*第82話 いとおかし
「さぁ、お行儀よく並んで待つのですよ。」
孤児院の指導員に引率されて王都の
中央教会にやって来た。
此処の精霊殿の中に祭壇がある。
祭壇に登り祝詞を唱えると精霊が応える。
それで契約が成立する。
平民の殆どは綿精霊との契約になる。
親和性の高さは血筋で決まると言われている。
貴族でもなければ上級精霊が応える事は無いだろう。
でもそれで充分だ。
水は出せるし、灯りは付くし、
お湯も沸かせる。
外国の言葉だって解るようになるそうだ。
今の私はオバルト語しか話せないから、
ハイラム人やバルドー人が何を言っているのか
さっぱり解らない。
文法は同じだそうだけれど、
単語がまるで違う。
精霊と契約すると「こいつ訛ってるなぁ~」
くらいで理解できる様になるそうだ。
だから仕事に困る事は無い。
商業組合に登録すれば仕事を斡旋して呉れる。
国内でも外国でも言葉の壁さえ無ければ、
何所ででも働ける。
生まれ変わってから10年か・・・
キュポーラの町の事しか知らないけれど、
どうやらこの世界には人種差別が無い様だ。
とても有難い。
前世ではそれで苦しい思いをした。
夫は私の為に社交界を捨てて呉れた。
申し訳ない気持ちで胸が痛かった。
最初は恨んでいたけれど、
ちゃんと愛せたと思う。
でも病気で死んでしまった・・・
莫大な遺産を残して呉れたけれど、
私はただ寄り添って生きたかった。
こんな運命を押し付けた神様が嫌いだったけれど、
あの人が神様の所にいるのなら、
逢いに行きたいと思って洗礼を受けた。
この世界に居るの?
それにしても変わった祝詞だ。
他の人達はみんな、精霊文字を文字だとは思っていない。
何かの記号だと考えている様だ。
丸暗記した言葉を呪文の様に唱える。
それが普通だ。
正確に読む事が出来るのは聖女様と、
その弟子の聖人様だけらしい。
でも・・・
日本語だよこれ・・・
読めるのだけれど、理解は出来ない。
ラブリーエンジェルって何だ?
魔法少女?
意味不明な言葉の羅列だ。
まぁ良い。
順番が来たら唱えるだけの事だ。
造作も無い。
「さぁ、ジャニス。貴方の番ですよ。」
「はい。」
精霊殿に入ると四角い祭壇が見える。
七段の階段を上り、中央に立つ。
さぁ~てと、いっちょうやりますか!
『貴方と私のラブリーエンジェル。
魔法少女は俺の嫁。
月に誓っておしおきよ。』
ほら唱えたぞ。
さっさと出て来たらどうなんだ。
「もうちょっと勢い良く言いなさいよ。」
「え~~~だってぇ~~~。」
「だってじゃないわよ。出難いでしょうが。」
「そ~お~?」
「そ~よ。」
!
隣に何か居る・・・
「・・・」
「何よ。」
「だ、誰?あんた。」
「藤原香子って言うの。
貴方の契約精霊だから宜しくね。」
こいつが精霊か!
人型じゃん!
「どう言う事!」
「そ~ゆ~事!」
「だから!なんで人型なのよぉ!」
これじゃぁ~まるで
私が聖女みたいじゃないの!
え?
嘘!まさか!いやそんな~
無い無い無い~
私が聖女なんて有り得ない~
でもまぁ~
一応、聞くだけ聞いてみるかなぁ~
「いやぁ~間違ってたらごめんねぇ~
ひょっとしてぇ~だけどぉ~
私、聖女だったりするのかなぁ~?」
「そうだよ~」
「まじでっ?」
「まじでっ!」
***
いやぁ~
大変どしたえ~~~
平民の、しかも孤児から聖女が現れた~
言うこって、えらいテンテコ舞いどすえ~
教会本部へ連れていかれて、大司教様と
面会して、貴族院の偉いさんが来て、
後日、王宮に呼ばれる事になりました~
それから中央教会の貴賓室を当てがわれて、
今日は此処に泊れと言われて、
風呂に入れられて、髪の毛をセットされて、
やたら高価そうな法衣を着せられて・・・
ようやく今、落ち着いた所。
香子をじっくりと観察する。
改めて見るとトンデモない恰好だ。
まるで実物大の雛人形ね。
「それって唐衣じゃないの?
まるで平安時代ね。
紫式部みたい。」
「あぁ、それ私だから。」
「え?」
「だから私が紫式部。」
「まじで?」
「まじで!」
いとおかし・・・




