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部屋に戻ってVTuberの配信ツールについて調べるとなんとなく仕組みは分かってきた。
ツールの機能に表情の絵柄を切り替えるものがあるようなので、それをどうにかして自動で呼び出せれば良さそうだ。
問題は疋田さんが使っているソフトと同じかどうか。疋田さんに直接聞くわけにもいかない。
最北南の所属している事務所の他のVTuberの配信環境を調べてみると、候補は2つまで絞り込めたが両方を作るのは面倒だ。
どうにかして疋田さんの環境を聞き出さなければ。
「うーん……」
背もたれに体重をかけて天井を見る。疋田さんは下にいるのだからやっぱり下を向く。
「疋田さーん、配信ツール教えてよー」
床を隔てているので声は届くはずもない。
気晴らしにSNSを開く。つい最近、最北南をフォローした。疋田さんも部屋に戻ったのか、ついさっき投稿をしていた。
『そろそろ寝るっすよ〜南極はブリザードらしいっす!』
どうやら南極探検隊のようなキャラで行くらしい。ニッチすぎるキャラ設定に不安を覚えつつも、そのアカウントのDM欄が開放されていることに気づいた。
「これだ!」
俺はすぐに自分のアカウントからログアウト。新規アカウント作成にかかる。
別人としてSNSで接触、やり取りをすれば俺だとはバレずに助けることができる。
アカウント名はどうしよう。
南極……ペンギン……名前はアデリーにしよう。
カタカタと基本情報を打ち込むと、フォローもフォロワーもゼロのアカウントが出来上がった。とりあえず最北南をフォローしてDMを書く。
『初めまして。配信を見かけてファンになりました。よろしければ使われている配信ツールを教えて頂けないでしょうか?』
配信環境を知りたがるファンなんているのか、と自問自答しながら送る。
返事はすぐにきた。
疋田さん、まだ起きていたようだ。
「疋田さーん、早く寝るんだよ」
下を向いて、聞こえもしない注意をする。
文面はかなり長い、恐らく即レスで書き上げたのだろう。
『ありがとうっす! 配信ツールは――』
書かれていたツール名は俺の想定と同じもの。どうやらこのまま作って問題なさそうだ。
既に朝と言っても相違ない時間。それでも頭の中にある設計図を一気に形にするために脳みそがギュインギュインと音を立てて稼働しだした。
◆
「あ゛ぁ……できたァ……」
背中を反らしながら伸びをするとゾンビのような声が出る。時間は既に夜の九時。ノンストップでプログラムを書いていたのでランナーズハイに入っていて、お腹も空かずにこの時間までぶっ通しだった。
だがそのおかげで動作確認まで完了。時間がなく2つしか機能を作れなかった。
声から感情を推測し、その感情に合わせた表情に変える機能。もう一つは特定の単語をトリガーに表情を切り替える機能だ。
「ワッハッハッハ! 楽しいなぁ!」
何も面白いことがない無味乾燥な一人の部屋で全力の笑い声を捻り出す。すると画面に表示されたアバターがニッコリと笑った。
「ぴえん」
今度は途端にアバターが泣き顔になる。これは事前に単語と表情のペアを登録しておき、登録した単語を音声認識で拾ったら表情を切り替えるというもの。
これなら疋田さんも使いこなせるだろう。
zipファイルに固めてDMの画面にドラッグアンドドロップしたところでふと思う。
知らない人からいきなり送られてきたzipファイルなんて開くだろうか。俺ならまず開かない。怪しすぎるし、ウイルスやスパイウエアが仕込まれている可能性だってあるのだから。
いや、疋田さんは抜けてるしそんなにリテラシーが高い人ではないはず。今回ばかりはそのガバガバ具合に乗っかることにした。
『昨日は教えて頂いてありがとうございました。実は私もVTuberに憧れていて、配信用のツールを作ってみました。音声認識で自動で表情を変えるツールです。もし良かったら使ってみてください』
これまたすぐに返事が来る。疋田さん、いつ寝ているのだろう。
『ありがとうございますっす! ただ、知らない方から頂いたペットボトルとzipファイルは開けるなと小さい頃から親に教わっておりまして……大変申し訳無いのですが、事務所にご連絡して頂けると皆で活用させていただくっす! これは神ツールの予感!』
いや、リテラシー高いんかい。
ただ、リテラシーは高いわ、こっちを傷つけないようにしている神対応だわで文句がつけられない。
さて、どうやって渡したらいいのだろう、とシステム開発以外のことに頭を使い始めると急に眠気が襲ってきたのだった。
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