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ショッピングモールを出て、居酒屋に移動する間も通知は鳴り止まなかった。
さすがに面倒なので携帯をサイレントモードにしてテーブルの端に置くと疋田さんが興味深そうに俺の携帯を眺める。
「さっきからピコンピコンすごいっすね。同時に全部のソシャゲのスタミナでも回復したんすか?」
疋田さんが枝豆をつまんだ手をお手拭きで指の間まで丁寧に拭きながら聞いてくる。
「だとしたら200個くらい掛け持ちしてることになっちゃうよ……」
「ふぅん……じゃ、なんなんですか? もしかしてティッターでバズりでも――」
「ブッ!」
飲みかけのビールでむせる。まさにその通りの話なので心でも読まれたのかと驚く。
「わお。図星でしたか」
「ま……まぁ、ちょっとね……身の丈に合わない感じがしてて、怖いから見れないんだ」
「あぁ〜……わかりますよ、その感じ。私も最初は通知が鳴り止まなくてビビりまくってましたもん」
「わっ……分かるの?」
「えぇ! なんてったって……そのぉ……あれです。インフルエンザなんですよ、私」
酔っているのかお漏らしにも自信が満ち溢れている。
そして、ドヤ顔で言い間違える。本人は目を輝かせているので、ジョークではなく本気で言い間違えたのだろう。
「じゃあ家に帰って寝ててもらっていいかな?」
「ん? あ……あぁ! 違います違います! インフルエンサーなんです!」
最北南のフォロワー数は40万人を超えている。インフルエンサーを名乗るには十分だろう。
「ほほう……インフルエンサーの疋田さん的にはこういう時、どうしたらいいのか教えてもらえないでしょうか」
疋田さんは生ビールをグイッと飲んでジョッキを置く。中ジョッキのはずなのに、疋田さんの顔が小さすぎて特大ジョッキに錯覺しそうだ。
「そっすねぇ……寝て起きて、歯を磨いて、湯を沸かして、ボーッとカップ麺が出来上がるのを待ってる時に見るくらいでいいんすよ。暫くしたら慣れます。変な人もいますし罵詈雑言もありますけどね。それも全部慣れます」
「なるほど……」
デビューしてまだ日は浅いはずだが、それでも、経験に基づいているだけあって説得力がある。多分、変な人からのDMも罵詈雑言も全部経験済みなのだろう。
俺にはVTuberは無理だと察する。疋田さんは慣れるなんて言うけれど、こんな通知が毎日来るなんてメンタルお化けでないと耐えられないだろう。
それにしても、お互いに同じSNSを使っているのは確定しているのに、どちらからもアカウント名を聞こうとしない。俺から聞くと疋田さんのお漏らしをまた誘発するので聞かないけれど、疋田さんも俺のアカウント名を聞こうとしない。
関連して、お互いの連絡先は何も知らなかった事も不意に思い出す。ラインも電話番号もメールアドレスも。
エレベータか階段でワンフロア移動するか、深夜にブランコに行けば話せるので困ることはないのだけど、それが俺達の関係性を象徴しているようで少し頬が緩む。
「佐竹さん、どうしたんすか?」
「ん? 何でもないよ」
「ニヤニヤしてましたよぉ?」
そう言う疋田さんもテーブルにぐでーっと倒れ込み、真っ赤な顔でニヤニヤしながら俺を見上げている。普段の疋田さんからは絶対に出てこないであろうアングルだ。
「だいぶ酔ってるね……お酒苦手なんじゃないの?」
「最初からストロングは攻めすぎてたっす。今や私にとってチューハイはジュースのようなものですね。あれはジュースですよ、ええ。間違いないです」
疋田さんは饒舌にイキリ大学生のようなことを言い放つが、チューハイとそんなに強さは変わらないであろうビールでこれなので説得力に欠ける。
そんな酔っ払い疋田さんの暴走は続く。
箸で枝豆をつまむと俺の顔の前に差し出してきた。
「なっ……何かな?」
「あーん、ですよ」
とびきりの萌え声で疋田さんが告げる。ほんのり赤い顔と潤んだ目が相まってとびきりに可愛い瞬間だ。写真を撮れたらホーム画面に設定したいほどに。
言葉に甘えてその箸にかぶりつく。味は一般的な枝豆だ。
「うん、美味しい。というか酔ってるのに枝豆を箸で摘むってすごいね……素面でもなかなか出来ないよ」
「みな……私、酔うほど感覚が鋭くなるんすよ」
はい、お漏らし。南って言いかけてたぞ。
頬が緩むのを堪えて、俺も枝豆を箸でつまもうとする。だが、ツルッツルな枝豆は簡単につまめず悪戦苦闘。でもこれで他のものを摘んだら負けた気分になるのでそれはできない。
「難しいね……」
「アハハハハ! ひぃ……おな……おなかいた……笑い……ひっ! ひっ!」
疋田さんは座席のソファに倒れ込んで笑う。この人、こんなに陽気だったのか。
「疋田さん」
「はいっす」
名前を呼ぶとスッと笑うことをやめて真顔で起き上がってきた。
「怖いよ……」
「今、呼んだじゃないっすか」
「呼んだけど……」
「で、なんすか? 気になります」
疋田さんは興味津々な口ぶりと裏腹に視線は枝豆の鞘に向いて、枝豆を押し出すことに集中している。
特に話すことがあって呼んだわけじゃないので、疋田さんが皿に押し出した枝豆を、腕を伸ばして箸で摘もうとする。
「ブッ……それ……やばいっす……ツボに……イヒヒヒ…
…」
枝豆を箸で摘もうとするだけで疋田さんは身体を震わせて笑う。よほどツボに入ったようだ。
何度かトライしていると、やっと箸と枝豆が噛み合うところを見つけた。
枝豆を摘んで、自分の口に運ぶ。うまい。一般的な枝豆の味だ。
「さっ……佐竹さん!?」
疋田さんが苦しそうに体を小刻みに震わせながら俺を見てくる。
「疋田さん、大丈夫?」
「大丈夫なんすけど……私に食べさせてくれる流れじゃなかったんですかぁ!」
「あ……摘む事に夢中になっててさ……」
完全に失念していた。そうだ。最初は疋田さんのあーんをやり返そうとしていたはず。
だが、枝豆を掴むことが最優先になっていて、枝豆は自分の口に運んでしまっていた。
「フヒッ……フッ……ヒャッ……だめっす……それ、ツボに……アハハハハ!」
疋田さんはまた腹を抱えて大笑いしながら、今度はテーブルの下へ消えていったのだった。
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