俺も疋田さんの嘘設定が曖昧になってきた。


 20代前半の上司が「ウンチと連呼するな! もっと愛想を振り撒け!」と怒ってきて、人気が何より大事で、万単位の服をぽんと買ったりコンビニで豪遊するくらいの稼ぎがあり、在宅でちょちょいーっとやるバイト。健全かそうでないかでいえば後者に該当しそうな雰囲気が漂う。


「あー……そっすそっす。ほんと、好きにさせてくれって感じっすよねぇ。お客さんは満足してるんだからいいじゃんって言っても『もっと上を見ろ!』って……合わないんでしょうねぇ、性格が」


 疋田さんはもう誤魔化す事もしようとしない。俺は何でも信じると思っているのか、酒も相まって設定を考えることもせず、俺の理解に任せているようだ。VTuber、バレてますよ?


「まぁ……インターンで会社行ってたし研究室もそうだけど合う合わないって本当にあるよね」


「ほんとに。でも変えてなんて言いづらいじゃないっすか」


「新人だもんねぇ」


 口から言葉が出てから気づく。


 つい自然な流れで疋田さんから貰っていない情報を出してしまった。新人なのは最北南であって、怪しいバイトの歴は聞いていないはず。


 疋田さんのガードゆるゆるにつられて俺までゆるゆるになってきた。


「そうなんすよぉ……いやぁ……あ、佐竹さんは何があったんですか?」


 疋田さんは俺のお漏らしには一切気づかず、良いタイミングで話題が切り替わり安堵する。


「プチ炎上的な感じかな……ほら、例のバズったところから、ちょっとね」


「なるほどぉ……これ、先輩に習ったんすけど、しばらく携帯は見ない方がいいっすよ。細かいことは聞きませんけど、炎上には2パターンあるらしいっす」


「2パターン?」


 疋田さんは炎上の中身ではなく対処についてアドバイスをしてくれるらしい。


「そっす。一つは、明らかに本人が悪いもの。例えばバイトテロ的なやつです。法律やモラルに違反してる系ですね。もう一つは、悪気はないのに一部の人に刺さっちゃったもの。筋トレしてるだけでマウントか!? って言われるくらいっすからね」


 疋田さんの演説は止まらない。雑談だけで数時間の配信を出来るのだから喋りは得意なのだろう。


「ま、百人いたら一人には嫌われるのが世の常っすよ。百万人に見られたら一万人は悪意を持って接してくるんす。1万人からの死ね死ね光線なんてまともに食らってたら死にますよ」


「なるほどねぇ……」


「で、佐竹さんのはどっちすか? もしかしてコンビニの冷蔵庫に頭突っ込んだりしたんですか?」


「いや……後者かな」


「なるほど」


 疋田さんは俺のコップにトクトクと酒を注ぐ。


「それはウンチです。酒で洗い流しましょう」


「う……ウンチなの?」


「はい。巻糞ですね、それは。私の話も佐竹さんの話も、自分が何かをしたら変わるもんでもないじゃないですか。そういうのは吐き出したらポイーって流しちゃえばいいんすよ」


 真顔でそんなことを言い出す疋田さんを見ていると、深夜テンションも相まってじわじわと頬が緩んでくる。


「小学生っすか。巻糞で笑うなんて」


「疋田さんも口角上がってるよ」


 疋田さんは指摘を受けると諦めたようにフフッと笑い、少しだけ距離を詰めて座り直してくる。


「どすか? 折角ですし、お互いの頑張りを認め合いましょうよ」


「なっ……なにそれ……」


「頭、撫で撫でしましょうよ。お互いに」


「え……えぇ……」


 酒が回ってきたとはいえ、かなり気恥ずかしい提案だ。


「いいじゃないですか。科学的根拠もあるんすよ。なんとかホルモンが出るからストレスの軽減に繋がるんです」


 科学的根拠。好きな言葉だ。


「そっ……それなら……」


「じゃあ、私から行きますね」


 俺が了承すると疋田さんはニヤリと笑い、膝立ちになって俺の背後に回ってくる。


 背後から「ふぅ」と深呼吸の音が聞こえたかと思った次の瞬間、背後から疋田さんの両手が伸びてきて俺の頭を締め付けるようにワシャワシャとしてきた。


「サタケェ! よーしよしよし! お、ちゃんと風呂入ってますねぇ。いい匂いですよ」


「ちょ! やっ、やりすぎだって!」


 俺が振り払うと疋田さんは唇を尖らせ抗議の意を示してくる。


「出ました? なんとかホルモン」


「で……出たんじゃないかな……」


 頭をワシャワシャするとき、疋田さんは勢い良く俺の後頭部に抱きついてきたので、ガッツリ胸もあたっていてなんとかホルモン以外にも色々と分泌されそうな体験だった。


 疋田さんは無自覚なのか、ニッコリと笑って俺の隣に座る。


「今度は私の番っすね」


「同じことやればいいの?」


「いえ。シチュエーションを指定します」


「シチュエーション?」


「はい。まず、もう少し気だるそうに座ってください。ベッドにもたれ掛からないくらいで。そして、明後日の方向を見ながら『お疲れ』と小声で言いながら手を大きく開き、耳につくかつかないかくらいで何度か手を左右に動かしてください。その間も視線は私の方を見てはダメです。使わない右手は床についていてください。あ、あと片足だけ立てて座ってくださいね。それと――」


「こっ……細かすぎない?」


 さすがに覚えきれず一度中断させる。疋田さんはガンギマリしたようにかっぴらいた目で俺を見てきた。


「こっ……これが一番出るんですよ! なんとかホル――わっ!」


 条件が面倒なので、疋田さんの頭を俺にしてきたのと同じようにワシャワシャと撫でる。


 疋田さんは「うわぁ」と間抜けな声を出しながらも無抵抗。されるがままなので髪がボサボサになるくらいに撫で回して解放する。


 解放された疋田さんは顔を真っ赤にして俺から距離を取った。


「前言撤回す。多分……今のやり方が一番出ますね。なんとかホルモン」


 照れながら顔を逸らす疋田さんを見ていると、俺までなんとかホルモンがドバドバと出てくるのを感じるのだった。

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