*第91話 その橋渡るべからず
「王都に比べたら此処は寒いだろう?」
窓の外には降り続く雪。
何時止むとも知れぬ北国の長い冬の印。
「いえ!平気です!クラウス様!」
でも心は暖かい。
貴方が居るからと声に出さずに呟いた。
いやぁ~恋してるねぇ~ジャニス~
甘ぁ~~~~~~い!
ガラスに張り付いた結晶を見つめながら、
今日も逢えるだろか?と待っていたのだ。
「そこは冷えるだろう?こちらにおいでよ。」
暖炉の前に在るソファーに誘う。
「はい!」
暖炉の中には一抱えほどの大理石が置いて在り
城付きの精霊師が加熱している。
遠赤外線がほんわかと温めて呉れる。
「あ、あの・・・
王都はどうなっているでしょうか?」
ダモンの城で保護されてから一週間が過ぎた。
無我夢中で逃げて来たけれど、
ようやく落ち着いて考えられるようになった。
「心配はいらないよ。
サーシア大叔母様が居るからね。
それに此処はダモンの地だ。
誰にも手出しは出来ないよ。」
王家が激怒している事はクラウスも聞いてはいるけれど、
それを言う必要は無い。
出来る男クラウス!
なかなかやるなぁ~
「あの・・・御免なさい・・・」
「何がだい?」
「せ、精霊院が・・・その・・・来年・・・」
まぁ~無理だろうね。
こうなった以上は、ダモン家の者が王都の精霊院に通うなど出来る筈も無い。
「なんだ、そんな事を気にしているのかい?
別に精霊院になど行く必要は無いよ。
ダモンには特級精霊との契約者が二人も居るからね。
その人達から教われば良いだけだよ。」
そう、若草姉妹の二女と三女。
ジョセフィーンとエリザベスはダモン一族の者と結婚しているのだ。
日本語もしっかりとマスターしており、クラウスの家庭教師をしている。
長女のマーガレットはニャートン王国に吸収された旧デーデルン公国改め
デーデルン州の領主として、かの地を治めている。
四女のエイミーは言うまでも無く、
アルサラーラのパートナーとして同棲している。
「王家との付き合いで行くだけだったから、せいせいしたくらいだよ。」
「そうなんですか!良かったぁ~」
にくいねぇ~クラウス~
良い男だなぁ~
***
国王の執務室でナコルキンは客人と向かい合っていた。
バルドー帝国外務省、駐オバルト大使。
皇帝の親書と、もう一通。
内緒内緒の秘密のお手紙を携えて来た。
「では、いよいよお心を御定めになられたと言う事で御座いましょうか、陛下。」
「うむ、我がオバルト王国はバルドー帝国と共に新しい時代を切り開く!」
「我が皇帝陛下もお喜びになられるでしょう!では早速、例の件ですが。」
「分かっておる。全面的に協力すると伝えて呉れ。」
「御意。」
真っ直ぐな物差しは真っ直ぐな物しか計れない。
しかしそれは人の都合に合わせて作られた物だけなのだ。
それは世の中のほんの一部に過ぎない。
世界は様々に折れ曲がり、湾曲し、波打つ。
人の心もまたしかり。
ナコルキンにはそれが分からなかった。




