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 結局日付が回った頃に解散となった。解散と言ってもエレベータまでは一緒だが。


 マンションの少し古いエレベータが上がり始めるときのふわっとした感覚に耐えていると疋田さんが見上げてくる。


「佐竹さん、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」


「こちらこそ。また行こうよ」


「はいっす! それと……今日は夜のブランコは無しっすね。さすがに眠いっす」


「そうだね」


「夜のブランコ……そこはかとなくセンシティブな香りがしますね」


「まだ3階だけど降りる?」


「あぁ! まだ乗ります! なんなら6階までお供しますよ!」


「あ、そろそろ着くね。5階だ」


「そうなんす! さっきのセンシティブ発言は誤解であって……」


「おやすみ、疋田さん」


「朝のセクロス」


 疋田さんはエレベータから降りずに開ボタンを押しっぱなしにしたまま、噛み合わない会話を締めるようなワードをぶち込んできた。


「え?」


 誘われている? こんな誘い方ある? でも、疋田さんならやりかねない。


 俺の思考を邪魔するように、疋田さんはふっと笑い俺の目を見てくる。


「どっすか? 朝の、とつければ、後ろにどれだけエロい言葉をつけても打ち消せる気がしません?」


「あぁ……両親の、の方が強いよ」


「両親の……せっ……うえっ……」


 疋田さんの謎の絡みを受け流すのも慣れてきた。両親のアレを想像してしまったのか、顔を歪ませながら疋田さんはエレベータから降りて、またこちらを向き直す。


「それじゃ、また明日っす〜」


「うん、おやすみ」


 エレベータの扉が閉じきる前に疋田さんは部屋の方へ向かっていく。


 色々と癖はあるけれど、疋田さんは可愛らしいし、この関係を維持していきたい。


 連絡先、知らないけど。彼氏の有無も知らないけど。いないとは思いたいけれど、これだけ可愛いのだし実は地元に……みたいなパターンだってあり得る。地元、どこか知らないけど。


 そんな悶々とした時間を過ごしながら6階に到着。エレベータの扉が開く。


 開いた瞬間、目の前に全身黒尽くめの人が肩で息をして立っていた。あまりの恐怖に「ひいっ!」と声が出る。


 だが、よく見ると知り合いだ。


「あ……あれ? 疋田さん?」


 疋田さんは下を向いてゼーハーと息をするばかり。エレベータが閉まってから階段をダッシュで駆け上がってきたのだろう。


 そのまま硬直しているとエレベータの扉が閉まりかけたので、開くを押して延長。すると、無言で下を向いたまま疋田さんがエレベータに突入してきた。すごく怖い。


「どっ……どうしたの?」


「ひっ……ひとつ忘れてることがあったっす」


 疋田さんは緊張した面持ちでそう告げる。


「なっ……何かな?」


 俺の質問に答えるためなのか、疋田さんは下を向いたままポケットから携帯を取り出し、葵の印籠を見せつけるように俺に携帯を突き出す。


「そのぉ……れっ、連絡先を交換しましょう。夜のブランコ……エロい方ではないアレをするにも、『あれ? 今日遅いな』とかなると不安じゃないですか。不安を取り除くために、連絡先を交換しましょう。他の用途には使いません。個人情報は固く厳守します。私、守秘義務は守れる方です」


