幼馴染の女の子
「……ふう」
アーニャと話を終えた俺は自分の部屋に戻り、再び考え事をしている。
セリスも外に出かけていったため、いまこの家にいるのは俺とアーニャの二人だけだ。
「なんで、アーニャだけなんだ……?」
俺はシンの記憶をあらためて遡る。
一年前、シンとアーニャ、そしてシンの幼馴染の女の子が外で倒れていたらしい。
村の大人達に見つけられた三人は家に運ばれ、すぐに目を覚ましたらしいが、
なぜかアーニャだけがまともに動くこともできない今の状態になってしまっていた。
しかも、不思議なのは倒れている直前の記憶が三人ともなかったということだ。
「しかも、原因も不明で治療魔法でも治すことができない病なんて……」
そう、実はこの世界には魔法が存在している。
といっても、この世界では魔法を使用できる人は稀であり、適性があるかは生まれつきで決まる。
親の遺伝もあるのか、バンとセリスが魔法を使用できるのもあり、シンとアーニャも魔法の適正があるため、魔法が使用できる。
つまり、俺は憧れの魔法を使用できるということだ。
初めて魔法を使用した時の興奮は今でも忘れない。
そして、話は戻るが、アーニャの病を治すために治癒魔法が使える魔術師に見てもらったこともある。それも、高位の魔術師だ。
だが、原因は分からず、治癒魔法をかけてもらっても効果はなかった。
それから父さんと母さんは毎日のようにアーニャの病を治す手段を探し続けているが、有益な情報は見つからないままだ。
「俺に何ができるんだろうか」
俺がこの世界に来る前に聞いた声……あれはシンだったのだろうか?
だとしたら、自分の体を明け渡してまでもアーニャを助けて欲しいってことだったのか?なぜか、その時の記憶だけは見ることができない。
確かに本当の妹じゃないとか関係なく、俺はアーニャという一人の少女を助けてやりたいと思っている。
しかし、バンとセリスが外に出ていることで、俺はアーニャの側を離れることができない。現実の世界で得たゲームの知識も大して役に立たない。こんな状態で一体何ができるというのだろうか。
(コンコン)
そんなことを考えていたら突然、玄関の扉が叩かれた音がした。
「誰だ?」
俺は部屋を出て、玄関へと向かう。
(コンコン)
聞こえていないと思ったのか、もう一度玄関の扉が叩かれる。
そして、俺が玄関の扉を開けると、そこには白髪の美少女が立っていた。
「あ、おはよう!シン!」
「ああ、リーサか」
目の前にいる白髪の女性は元気な声で笑顔を向けながら挨拶をしてきた。
彼女はリーサ・レーニス。
俺…いや、シンの幼馴染だ。
シンと同じ18歳で、隣の家に住んでおり、家族ぐるみの付き合いがあるほどの仲だ。もちろん、アーニャとも仲良しだ。
幼さがあるように見えてキリッとした表情をしており、容姿も抜群の美少女だ。
「おはよう。いきなりどうしたんだ?」
俺は疑問を持ちながらもリーサに問いかける。
「えっとね、一緒に王都にいく日を覚えてるかなって」
「王都に行く日?」
王都とはこの村から離れた場所にある、世界の中心にある大都会とも言える場所だ。正式名称は王都グランシル。
「ああ、もちろん覚えてるさ。明後日の8時に出発だよな?」
「うん、覚えてたね。少し、早いかもしれないけどよろしく」
リーサは王都に用事があり、俺も一緒に行くことになっている。
王都はこの村から20分ほど歩いた先にある駅から列車で2時間ほどの距離だ。
移動手段が存在しなくて、もしかして徒歩で行くのか?と不安になったのは懐かしい記憶だ。
「俺は問題ないさ。むしろ、リーサの方が起きれるか心配だ」
そう。リーサはそこまで朝に強くないらしい。
なので、早い時間で大丈夫なのかとこちらが心配したくらいだ。
