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人生初バズの翌日に初の炎上を経験。
預金が燃え尽きるか俺のメンタルが燃え尽きるか。いずれに進んでも地獄。
カップ麺が伸び伸びになっても口をつける気にならず、アデリーに集まる攻撃的なリプライを見ては気分を落ち込ませていた。
このまま一人だとどうにかなりそうなので誰かと話したい。疋田さんなら家にいるだろうか。
時間は既に午後9時。深夜のブランコまではかなり空くので、早速聞いたばかりの連絡先を使うことにした。
『疋田さーん。起きてる?』
メッセージを送って、十分、十五分と待つが一向に返事はない。
あまり携帯を見ないタイプなのかもしれない。気晴らしに音楽でも聞こうと動画配信サイトを開く。
すると、おすすめに出てきたのは最北南の配信。
なるほど、配信中だったのか。
また一つ疋田さん=最北南を示す状況証拠ができてしまった。今更ではあるけれど。
今日は雑談配信のようだ。
『そういえば南ちゃんが使ってるツール、有料になるらしいよ』
「えぇ!? そうなんすか?」
コメントでもアデリーの件に触れられている。ここでも叩かれるのかと、ブラウザバックしようと思った瞬間、疋田さん、もとい最北南の「いいんじゃないっすか? 別に」という声で思い留まる。
「いいもの、助かるもの、便利なものには金を払うのが当然っすからね。アレ、実際便利なんで助かるんすよ。どうせアレコレ言ってるのも使ってない人なんじゃないですか? あ、でも私の配信はタダですよ〜! たくさん見てくださいね。タダですから」
『大変。助かるものだから課金しなきゃ。くしゃみお願いします』
「わわ! そんなことで投げ銭しないでくださいよぉ! くしゃみかぁ……ちょっとまってくださいね」
シャッとティッシュを箱から引き抜く音がして、最北南が上を向く。
「ぶ……ぶぇっくしょい! しょい! ……うぃい。助かりましたか?」
『助かりすぎる』
「ふへへ。あざっす」
ファンサも旺盛。話題は独特なくしゃみボイスに流れていく。
疋田さんのフォローで少しだけ元気が出た。もう一度リプライ欄を見ると、配信者からは概ね肯定的な意見がほとんどで、中傷はそのファンからだ。まだ実際にカンパは送金されていないけれど。
コメントで触れられたときは知らない風に言っていたけれど、疋田さんなりに事前に見てくれていたらしい。
「でも、今の世の中なんでも無料っすもんねぇ。ウンチだってレバーを捻れば流れていくじゃないっすか? 都会は凄いっすよねぇ。田舎なんて金払ってウンチ持ってってもらうんすよ? バキュームカーが家に来て――」
最北南はズレた例え話で急に田舎の下水事情についてとうとうと語り始める。都会も下水料金は払うので、無料VS有料の構図ではないのだから。
そういえば疋田さんの出身は聞いたことがないけど、田舎の方なのだろう。
「疋田さん……何の話をしてるの……」
『都会だって下水料金払うよ』
「おぉ! 確かに確かに! あれ? なんでウンチの話なんでしたっけ?」
『実家が田舎すぎる件』
「あぁ! そうなんすよぉ! 寝てたらなんかこそばゆいなって思って目を開けたらお腹の上をカニが歩いてて!」
配信なので俺と一対一ではなく一対多で届けられる声。それでも、疋田さんの声と支離滅裂なトークを聞いていると炎上の件を少しだけ忘れられる気がしたのだった。
◆
深夜3時。早めにブランコに揺られていると、駆け足で疋田さんがやってきた。
真夏日の夜はかなり蒸し暑いので、疋田さんはトレードマークの黒パーカーを脱ぎ捨て、真っ黒なTシャツに短パンという出で立ちだ。
「佐竹さーん! さっきは即レス出来なくてすみませんでした!」
「あ……うん。大丈夫だよ」
