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 気絶するように寝ていて、起きたら既に朝の四時。


「やべっ! 寝坊だ!」


 本来なら変な時間に目覚めて二度寝を頑張ろうとするはずの時間。だが、俺にとってこれは大遅刻。


 慌てて部屋を飛び出し、エレベータを呼ぶ。一階で止まっているエレベータはもしかすると、疋田さんが使ってからずっと誰も使っていないのかもしれない。


 少なくとも五階で止まっているよりは気持ちが楽になる。エレベータが来るのも待っていられず階段を一段とばしで駆け下り、エントランスを出る。


 すぐ目の前にある公園のブランコは夜風を受けてかすかに揺れているように見える。だが、そこには闇夜に紛れた疋田さんがたしかに座っていた。


「ごっ……ごめん……寝てて……」


 疋田さんはバッと顔をあげる。その目は若干潤んでいた。


「うわぁぁん! 佐竹さん! 待ってたっすよぉ!」


「ごめんごめん。ちょっと仮眠してたら……」 


「夜に寝るのを仮眠って言っちゃうあたり、佐竹さんもこっちの世界に来ちゃいましたね」


 疋田さんはブランコを勢いよく漕ぎながら俺の方を向いてウィンクをする。


「ちょっと立て込んでてね……ずっと待ってくれれたの?」


「そっす!」


「それは……悪いね」


「いいんですよぉ。考え事してたので」


「考え事?」


 また配信で何か悩みでも出来たのだろうか。俺が尋ねると疋田さんはコクリと頷く。


「あの……世には色々な変態がいると思うんですよ。妊婦フェチ、露出狂、寝取られ好き」


 この話の導入、配信関連では無さそうだ。一気に体の力が抜ける。


「そ……そうだね」


「ズバリ、造詣が深そうな佐竹さんに聞きたいんですけど……配信環境フェチっているんすかね?」


「はっ……配信環境フェチ!?」


 さっきまで東京から静岡に向かっていた新幹線が急に方向を変えてハワイへ向かい始めたくらいの衝撃。まさか妊婦フェチから俺の作ったアカウントのアデリーに話が繋がりそうな雰囲気になるとは思わなかった。疋田さん、やはり読めない。


「そうです。知り合いに相談されてて……」


「いっ……いやぁ……どうかな? 配信環境ってそもそも何なの?」


「ふぇっ!? あっ……あれっすよ! あっ……あのー……ゲーム配信とかするじゃないですか! パソコンのスペックを知りたがるような人がいるらしくて、そういう性癖とかあるのかなって……」


 相変わらず疋田さんの線引はガバガバ。そのうち、ポロッと「南は〜」と喋りだしそうでこっちがヒヤヒヤする。南極だけに。


「ど……どうかな……でも好きな人の事はなんでも知りたいって思う人もいるんじゃないの?」


「なるほど……性癖というよりは好きだから知りたいという心理からなんすね」


「そうなんじゃないかな……」


「良く分かりました! ちなみに、佐竹さんはご趣味とかあるんですか? 好きな食べ物はなんですか? 誕生日はいつですか?」


「急な質問攻めだね……」


「推しのことは何でも知りたくなるものなんですよ。知らないんですかぁ?」


 疋田さんはドヤ顔のままふっと吹き出す。疋田さんの推しが俺だなんて意味がわからない。


「イジってるでしょ……」


「そっ、そんなことないっすよぉ! あ! 佐竹さん! ちょっと相談っす! これ……」


 疋田さんの携帯の画面には俺が作ったSNSアカウント、アデリーのトップ画面が表示されている。


「ん? 投稿……」


 眠たすぎて記憶が定かではないが、DMで疋田さんに断られたあと、俺はツールを一般公開していたようだ。まだフォロワーは0人。投稿は一件。ツール公開先のURLだ。


「そうなんすよ。この人、私の悩みを見事に解決してくれるツールを作ったらしいんです! でも知らない人のURL踏むのなんて怖いじゃないですか」


「リテラシーしっかりしてるんだね」


「当然っすよ! バイトの研修でもたくさん習いましたからね!」


 最北南の所属先はVTuber界隈で大手の事務所だしそういうのは厳しいのだろう。


 疋田さんに対しては、もう少しリアルでのかかわり合いでも警戒心を持つように指導してくれるとベストかもしれない。


「まぁ、無理して使わなくてもいいんじゃないの? 慣れだよ、慣れ」


「そうなんすけど……気になるじゃないですか」


「そうかもしれないけど……」


 これはチャンス。どうやって誘導しようかと考えていたところに、疋田さんが食いついてきたのだ。


 しかも疋田さんは何故か手を合わせて俺を拝みながら見てくる。


「なんで拝んでるの……」


「人柱って知ってます?」


「あれでしょ? 鬼殺隊の――」


 適当にすっとぼけると疋田さんは頬を膨らませて怒っていることをアピールしてくる。


「ごめんごめん。冗談だよ。俺がこれ確認するの?」


「大学院生だし余裕っすよね?」


「疋田さん、大学院生のことを何だと思ってるの? まぁ……いいけど。市販のセキュリティソフトでチェックかけるくらいしかできないけどね」


「ほんとっすか!? 佐竹さんって基本NGないっすよねぇ……」


「嫌なことは嫌って言うけどね」


 今回は自作ツールの話なのでいいのだけど、疋田さんに関してはいきなり家の鍵を取られたりパソコンのトラブルシューティングをさせられたりしているのでNGを出すハードルが下がっているのは否めない。それと僅かな下心。


「じゃ、そんな佐竹さんにもう一つリクエストっす」


「何かな?」


「お腹、空きません?」


「空いてるよ。もしかして……」


「ぎゅーどん、どすか? 奢りますよぉ?」


「いいけど……自分の分くらい出すよ」


「これくらいお礼させてくださいよぉ!」


 疋田さんはブランコから飛び降り、俺の手を引っ張ってくる。


「いいよ。行こっか」


「はいっす!」

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