「むう!さすがに予定があったら起きるよ!」
俺が小馬鹿にすると、リーサは頬を少し膨らましながら反論してきた。
ちなみにそんなリーサが可愛すぎて、ニヤけそうになるのを必死に隠している俺がいる。
こんな美女が目の前で頬をふくらましながら、もう!みたいな対応を取られたら、そりゃ可愛くて顔もニヤけてしまう。
今の俺はリーサにとって見た目は幼馴染のシンだけど、中身は別人なのだから取り繕うのにいつも必死だ。
「まあ、仮に寝坊しても王都を回る時間が少なくなるだけだし、大丈夫なんじゃないか?」
元々、早い時間に王都に向かうのも王都を観光する目的も含まれているからだ。なので、少し遅れても大丈夫だろうというのが俺の考えではある。
「そ、それはそれでちょっと困るんだけど……」
「うん?何か言ったか?」
リーサがボソリと何か言ったみたいだが、上手く聞き取れなかった。
「な、なんでもない!そ、それよりアーニャはどう!?」
リーサはあわてた様子で誤魔化すかのように話を切り替えた。
「あ、ああ……今は眠っているよ。体調も今日は良い調子みたいだ」
「そっか……最近、症状が悪化しているって言ってたから心配していたけど……」
もちろんと言えばいいのか、リーサもアーニャの病の事は知っている。
なぜなら、シンやアーニャと一緒に側で倒れていた幼馴染とはリーサのことだ。
「自分が大変なのに私たちにまで気を遣って……本当にアーニャは優しい子だよね」
「……ああ、本当にな」
俺がアーニャの側を離れられないことはリーサも知っている。
だが、リーサが王都に行くと聞いたアーニャは、俺も一緒に行ってはどうかと提案したのだ。
俺もリーサも最初は反対したものの、たまには気分転換してほしいというアーニャの気持ちを無駄にすることはできず、結局、俺はリーサと一緒に王都に行くことにした。
バンとセリスもそれは承知済みでその日は家にいてくれるらしい。
「アーニャに会っていこうと思ったけど、寝ているところを邪魔しちゃ悪いし、今日は帰るね」
本当は会いたいのだろうけど、無理をさせるのも良くない。
そんなリーサの気持ちが俺にも伝わってきた。
「ああ、悪いな」
「ううん、じゃあまたね」
そう言うとリーサは俺に手を振りながら自分の家に帰っていった。
「……やっぱり、何度見ても可愛いな」
リーサの姿が見えなくなってから、俺は心の声が漏れるかのようにボソリと呟いた。
先の態度を見れば分かるようにリーサはシンのことが好きだ。
そして、シンもリーサのことが好き、つまり両思いなのだ。
「あんな美女に好かれるとか恨めし……いや、羨ましすぎるだろう」
しかも、妹も天使のように可愛いときた。
もう羨ましいを通り越して、妬ましくなってきている。
なぜなら、俺もリーサのことが好きになっていたからだ。
早いし、単純かもしれないって?それだけ魅力的な女性なんだよ。
でも、俺のこの気持ちは伝わることはないだろう。なぜなら、俺はシンであってシンではないのだから。
「酷なことをしてくれるもんだ。チャンスすら与えられないなんてな」
けど、きっとシンはリーサの思いに気づいていたとしても受け入れることはできない気がする。
リーサもそれを感じているからなのか、思いを伝えるチャンスは今までたくさんあったのにしなかった。いや、正しくはできなかったのだろう。
どちらもアーニャのことを思ってだ。
アーニャが苦しんでるのに、自分たちが楽しい日々を過ごすわけにはいけない、そんな思いが二人の中にはあるのだ。
それはアーニャ本人も感じている。だからこそ、アーニャは私のせいで、と自分自身を責めているのだろう。
「……家に入るか」
様々な思いがあるなか、現時点ではどうしようもないことを悩みながらも、俺は家の中に戻ることにした。