疋田さんは「よっと」とかわいい掛け声を出してブランコに飛び乗る。
「どうしたんすか? ちなみに寝てませんでしたがプライベート携帯を見る習慣が無かったもので……今日は……あのー……例の研修もありまして」
そういえばオフコラボの日だった。そこから更に夕方の個人配信なのだからかなり疲れていそうだ。
「あ、そうだよね。ごめんね忙しい日に」
「忙しいっちゃ忙しいですけどね。この時間が最近の癒やしなんです」
疋田さんは俺の方を向き、明るくニッと口を横に引いて笑う。
「そりゃよかったよ。俺も――」
俺もこの時間が大事、と言おうとしたところで疋田さんが立ち上がる。
「どうしたの?」
「コンビニ、行きますか?」
「いいね。夜食?」
「もっと過激です」
疋田さんはニヤリと笑って俺をブランコから立たせた。
◆
公園から歩いてすぐのところにあるコンビニ。俺も疋田さんも常連だ。
疋田さんは入店するなりかごを持ち、ドリンクコーナーへ一直線。炭酸水のボトルと酒コーナーのウィスキー瓶を掴んでかごに放り込んだ。
「この時間から飲むの?」
「ブランコで揺れながらしみじみと話すのもいいっすけど、どうしようもないような面倒くさい悩みがあるときは、しこたま飲んで、寝て、起きた方がスッキリしますよ」
「二十歳になったばかりの人の発言とは思えないね……」
「今適当に考えた至言ですから。本当かどうかは明日の私達が知ってるっす」
「適当だね……疋田さんも何かあったの? 研修?」
「そんなとこっす」
疋田さんは続いてつまみをかごにポンポンと投げ入れる。最後にパックの1キロの氷と、アイスコーヒー用の氷が詰められたカップを冷凍室から取り出した。
「俺が払うよ」
疋田さんからかごを奪おうとしたのだが、それを拒否するように俺からかごを遠ざける。
「私の奢りです。貧乏学生は大人しく奢られててください」
「同じ学生だよね……」
「私はアルバイトで稼いでますから」
アルバイトについては疋田さんのお漏らしに繋がるので深くは追求しない。
結構な金額になりそうなので財布から千円札を何枚か取り出して渡す。
疋田さんは力士のように手刀を切って「ごっつぁんです」と言って一枚だけ受け取った。
店の出口で待っていると、重たそうなビニール袋を腕にかけた疋田さんが出てくる。両手にはアイスコーヒー用のカップで作られたハイボールがおさまっている。レジで会計中に作ったまであるスピード感だ。
疋田さんはハイボールの入ったカップとビニール袋を一つ渡してきた。
「両方持つよ」
「では、こうしましょう」
疋田さんはビニール袋の持ち手を片方俺に向ける。二人で二つの持ち手を持つということらしい。
「一つずつ持てばいいじゃんか……」
「片方だけやけに重たいんですよ。平等じゃないんで」
重たい方を寄越せと言っても埒が明かなさそうなので渋々持ち手を2つ握ると、俺と疋田さんの間にビニール袋のアーチが出来た。
これだと、ビニール袋の距離以上には離れられない。微妙にパーソナルスペースを侵略する距離感で、アイスコーヒーが入っているべき容器で酒を飲みながら公園への道を歩く。
左へ進むと公園、右へ進むとマンションの分岐点まで来たところでビニール袋がピンと張る。
俺は公園、疋田さんはマンションへ向かおうとしていたようだ。
「あれ? ここじゃないの?」
「暑いじゃないっすか。いいとこ知ってるんすよ」
「防音対策がバッチリの部屋かな?」
「その真上です。そっちはだいぶ汚いので……」
「うちか……まぁいいよ」
「あざっす! お借りします!」
深夜3時の宅飲み。疋田さんがなんだかんだで酒にハマっていて将来が少し心配になってくるのだった。
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