 守秘義務を守るなんてどの口で、と突っ込みたくなる。それでも、疋田さんは勇気を出して聞きに来てくれたはず。俺も聞こうと思って聞きそびれていたのでちょうどよい。


「そうだね。うん、交換しよっか」


「はいっす!」


 疋田さんは勢い良く顔をあげる。安心したように唇をかみしめているその姿は本当に可愛くて、つい顔を逸してしまった。


 ◆


 起きたら朝、というか昼。


 疋田さんを部屋の前まで送り届けた後、そのまま部屋に戻ってシャワーも浴びずに寝た。


 携帯の通知を戻すついでに昨晩何があったのかを確認するためSNSを開く。


 どうやら最北南の配信から『えくすぷろぉらぁ』に所属する人に拡散。大手事務所の人たちが使い始めたのを見て中堅事務所や個人勢にも広がったということのようだ。


『バグを見つけました。詳細は添付のログを見てください』


「おぉ。ありがたい」


 突貫工事で作ったので粗は多い。沢山の人の目に触れて嬉しい反面、責任を感じ始めてしまう。


『私の環境ではうまく動きませんでした。何故でしょう?』


「クイズじゃないんだから……」


 私の環境とやらも知らないし、何故でしょうと聞かれてもエラーログを寄越せとしか言えない。


 罵詈雑言という程ではないけれど、色々な人の相手をしないといけないみたいだ。疋田さんの金言を思い出し、まずは歯を磨いて湯を沸かす。


 カップ麺の容器に湯を注いで完成を待ちながら、プログラムの修正のためにパソコンを立ち上げる。


 OSが立ち上がり、デスクトップ画面が表示されるとほぼ同時、パソコンがインターネットに接続した瞬間にメールの通知がひっきりなしに出てきた。


 慌てて通知を切る。メーラーの設定も変えておかないと重要なメールを見落としたりと実害が出そうだ。


 メールの差出人はほとんどがSNS上でのリプライやDMの通知。その中に一つだけ『Important!』とタイトルの頭に書かれたメールが目にとまる。


 メールを開くと何やら英文が書き連ねられている。


 寝起きの頭に英語はきついのでコピペで翻訳サイトに突っ込むと一瞬で日本語化された。技術の進歩様々だ。


『やぁサトシ。貴方のAPIリクエスト数が無料枠の制限を超えました。これ以上は課金の対象になります。詳細は……』


「うわ……マズイぞ……」


 背中の冷や汗が止まらない。


 疋田さんに提供した表情管理ツールの音声認識機能は外部のサービスを使っている。その外部サービスは従量課金制。元々は疋田さん一人だったので大した額にならないだろうと高を括っていたのだが、バズってしまった結果かなりの人に使われていてあっという間に無料で使える量を突破してしまったようだ。


 慌ててAIを使わせてもらっている外部サービスのサイトにアクセスして料金の試算を確認する。


「$10,000……ひゃ……百万!?」


 貧乏学生には途方も無い数字だ。今すぐ公開を停止すればこのコストのほとんどは発生しなくなる。だが、そうすると疋田さんも使えなくなってしまう。


 いっそ疋田さん以外は使えなくするのも手だ。だが、疋田さんの雰囲気からして、いつかツールを使っていることもお漏らししそうだ。そうすると最北南が炎上するリスクもある。全世界に公開してしまった以上、特別扱いはできない。


 とはいえ、このまま自分だけで金を払うのは無理だ。背に腹は代えられない。


 俺はアデリーのアカウントにログインし、投稿用のメッセージを書き始める。


 メッセージは三十分くらいかけて推敲も重ねて書き終えた。


『皆様、先日公開したツールを使っていただきありがとうございます。アデリーです。こちらのツールですが好評につき、裏側で使っているAIの利用料金が百万円を超えてしまいました……ついては皆様のお気持ちを頂戴できると助かります。このままでは貧乏学生は破産です……』


 俺はカンパを募ることにした。


 外を歩いているとき、大道芸人がおひねりを貰おうとしているのを何度か見かけた。冷ややかに通り過ぎたが、あの時、百円でも入れておけばこういう時に返ってきたのかもしれない。


 そんな懺悔をしながらカンパ募集の文面を投稿する。


 なぜかアデリーのアカウントはフォロワーも千人を超えていて、すぐに何件かの反応が来た。


『は? 金取るの?』


『うわぁ……VTuberに宣伝させといてこれは……』


『AIで百万とか嘘でしょ。詐欺?』


『南ちゃんを利用したんですか? えくすぷろぉらぁに訴えられても知りませんよ?』


 これは……炎上だ!

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