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 最北南のデビューから一週間。毎日精力的に配信をしていて疋田さんもかなり頑張っているようだ。


 最近はブランコに揺られて一人で待つ時間も惜しくなってきたのか、深夜に俺の部屋のチャイムを鳴らすのが恒例になってきている。


 深夜まで起きてそれを待っている俺も俺だが。


「いやぁ……難しいっすねぇ……」


 ブランコに揺られること数時間。


 既に空が白み始めている時間だ。深夜というよりは夜明け。


 そろそろ解散と思っていたところに、疋田さんが「どうしたの?」と聞かれたそうな雰囲気を醸し出してきた。


「どうしたの?」


「おぉ! 聞いてくれるっすか!?」


「そりゃ……今の導入で無視はできないでしょ……」


 疋田さんはそこまで織り込み済みだったようで舌をペロリと出してはにかむと照れくさそうに下を向いた。


「そのですねぇ……お仕事、難しいんすよ」


「簡単なら誰でもできちゃうからね」


「まぁ……そっすけど……」


「具体的に何が難しいの?」


 あくまで聞き役に徹する。こっちから聞くとボロが出てしまうかもしれないからだ。正体を隠したいのは疋田さんのはずなのに俺がボロを出さないように気を使うのも変な話だが。


「今日の壁は表情管理っすかねぇ」


「表情管理?」


「はい。リアルタイムでその時時にあった顔に変えないといけないんです」


「一体どんな仕事してるの……」


 疋田さんは「やべっ」と身を縮こまらせる。


「あ……あのあの! あれっす! こう……チャットで……お話するバイトっすよ」


「それ、本当に大丈夫なの……」


 俺は疋田さんがVTuberをやっていると確信しているからいいけれど、他の人が聞いたらいかがわしいバイトをしていると勘違いされそうだ。


「え……エッチなことはしてないっす! 本当に! その……お悩み相談のコールセンター的なやつなんすよ! 話しやすくなるように顔をアバターで見せてるんですけど、雰囲気に合わせて顔を変えるのが難しくて話に集中できないんっすよ」


 昨日はリスナーから送られてきたマシュマロ千本ノックをやっていたのでお悩み相談コールセンターはあながちズレまくってもいない嘘だと思った。


「ふぅん……」


 俺も最北南の配信を見ていたが、「ふえぇん」と泣き真似をした数秒後に泣き顔になっていたし、そこから戻し忘れてずっと泣き顔で進行していた。


 それが彼女のポンコツ具合を象徴していてリスナーも喜んでいそうなのだが、本人がイメージしているのは別の姿なのだろう。


「それってどうやって切り替えてるの?」


「事前に設定してて、キーボードの対応してるとこを押すだけなんすけどどれがどの表情なのか覚えられなくて……」


「ふぅん……キーボードに付箋貼ってみたらいいんじゃないかな?」


「キーボードが汚れるから嫌なんすよぉ」


「あの部屋でそれを言うかね……」


 汚部屋の住人の癖に変なところは潔癖らしい。仕事道具だから、みたいなロジックが本人の中にはあるのかもしれないので無闇に否定はできないが。


「いやぁ……ほんと、先輩達はすごいっすよ。その場その場で切り替えてて……あんなの出来っこないっすよぉ……」


「マルチタスクで同時にやれるとかって得意不得意があるからね。ピアノみたいに別々のことを左右でやるのって難しいのと一緒だよ」


「両手で同じ動作をすることなんてそんなにありますかね?」


 俺の慰めに対して疋田さんは無邪気な反論をしてくる。卑屈になっているというよりは本当に気になって聞いてきた感じだ。


「ま……まぁね。慣れだよ、慣れ」


「佐竹さんらしからぬ根性論っすね。でも聞いてもらって気が楽になりました。あざっす!」


 疋田さんはそう言って勢いよく頭を下げる。


「それなら良かったよ」


「はい! やっぱり仕事に関係のない人だと愚痴が言いやすいっすから! 明日もよろしくっす!」


 疋田さんのその言葉を聞いて俺は自分の立ち位置が間違っていないことを再認識する。疋田さんはあえて遠い世界にいる人を欲しているはず。俺が疋田さんの正体を知っていると分かったらここまで心を開いてはくれないだろう。


 何か自分にできることはないかとボヤッと考える。


 手動で切り替えが難しいなら自動でやればいいんじゃないか。仕組みのアイディアは次々と浮かんでくる。あとは実装方式を調べて、やってみるだけ。


 いても立ってもいられず、ブランコから立ち上がる。


「うん。明日もね。お悩み相談、頑張ってね」


「あっ……うっす」


 疋田さんは俯きがちに返事をする。嘘をついていることへの罪悪感なのであれば、そんなことは気にしてほしくない。だけどそれを伝えることもできず、もやもやを抱えて先に部屋に戻るのだった。

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