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 服屋に到着。普段の真っ黒な雰囲気とは一線を画すガーリーな服を揃えた店だ。


 入店しようとすると、疋田さんが俺の腕にガシッと掴まってきた。


「う……動きづらいんだけど……」


「ずびばぜん……こっ……これ以上は……一人では無理っす……」


 疋田さんは涙目で俺に縋ってくる。


「そこまでして服買わないといけないの? 通販もあるし……」


「通信販売での服の購入は色味がイメージと違った、サイズが合わなかった、といった問題が発生しうるっす。なのでこうやって現物を確認するのが一番なんですよ」


 疋田さんは中学生の教科書に書いて有りそうなことをドヤ顔で説明してくる。


「それも例の研修で習ったの?」


「いえ、これは中学生の頃に教科書に書いてありました」


「その常識、もう捨てたほうがいいよ……今は試着して駄目だったらすぐに返送できるサービスもあるし、何なら月額制でスタイリストが見繕って服を送ってくれたりするサービスもあるしね」


「そっ……そんな便利なものがあるんすか!?」


「あっ……うん。そうだよ……」


 俺も利用したことはないが、フューチャーなんたらでインターンをしているときに開発していたアプリがそれ関連だったので少しだけ知っていた。


「とっ……とにかく、ここまで来たので行くっすよ。私は大人になるんです」


「なら一人で入ってみたらどうかな」


「サタケ、行きますよ」


 疋田さんは見えないリードを引っ張ってくる。


「ワン」


 疋田さんが威勢よく俺を見えないリードで引っ張ったのは店に入って店員が俺達を捕捉するまでだった。


「何かお探しですか?」


 既に閉店まで一時間を切っていて店には俺達以外の客はいない。店員も暇を持て余しているのかそそくさと話しかけにやってきた。


「あっ……うっ……」


 疋田さんはコミュ障を発動。俺の背後に隠れ、耳打ちをしてくる。


「かっ……可愛い服を……所望します」


「可愛い服が欲しいそうです」


 恐らく店員には聞こえていないので俺が代わりに伝える。


「わっ……分かりましたぁ。いくつかお持ちしますね」


 店員が苦笑いで離れていく。


 待ち時間の間、疋田さんを引き離して話しかける。疋田さんはバケハをこれでもかと下げて顔を隠す。


「疋田さん……皇帝みたいになってるよ……顔も隠してるし……」


「すっ……すびばぜん……緊張しすぎて……」


「いいけど……研修は大丈夫?」


「それは大丈夫っす! 仕事ですから」


 疋田さんはケロッとしてそう答える。


「じゃあこれも――」


「それとこれは別っすよぉ」


 相変わらず疋田さんのラインがどこに引かれているのか読めない。


「お待たせしました。こちら、新作ですよぉ」


 店員が持ってきたのはワンピースを数着。どれも黒だ。


「朕は黒以外を所望する」


 また疋田さんが耳打ちしてくる。さっきよりも皇帝キャラが板についてきた。まさか疋田さんが皇帝の一人称を知っていると思わず、ツボに入ってしまい吹き出す。


「くっ……黒以外はありますか? イメチェンをしたいらしくて。明るい色がいいみたいです」


「なるほどぉ……分かりました! ちょっと待っててくださいね」


 店員は嫌な顔一つせずに黒いワンピースを持ってバックヤードに戻っていく。


「朕ってセンシティブな言葉っすよね……」


「いきなり何……」


長城万里ながしろ まりなんていそうじゃないっすか? 一人称は朕っす」


「あぁ……中華モチーフのVTuberって感じだね」


「ブッ……ブイ!? 好きなんすか!?」


 しまった。気を抜いたので、ついVTuberの話題に誘導してしまった。疋田さんのガバガバはいつもの事なので俺から話題を逸らすべきだったのに。


「あ……いそうってだけだよ。ほとんど配信も見ないしね」


「ほっ……そうなんすね」


「お待たせしましたぁ」


 タイミングよく店員が服を持ってくる。淡いオレンジや水色の服を何着か手にかけていた。


「どうですか? 試着してみます?」


 店員はもはや俺の目を見て話してくる始末。


 疋田さんに視線を送るとコクリと頷く。ここで試着を断ったら通販で事足りていた事になるので一安心だ。


「じゃ、俺はここで待ってる――」


 俺の腕が疋田さんの腕によってガッシリと掴まれる。


「ついていけばいいの?」


 疋田さんは「苦しゅうない」と小さく呟く。


「俺は犬でも家来でもないよ」


 ペシッと疋田さんの腕を軽く叩いて飼い主に噛みつき、二人で試着室の方へ向かう。


 さすがに疋田さんとはいえ、俺まで試着室の中に連れ込むなんてことはしないらしく、一人で服を抱えてカーテンを閉めた。


 だが、そのまま十分くらい待てど暮らせど疋田さんは出てこない。店員もチラチラとこっちを見てくるので気まずい雰囲気だ。


「あ……あのさ、疋田さん。大丈夫そう?」


「はいはい! もう少しっすよ!」


 そう言った数秒後にはシャーッと勢い良くカーテンが開け放たれる。そこにいたのは、いつもの真っ黒な疋田さん。


「あれ……着た?」


「着ましたよ。気に入りました」


「あ……そうなんだ」


「なんすか?」


「い……いや、大丈夫。気にいって良かったね」


「はいっす! それじゃお会計してきます!」


「それ、全部買うの!?」


「はい! お金はあるので!」


 疋田さんの腕には服が3着。店に入ったときに値札をちらっと見たがそんなに安い店ではなかったので、諭吉が五、六枚は飛んで行く値段になるだろう。


 VTuber、そんなに稼げるのか。


 疋田さんは屈託のない笑みで稼ぎ自慢をすると、一人でレジに向かっていく。取っ掛かりで緊張していただけで、一度店に入って慣れてしまえば後は余裕らしい。


 絶対に俺を試着室の前までついてこさせなくて良かったじゃないかと言いたくなったが我慢して、若干のもやもやを抱えながら先に店を出る。


 そのモヤモヤの正体が、折角可愛い服を買ったのにそれを着た姿が見られないからだと自分で気づくと、顔がカアーッと赤くなってしまう。


 そういえば、店の中に入ったくらいから携帯が何度も震えていた。


 バイブのパターンからして電話ではなくアプリの通知っぽいので無視していたけれど、ひっきりなしに太ももの側で震えるので痒くなってきて、たまらず携帯を取り出す。


「ん……なんだろう……」


 SNSのアプリから大量の通知が来ていたことはわかる。アプリを立ち上げると、本アカウントではなくアデリーの方で何かがあったようだ。


『えくすぷろぉらぁ所属の氷山イッカクです。こちらのツール、使わせていただきます!』


「なっ……」


 氷山イッカクだけではない。数十人のVtuberから一斉にリプライやDMが飛んできていた。


 URLだけを貼った唯一の投稿も1000人規模に拡散されている。


 なんだか、とんでもないことになっている予感がヒシヒシとしてしまうのだった。

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