*第95話 私のカルアン
ダモンを落とせば様子見をしている国々も此方に傾くに違いない。
いくら大聖女が強くても世界中を敵にして勝てる道理は無いだろう。
此処が勝敗の分岐点だ!
その読みは、おそらく間違ってはいない。
これまで見て来たエルサーシアの力が全てなのだとしたら。
しかし彼らは知らない。
彼女は一度たりとも本気を出した事が無い。
強いて言えばカルアンが背中を刺されて大怪我をした時に
随分と怒ったものだが、それでも冷静さが残っていた。
我を忘れるほどに怒り狂った彼女を誰も、
また本人でさえも知らない。
***
「総力を挙げて一気に攻め落とす!待機中の戦乙女を全投入せよ!」
これまでの戦いで十二人を失った。
ダモンの聖女と聖人に欠員は出ていない。
さすがにエルサーシアの直系だ。
強い!
だが相当に疲弊している筈だ。
ここで無傷の戦乙女二十五人を投じれば局面は変わらざるを得ない。
「新手が来たわ!」
「勝負所と言うわけね!」
「げろびごもらっぱ!」
だが、もう限界に近い・・・
「アーミア!サラーラ!」
「お父様!」
「うちゃら!」
「私が突撃して攪乱するから、各個撃破しなさい。」
「はい!お父様!」
カルアンは接近戦のエキスパートだ。
魔女の群れに飛び込んで刃を振るう。
白兵戦では大技の魔法は使えない。
味方を巻き込んでしまうからだ。
ミサの高周波プラズマブレードも接近戦と相性が良い。
「サナ!あんたもイテコマシたらんかいっ!」
「よっしゃ!トモエ!薙刀出してんか!」
「はいなぁ!」
サナもトモエも本来は武闘派だ!
「北辰一刀流の切れ味見せたろやないかい!」
「どっせぇ~い!おりゃぁ~!
清盛はどこじゃぁ~~~!
出てこぉ~~~い!」
トモエはバーサーカーモードを発動した。
急に戦闘の様相が変わった事に混乱し魔女達は対応に戸惑ってしまった。
注意散漫になった所を遠距離砲撃で撃墜される。
「何をしておるのだ!さっさと叩き落とせ!撃て!撃ち落とせ!」
ロンミルが激を飛ばす!
魔女達にとって司令官の命令は絶対である。
一人の魔女がカルアンに突進して抱き着いた!
「しまった!」
直ぐ様に切り捨てようとしたが、その顔を間近で見てしまった。
愛しい妻と同じ顔を。
若き日の懐かしい顔を。
この世で何よりも大切だと思う存在と同じ顔を。
「き!・・・斬れぬ・・・」
同士討ちになるのもお構いなしに高出力の魔法が浴びせられる。
「お父様!」
「カルアン様!」
「うにゃら~~~!」
焼け爛れ。
右腕と両足を失い、墜落して行く。
それでも小さな体を庇い、背中から地面に激突した。
(あぁ・・・我ながら間抜けだな・・・)
上空では怒り狂った娘達が最上位の特級攻撃魔法を連射している。
本来ならば意識が飛んでしまうレベルだ。
ブチ切れている・・・
(はは・・・無茶をする・・・帰ったら少しお説教だな・・・
いや・・・無理か・・・)
あまりにも激しい娘達の攻撃に耐えきれずバルドー軍は退却を始めた。
追撃して止めを刺すのが定石だが、娘達も限界である。
三日間に渡る不眠不休の戦闘は一先ず終息した。
***
カルアンの亡骸がカイエント城内に運び込まれた。
服装は整えられはしたが、無残な姿を隠せるものでは無い。
エルサーシアは声も出さずに泣いた。
静かに・・・
静かに・・・
翌朝、部屋から出て来たエルサーシアはいつもの大法衣姿では無かった。
首からはカルアンが肌身離さず身に付けていたお守りが掛けられている。
不思議と奇麗なまま残っていた。
中にはエルサーシアのパンツの布切れが
小さく折り畳まれて入っている。
「今日より私を聖女と呼ぶ事は許しません。
カルアン・レイサンの妻エルサーシア。
それ以外の肩書はいらないわ。」
その姿は往年の戦闘服。
カルアンと共に暴れまわった頃の衣装。
ズボンの騎士であった。




